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江華大学学生寮

疾風に勁草を知る?

作者: 葦乃灯子

台風って、色々予想外なことが起こりますよね。


 寮生活というのは、何かと大変だ。

 特に異常事態の発生時にその大変さが顕著だ。


 たとえば文化祭とか。

 たとえば修学旅行とか。

 たとえば——台風とか。


「……あした、食堂のおねえさま方出勤停止だって。」

「まじでか。」


 非常用のお水をお風呂に溜めてる最中、この世の終わりみたいな顔をしたやっちゃんが脱衣所から声をかけてきた。


 確かにそれはこの世の終わりにかなり近いかもしれない。

 今寮に残ってるのは寮生の半分くらいで、料理ができるのはほんの一握りだ。

 食事当番ができるということと、料理ができるということは違う。

 寮の食事は食堂のおねえさま方のおかげで成り立っているのだ。


 ちなみに私は料理できない方である。

 やっちゃんもできない方である。

 たぶん女子の方はあんまり期待できないな。

 男子に期待しよう。

 ……女子力とはいったい。


 やっちゃんの目がスマホにじっと落ちてるところを見ると、まだ情報があるらしい。


「あと、橋本さんが旧寮の外階段ですっ転んで、今病院行ってるって。」

「なにしてんのあの人。」

「この前ガラス割れたから、確認しに行ったらしいよ。」


 ああ……。

 あのときは大変だったなぁ。

 休日返上でガラスの掃除と水浸しの床と戦ったもんね。

 自分たちが使ってないところをきれいにすることほど空しいことはなかったな。


 旧寮と言うくらいだから今は使っていないと言うか、物置みたいになっている。

 要るんだか要らないんだかよく分からない物が山積みになっている部屋とかもあって、この際だから取り壊せばいいのにと思う。

 前回の台風で経営陣も重い腰を上げたらしいが、取り壊しのために調査を入れたら、だいぶ前に騒がれた、例のアから始まる有害物質を使っているらしく、費用の問題とか改築の方法とかでてんやわんやになった。


