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頭の中にある教室

 「それでは、この中からいつの日か、芥川賞作家が出ることを祈っております」

 キャリアガイダンスの日。一時間目に行ったところのOBの小説家さんは、そう言ってぺこりとお辞儀をした。珍しさもあってか、小説家に来た人はなかなか多く、普通教室一・五個分くらいある畳の部屋が、それなりに埋まっていた。皆が、わーっと拍手をする。

 まぁ、面白かった、というのが俺の感想だ。ただ、「授業を真面目に受けずに小説ばかり書いていました」というコメントには、少し疑問を抱いた。だったら、授業を真面目に受けて、ちゃんと学んだこと深めている俺の方が、良い話が書けるんじゃないかなぁ、とか思ってしまった。失礼で生意気すぎて、絶対に感想の紙には書けないけれど。ただ純粋に、趣味だが小説を書く者として、負けたくないな、と思った。だがやはり小説家だけで食べていく度胸は俺には無いな、と感じた。

 そんなことを考えながら、廊下を一人歩いていると、後ろから、

「あ、清瀬くーん♪」

 という、語尾に音符マークの付く少女の声がした。振り返ると、やはり紺野頼子である。俺は、あぁ、どうも、と軽く会釈をする。

「最近どう? 元気?」

「まぁ......そこそこ」

「本当! 良かったー♪」

 という、そこそこ温度差のあるやりとりを交わす。いまいち会話とテンションがかみ合っていない。

「清瀬くん、次どこ行くのー?」

 頼子はそう言って、俺の顔を見上げる。

「あっと......小学校教諭」

 俺がそう答えると、頼子の目が「え!」と、驚きと喜びに満ちて、花開く。

「え! 奇遇! 私もちょうど行こうとしていたところなの! ね、一緒に行こう!」

 と無邪気に言って、にこーっと微笑んだ。俺は、あぁ、と頷きながら、

「行きましょう」

 と答えた。歩きながら、俺は、頼子が小学校教諭になっている姿を想像した。きっと、「多くの小学校低学年男子の初恋の人」なる美人教師に成長することだろう。明るくて聡明で優しいし。ちょっと図々しいけど。まぁ、教師なら、その部分も活かせるだろう。

「清瀬くんが教師行くってちょっと意外。興味あるの?」

 頼子が興味津々な表情で俺を見上げる。彼女が顔を上げると彼女の二つ結びの房が、ゆるり、と揺れる。

「うん。まぁ......選択肢の一つとしてどうかな、って気になって」

 俺がそう答えると、彼女がふーん、と目を丸くさせた。通り過ぎていく同学年の男子たちの視線が痛い。俺は、その数分で、頼子がいかにモテるのか、ということを十分に味わった。

「いいね、私、清瀬くんが担任するクラスの生徒......児童? になりたい♪ 清瀬せんせー! なんか、『せ』が多くて言いづらいな。キヨセンとかどう? うふふ」

 そう言って目をきらきらさせる頼子のテンションの高さにいまいちついていけず、俺はふぅ、とため息を吐いた。


 会場の教室に着く。俺と頼子は、廊下側の席に着いた。開始時間が近づくと、男性にしては少し髪の長い、ちょっと丸みを帯びた体型のアラサーと思われる男性が「こんにちは!」と良い発声の挨拶で入ってきた。チャイムが鳴り、

「それでは、よろしくお願いします。小学校教諭の野路(のじ)(ゆう)(すけ)です。今日は、来てくれてありがとうね。みんなは、今日はどんな経緯で小学校教諭のガイダンスに来てくれたのかな?」

 とその野路先生が話し始めた。さり気なく、フランクな喋り方になるあたりは、やはりさすが小学校教諭だな、と俺は感心する。集まった生徒らが答えようか答えまいか、微妙な空気を出していると、

