Stage.1-①
この世に生を受けて16年と少し。私の容姿が目を引くことは、常識となっていた。
初対面での驚き。すれ違う人の横目。優遇される全て。
その全てが、私の容姿に直結していた。
自分の容姿が、他の同性とは異質であるということに気がついたのは、中学生に上がる少し前だ。きっかけは、ユミちゃんという女の子だった。
ユミちゃんは、同じ幼稚園の大親友で、常に傍らにいた。小学校に上がっても、当然のように続いた。
ユミちゃんは明るい性格ではなかったが、引っ込み思案というわけでもなく、地味かと言われると、そこまで言うほどでもない。周りに迎合もするし、張り合うこともある。可もなく不可もなく、普通の女の子だった。
対照的に私は、男子だろうが女子だろうが、誰彼構わず仲良くなりたいわんぱく少女だった。気に入らないことは騒ぎ立てたし、お気に入りにはとにかく執着した。威嚇もするし、意地悪もする。ガキ大将を悪賢くしたような、手のかかる女の子だった。
私とユミちゃんは、いつも中心にいた。私とユミちゃんの周りには、常に人の輪があり、二人でいれば無敵だった。
ある時、男子のリーダー格が、ユミちゃんをのけ者にしようとしたことがあった。少しスポーツができて、少し鼻が高いだけで女子に騒がれる程度の男子だった。何がきっかけでユミちゃんを排除しようとしたのかはわからなかったが、私は、大切なユミちゃんをないがしろにされたことに憤慨した。そして、その男子を避けるようになった。その子は、なんとも不服そうな顔をしていたが、私はそれを無視した。ユミちゃんはとても感謝していたが、それ以来、似たようなことが頻発するようになった。
実際は、その一件以前にも似たようなことは起こっていたのだろうが、意識し始めたのはその一件だった。
男子は、私に好かれようとする。私を味方にしようとする。それに付随するように他の女子は、私に嫌われないように動いていた。
私が動かしている。その原因は、私の容姿にある。
そこに恐怖はなく、むしろ優越感が堂々と鎮座していた。当然の如く受け入れ、与えられた天賦の才に酔いしれた。
そして、ふと隣を見ると、そこにいたのは大切な親友などではなく、ましてや、無敵の相棒でもなく、下卑た目で媚びへつらう、その他大勢の一人だった。
「ねえ、京。ちゃんと聞いてる?」
スマホに落としていた視線を、目の前の伶奈に戻す。
昨日、巻き直したと言う前髪を弄りながら、むくれている。
かわいい。
同性であり、自分の容姿に自信を持っている私から見ても、伶奈は可愛い。
吸い込まれそうなほど大きな目には、それに負けない主張のまつ毛が乗り、よく巻かれた髪は、たなびくたびにフローラルな香りを振り撒いていた。
男受けしやすいカーディガンを羽織り、スカートは短すぎず長すぎず、それでいて男子の視線を惹きつける絶妙なラインまで上げ、綺麗な脚はより際立っている。カバンには、缶バッジやらキーホルダーやらをジャラジャラつけていた。ネイルの一つ一つに、神経が張り巡らされているかのように手入れは厳しく、朝の支度には一時間以上かけるとか。
女子力の権化のように、見えるもの見えないもの、大小様々に飾り付けられていたが、その全てを脇役にできるほど、彼女の容姿は整っていた。
彼女との出会いは、高校の入学式で、ひと目見ただけで、視線を動かせなくなった。
目を奪われる、という経験は、なかなかない。自らが劣っている、ということを直感的に、そして、圧倒的に認めてしまうことだからだ。その一瞬で上下関係が決まる。人間関係でのそれは、特に面倒だ。当時の私は、自分の失態に焦っていた。しかし、怜奈の唖然とした表情を見て、思わず笑ってしまったものだ。
その後、伶奈と私は、お互いに惹かれ合うように、自然と仲良くなった。そして、何をするにしても、二人で動くと注目の的になった。
現に、何気なく立ち寄ったこのカフェでも、先ほどから視線を断続的に感じている。さもありなん、というと、さすがに自惚れすぎだろうか。
「聞いてるって。愛しのタクマ君でしょ?」
氷の隙間に逃れていたジュースにストローを差し込み直し、音を立てないように吸い上げてから、咥えていたストローを口から放す。
もちろん、伶奈の愚痴など一言たりとも聞いていない。聞いているふりをしていれば満足なのだから、それでいい。
「違うっつーの!」
伶奈が口を尖らせる。小さなアヒル口も可愛げがある。思わず笑みがこぼれてしまいそうだが、気を引き締め治す。
伶奈の機嫌はすぐにわかる。口をとがらせるのが第一段階。顔を半分だけ背けるのが第二段階。最終段階は、相手を無視する。
ちやほやされてきたことにあぐらをかいて、玲奈はいまだにワガママ放題だ。それを許すのが彼女の容姿であるわけだが、いい顔をしない人間も多い。最近では、タクマ君からその点についてよく「相談」を受けるが、耳障りのいい言葉で煙に巻いている。怜奈との付き合いで、人格矯正にまで手を出そうとは思わない。
「冗談。そんなに気にしなくても、よく巻けてるって」
伶奈の口が元通りに戻る。
当てずっぽうだったが、本当に前髪のことを話していたようだ。