 ちなみに橋本さんというのは学生課の職員さんだ。

 寮監さんとは違うのだけど、寮の近くに住んでいるので、何かと寮を心配して色々と口出ししてくださるありがたい方だ。


「男子がとりあえず倉庫の水とかは食堂に運んできてくれたって。」

「あ、それは助かる。」

「ちょうど期限切れ近かったし、何かあったら飲んじゃっていいってさ。」

「オッケー。気になる人はトイレとかで使ってもらおう。」


 湯船になみなみになったので水を止める。

 あとはさっき雨漏りしてた廊下のバケツを確認しに行って、キッチンの窓に養生テープ貼りに行かなきゃな。

 もう養生テープも売ってないし、気をつけて危なそうなところから貼り始めないと。


 携帯が震えたので確認すると、寮監さんからだった。


『スリーアウトチェンジです。』


 了解、と返す。


 養生テープを探す旅に出た寮監さんは、どうやら三軒目でも出会えなかったらしい。

 どういう攻守なのかは分かんないけど、たぶん今日はコールドゲームだな。


 寮監さんの野球好きがうつって、カランコエ寮に入ると、興味のない女子でも野球にちょっとだけ詳しくなる。

 特に利点はないけれど、年に一回寮監さんのご厚意で野球観戦に連れていってもらえることになっている。

 男子二人女子二人と決まっていて、私は今年も抽選に外れた。

 男子には野球好きが多くてけっこう人気らしいが、女子にも、別の意味で人気だ。

 意中の男子と一緒に行きたいんですって。

 青春ですこと。

 私は普通に野球観に行きたいのに。


 ちなみに、うちの大学には、カンパニュラ寮、カルミア寮、カランコエ寮、と寮が三つあって、それぞれに女子寮男子寮がある。

 カンパニュラ寮は男子寮、カルミア寮は女子寮、みたいなふうにすればいいのにという意見もあるらしいが、建物の関係上難しいらしい。

 特にトイレとか。

 建て直す費用が無いんだろうな。

 旧寮取り潰せないくらいだもんな。


 廊下を確認してくれると言うやっちゃんと分かれて、キッチンに向かう。

 途中通った食堂に男子が何人かいたので、養生テープを貼る手伝いをお願いしたら快く引き受けてくれた。

 今年の一年生はとても素直でいい子たちだ。


「男子寮はどんな感じ?」

「上池さんが走り回ってます。」

「あと本田さんがめっちゃ生き生きしてます。」

「ああ……目に浮かぶわ。」

「えーと、(ひと)()さん、養生テープどこから貼りますか?」

「北側からかな。ここの四枚貼り終わったらあとは適当でいいよ。男子寮は危なそうなとこある?」

「本田さんがさっき二年生引き連れてやってたんで、大丈夫だと思いますよ。」


 それなら大丈夫そうだと一息ついたところで、食堂の女子寮側のドアが、ばん! と勢いよく開いた。


(とも)()さん! 私の部屋雨漏りしてます!!」

「まじでか。でも美紀ちゃん、もうちょっと静かに入って来てね。」

「早く来てくださいホントに!!」

「あれ、私の声聞こえてる?」


 どうして美紀ちゃんはこう、突発的事態にすぐテンション上がっちゃうのかなぁ。

 まだ泣きそうだったらかわいげがあるのに。

 いや、容姿で言ったら私の数十倍かわいいけれども。


「はいはい、じゃあ行きますか。西野くん大和くん原くん、悪いけどあとよろしく。」

「分かりましたー。」

「あと、誰か上池くんか本田くんに、男子寮の部屋の雨漏りチェックお願いって伝えに行ってくれると助かる。」

「了解です。」

「じゃあ、俺行ってきます。」

「ありがとね。」


 はやくはやくと急かされて美紀ちゃんの部屋に入ると、確かに窓際の壁から雨水が垂れていた。

 カランコエ寮は一番古い寮なので、こういうこともよくある。

 廊下も雨漏ってるくらいだから、部屋も危ないとは思ってたけど。


「とりあえず、雑巾とかでカバーするしかないね。」

「そうします!」

「他の部屋は大丈夫かなぁ。」

「あ、途中で(やす)()先輩に会ったんですけど、話したら全部屋回ってくるっておっしゃってました。」


 なんでこの子、やっちゃんは「恭美先輩」で、私のことは「朋香さん」なのかなぁ、とどうでもいいことを考える。

 すると、一番西側にある美紀ちゃんの部屋のちょうど真反対、三階の一番東側の部屋から、まるで怪獣の鳴き声みたいな叫び声がした。

 怪獣の鳴き声聞いたことないけど。


「雨漏りしてるうううううう!!」


 あやめちゃんの部屋だ。

 雑巾を取ってくると言う美紀ちゃんと分かれて、廊下をぱたぱたと進む。

 泣きそうなあやめちゃんが指差した天井からは、ぽたぽたと雨水が滴っている。

 これはすごい。


「朋香さぁん……!」

「うんうん、よしよし、とりあえず荷物どかそうか。手伝うよ。」

「バスマットと洗面器持ってきたよ。バケツもまだある。」

「おお、やっちゃんナイス。」


 持つべきものは気の利く友だなぁ。

 三人で応急処置をしている間に、美紀ちゃんが雑巾を何枚か持ってきてくれた。

 おお、気が利く後輩もありがたいですな。

 明日のことを考えたら、気が利く人よりも料理できる人が欲しいけれど。


 と思ったら、寮の電話が鳴った。


「はい、江華大学学生寮カランコエです。」

『あ、柿沢です。』

「里佳子?」

『朋香? 良かった、寮はどう?』

「二部屋と廊下が雨漏りしてて、明日職員は出勤停止。」

『ありゃりゃ。寮監には言ったんだけど、私、電車途中で止まっちゃって実家帰れなくなったから、これから寮に戻るね。着くのは九時くらいだと思う。』

「ほんとに!? 助かった! 明日のごはん当番任せていい!?」

『オッケー、帰ったら食材見とくわ。』

「ありがとう……!!」


 良かった、里佳子が帰ってくるなら明日のごはんは安泰だ。

 まじで助かった。


 しばらくして震えた携帯には、五回コールド負けを告げる寮監さんからのメールが来ていた。

 どんまい。


意外とこういうのも書いてて面白かった。


疾風に勁草を知る:

困難や試練に直面したときに、はじめてその人の意思の強さや節操の堅固さ、人間としての値打ちがわかることのたとえ

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