「いや答えなくても大丈夫よ、当てないから。俺は結構子どものころこういうの適当に生きていたからさ、今の子たちはどんなもんなのかなー、って思って。ちなみに今、明確な夢が決まっている人はどれくらい居るの?」

 二十人ほどが集まった教室に、五人くらいが自信無さげに手を上げていた。俺は正直に、手を挙げない。

「やっぱり、なかなか居ないよね。焦んなくて大丈夫。今は、『人生で自分がやりたいことってなんだろう』って思っていればいいの。職業はそのあと考えれば良いからね。はい、今日は、まぁ、主に俺の教師、っていう職業選択に至るまでの話をしようと思います。よろしくお願いします」

 俺は知らず知らずの内に、身を前に乗り出していた。野路先生が、パワーポイントを動かす。画面上に「やんちゃ坊主と信頼してくれた担任」という文字が登場する。

「まずは、小学校時代ね、これ、先生の幼少期。今こうして見ると、可愛かったのかな、って思えるね、自分でも。でも、このかわいい顔の裏は、もう、めちゃくちゃやんちゃ坊主なわけ。好きな女の子いじめるわ、授業中騒ぐわ、まぁ、問題児だね」

 教室内に、わらわらと笑い声が起きる。

「でさ、小三までの担任の先生からは、ただ、怒られるだけだったり、クラスメートからも『のーじーうるさい』って言われるだけだった、っていうか――みんなは、優秀だからこんな気持ち理解できないかもしれないけど、そのころの俺は、『授業には参加してんのに、なんで怒られなきゃいけないのー?』とか、思っていたの。その頃別に表現の自由のこととか知らなかったけど、今の俺の言葉でその時の俺の心境を説明すると、まぁなんていうの? 『みんなだって言いたいことを言いたいように言う権利があんのに、なんで俺がそれをしたら、みんなに、うるさい、って怒られなきゃいけねぇの?』って思っていた。まぁ、そんなこんなで、小学校の低学年が一番の悪の極み。今考えると、かわいいもんだけど」

 俺は、話を聞きながら、面白い、と心の中で呟いていた。小学校低学年の頃、俺にそんな自我みたいな意識はあっただろうか。俺は小学校の頃のことを振り返ってみた。振り返ってみると、俺のクラスにも、野路先生のような児童が居た。俺もそのときは、「よくあんなにうるさくできるなぁ」くらいにしか思っていなかったけれど、もしかしたら、彼も何か、みんなに伝えたいもの、自我みたいなものがあったのかもしれない。

「でね、小学校四年のときの担任がさ、良い先生だったのよ。まぁ、他校から転任してきたばかり、ってこともあって、俺が低学年のときに習っていたベテラン先生とは違った新しい風を吹かせていた、って感じかな。なんか、お楽しみ会で児童が企画する部分とかの自由度がそれまでとまったく違ったりさ。これはどうでもいいけど。で、小四の冒頭もやっぱりうるさいの極みだった俺なわけだけど、新学期の冒頭に、担任との一対一の面談があったのね。そのときに、その先生がさ、言ったの。『俺はお前のこと信じているのと、お前に、知らせないなんていうような卑怯なことはしたくないから、正直に言うね。面談している中で、のーじーがうるさくて、授業に集中できません、とか、のーじーにちょっかい出されて、いやな思いしています、とかいう子が何人も居たの』って」

 「のーじーがうるさくて、授業に集中できません、とか、のーじーにちょっかい出されて、いやな思いしています、とかいう子が何人も居たの」というゴシック体の文字がパワーポイントの大部分を占めていた。

 話を聞いている生徒たちは、皆真剣な顔をして聞いていた。彼らの頭の中には、どんな景色が浮かんでいるのだろう。このひとつの教室の中に、俺は、人の頭の数だけの教室を見たような気がした。