「そう? 本当に?」
「なんで、そんなことで嘘つかなきゃなんないのよ」
苦笑いしてみせると、伶奈は「そっかあ」と満足そうに笑って、またスマホを覗く。タクマ君とデートに対する気合が凄まじすぎる気がするが、特定の誰かに好かれたい、といういじらしい一面は、可愛らしさに輝きを加える。だから、何も言わず、私は見守るだけだ。
「京は巻かないのー?」
こちらを見もせずに伶奈は口を動かし続ける。手も動かし、口も動かし、忙しない。いくら反則的に可愛いとはいえ、この愛を一手に引き受けると、気疲れしてしまうかもしれない。タクマ君も大変だ。
「巻かないよ。私は、そういうの、似合わないからね」
「そんなことないって!」
伶奈は、スマホを置いて勢いよく顔を近づけてくる。勢いで前髪が浮き上がり、微調整が水の泡だ。
「京は、サバサバしてるところあるんだから、前髪作って女子っぽさ出した方が絶対良いって! この前髪でタクマのハートを射止めた私が言うんだから間違いない!」
「そ、そうかな。私は、そういう七面倒なのはちょっと・・・」
荒くなる鼻息が、前髪にまでかかっている気がする。タクマ君はどう思うかはわからないが、気が気でない。
「そうやって、めんどくさがるの、京の悪いとこだよ!」
「わ、わかった、わかった。わかったから落ち着いて」
力説する伶奈の肩を掴んで、座らせる。しかし、伶奈のマシンガントークは止まらない。
「京はさあ、男子とも同じ目線で話せるっていうか、同じテンションで話せちゃうから、女の子っぽい子が好きな男子からは、どうしても友達だと思われちゃうんだよ。だから、この必殺前髪さえあれば、百発百中だって!」
必殺前髪って。そんなポケモンの技みたいなもの、いらないって。
「っていうか、京ってもしかして好きな人とかいたりする感じ? だって、ケイに告白されたんでしょ? あいつ、ランキング上位よ?」
先々週ぐらいに告白してきたのが、サッカー部のイケメン、サカガミケイ君だ。確かにイケメンの部類に入るのだろうし、告白の仕方も真摯で、人柄も良いんだろうな、と思わせる物腰だった。運動はもちろん、勉強もそれなりにできるらしいし、優良物件ではあったのだろう。
ただ、告白された時、私の頭の中は、女子の間で波風が立たないようにする方法とだった。
「逆に、って感じかなあ。なんでもできるし、私にはもったいないよ、彼は」
申し訳なさそうにそう言うと、伶奈は大きくため息をつき、背中を背もたれに預ける。
「京〜、そうやって、良い子ちゃんぶるのもいいけど、もっと良いのもっと良いのって欲張ってたら、踏ん切りつかないぞ〜」
まあ、私は、タクマをゲットしたからね、と慎ましい胸をはる。
曖昧に苦笑いしてみせると、タクマ君の良いところを語り出した。
今の会話で、「そんなことないよ!」とか、「京は良い子だねえ」というような反応をしないのは、怜奈だけだ。お互いの腹黒さを見抜き合っているため、本心を見破られることが多い。それが嫌だというわけではない。むしろ、本心で話し合える友人がいることは、私にとっては嬉しいことだった。
「あ、一つ言っておくけど」
タクマ君の良いところをマシンガンで撃ち続けていた伶奈の口がピタリと止まる。
「タクマだけは、いくら京でも許さないからね」
普段の伶奈からは思いもよらないほど冷たい表情で釘を刺してくる。怖い、怖い、と思いながら、私は両手を挙げてみせる。
ふん、と鼻を鳴らして伶奈は「そろそろ行こ」と席を立つ。我儘な上に激情家なのか、我儘故の激情家なのか、手綱を操るのも楽ではない。やれやれ、と心の中で息を吐き、怜奈に続く。
私は、異性に恋愛感情を抱いたことはない。抱く理由がない。格下の人間に、どういう感情を抱けというのだ。庇護欲すら湧いたことがない。ただ、日々を楽しく過ごすためには、仲良くするに越したことはない。幼少の頃の経験もあるので、相変わらず、男子ともよく話す。ただ、それがどうも、女子にはよろしく見えないらしい。気があるように見せている、と思われているのだ。残念ながら、私にその気は全くなく、それを証明するためにも、誰とも付き合っていないわけだが、勘違いがあちこちで多発しているらしい話は耳に入ってくる。
伶奈も私の真意を理解はしているが、念押しの意味合いで、タクマ君には接触すら気をつけろ、と言っているのだ。
重々承知はしているが、タクマ君の気持ちまでは操れはしない。伶奈も、彼の心境の変化を感じ取っている。ここまで好かれているのだから、誠実でいてもらいたいところだ。
喫茶店を出て、少し歩くと駅がある。伶奈はそこから新宿まで行くらしい。
「やば、結構時間ギリギリかも」
「6時に待ち合わせだっけ?」
「うん。30分はかかるから、ヤバヤバかも」
スマホを見てみると、もう5時半だ。
「うわ、ほんとだ。ごめん、長話しちゃった」
「別に京が謝ることじゃないじゃん」
伶奈は笑うと、少し早歩きになる。私もそれに合わせようと足を速めたその時、路地から唐突に人影が現れた。
「そこのお二人さん、少し、お話いかがですか」
その男は、身なりはスーツではあるものの、胡散臭さの塊のような男だった。