「小四でこれを面と向かって言われるなんて、ショックだ、って思うじゃん? まあ、俺も最初はグサッと来た。でもあとあと考えたら、そう言ってもらえたおかげで、スッキリしたんだ。たぶん、俺もそのことは、心のどこかで自覚していたことなんだけど、面と向かって、迷惑だ、ってことを言われたことがなかったんだよね。で、俺は馬鹿だったから、そのときになってはじめて気づいたわけ。俺が怒られていたのは、ただうるさいからじゃなく、人に迷惑をかけていたからなんだ、って」

 俺はそう聞いて、ずっこけそうになった。でも、すぐに思い直した。俺からしたら、人に迷惑をかけているという自覚が持てるのって、当たり前のように思えるけど、子どもって、「大人にとっての普通・当たり前」が当たり前じゃないんだ、と。それをわかって、ちゃんと、子どもと真剣に向き合える大人って、案外珍しいのかもしれない。

「でね、その先生が言ったの。『のーじー、うるさくしてもいいから、周りには迷惑かけない、って、約束できるか?』って。俺さ、はじめてで。『うるさくしてもいいから』なんてフレーズ聞けたの。だから嬉しくて」

 そう言うと、野路先生は、にっこりと微笑んだ。俺はその笑顔の向こうに、野路先生が憧れる先生の顔を見たような気がした。たしかに、その約束の文言は、新鮮だな、と俺は感心する。

「それで、俺は言いづらかったんだけど、『何が人の迷惑になることなんですか?』って聞いたの。あきれられると思ったけど、その先生は真摯でさ、一緒に考えてくれたんだよね。のーじーが、人からされてイライラするときはどんな時? とかっていう風に。一時間くらいかかったけど、あの時の先生の眼差しは多分一生忘れない。理由は分かんないけど、終わるときはなんか、泣いていたなぁ」

 その様子を想像して、俺は胸が熱くなった。そしてティーちゃんに、うらやましい、という感情がどういうものなのかを教えたときのことを思い出した。教師が教えるのは、勉強だけじゃなくて、そういう道徳的なこととかみたいに、相手のその後の人生に関わるメンタル的な面もあるんだなぁ、と感じた。

「で、迷惑になることが大体どういうことかわかって。行動始めたんだよね。まぁ、でもどうやったら迷惑かけずにうるさくできるか、難しくて、ひょっとしたら、『うるさくしてもいいから、人に迷惑を掛けるな』って言葉の響きにハメられたかも、って思ったけど。でもおかげでちょっとは、やんちゃ坊主から抜け出せたよ。好きな女の子にもさ、いじわるするんじゃなくて、優しくした方が効果あるってわかったよね?」

「あはははは!」

 頼子の笑い声に吊られて、他の生徒たちもどっと笑う。俺も思わず笑ってしまった。この先生の小学生時代が面白すぎる。

「まぁ、これは、先生になろうと思ったきっかけっていうよりかは、教師の中にも、俺みたいな児童に合う教師も居るんだ、って思えて嬉しかった、っていうエピソードかな。そもそも俺には人を引っ張ることとか向いていない、って思っていたからね。もう一つの転機は高二。あ、今まで言っていなかったんだけど、俺もともと幼稚園からサッカー少年だったのね。で、勉強面はズタズタだったけど、運動バカで、一応ずっとサッカーはレギュラー入りが普通だったの。まぁなんだろう、こんな言い方したらあれだけど......サッカー部、っていうキラキラした部活に入っているプラスそのレギュラーメンバー、みたいなラベルによって起こるステータスみたいなものを持っていたんだよね。これは俺の感覚で、他の人からしたらなんてことない事だと思うけど。そんな俺が、高二の春に、部活で怪我をしました」

 ――怪我。

 俺の頭にその二文字が浮かぶ。

 俺がハンドボール部の幽霊部員になった理由は、他のメンバーの絆のようなものの中に自分が入れないと思ったからだと先に述べたが、そのきっかけも、実は怪我だった。高一の秋の練習試合で脚を骨折してしまったのだ。全治二ヶ月だった。それでも、病院がない日は部活の見学に行っていた。もともと自分でやると決めたことにはこだわりを持ってやるタチだから、朝練の出席率も高かったし、筋トレのような自分と向き合える時間も好きで、一年のとき俺は部活が好きだった。

 だけど、見学という行為は辛かった。俺が居なくても部活が回ることや、練習が成立することを見せつけられるような気がして。放課後、リハビリで午後練を休んだあたりから、行きづらくなってしまって、気づいたら、部活に行かなくなってしまった。お世話になった先輩の追いコンを欠席するのは、申し訳なかったから、ひっそりとその会場に居たが、そこで、俺にはもう入ることの出来ない同期メンバーの絆が出来上がっているのを目の当たりにした。

 クラブは、毎年入部届を更新というような形で提出する。そこで提出しなければ、自然退部とでもいうのだろうか、ひそかに退部も可能だったのだが、俺の記憶の中でこれまで退部をした人というのは、何かしらメッセージを伝えに部活に来ていた。俺には、退部を表明するだけの決意が無くて、行かないくせに、ハンドボール部と書いて提出してしまった。まさかここで思い出すことになるとは――

「その怪我をきっかけに、サッカーを全力でやることにドクターストップがかかってね。まぁ、好きなことが出来ないことにふてくされて。俺自らだけど、もともとあったステータスから落ちていったの。なんか、女の子に話せなくなっちゃって。自信ないから。で、すごい本読むようになりました。放課後も図書館にこもることが増えて。そしたら、何人かだけど、新しい友達ができて。放課後に図書館で本読んだり、勉強してるような友達。そういう頭いい系とか、あとはそうだな、特に部活に入っていなくて、一見すると地味なような奴らと仲良くなるのがそのときはじめてだったんだよね。でも、話してみると面白くて。結構楽しかった。そのときになんていうのかな、世界が新しく見えた。新しくできた友達を通してこれまでの俺には見えなかった、そういう奴らの良い部分が見えるようになったんだよね」

 そこまで言うと、野路先生はスライドを動かして、「俺、色んな子の気持ちがわかるんじゃね?」という文字を表示させた。教室のあちこちで、くすっ、ふっ、と笑う声が聞こえてきた。

「ここまで見てきてわかるように、俺は、やんちゃ坊主、サッカー部レギュラー、読書ボーイ、と様々な立場? を、高校までの生活で経験してきました。で、それらを通して思ったことがこれ。『俺、色んな子の気持ちがわかるんじゃね!?』。文化祭のときとか、クラスで話合いする時って、基本的に何も不満言わないけど、裏ではすごい嫌だなぁ、って思っている少数派っているじゃない? こう気づいたあと俺だったらそういう奴らの気持ちを聞ける、って思ったの。そっからは、なんだろう。色んなタイプの奴らと一対一で話すことが増えた。サッカー部やめてから特定のグループみたいなものには入らなかったけど、群れていると話せない深い部分まで、人と話せるようになって楽しかったなぁ。みたいな感じで、学級委員の縁の下の力持ち的なことをさり気なくこなす奴になっていました。びっくりだよね?」

 野路先生はそういうと、カラカラと笑った。俺は、そんな自分に起きた、怪我という出来事を、そのように成長できたきっかけのように話せる野路先生のことをすごいと思った。俺もいつかこの経験を活かせるときが来るんだろうか......

 先生の話は続いた。その色々な子と話せるようになったことをきっかけとして、小四の頃の先生への憧れを思い出して、教育学部に行くことに決めたこと。そんなこんなで今に至る、という話をしてくれた。

 質問コーナーに入るが、聞いた話のインパクトに俺は圧倒されてしまって、何も言い出すことが出来なかった。気づくと、二時間目の時間が終わっていた。

「それでは、本日は、ありがとうございました!」

 威勢の良い声で野路先生がそう言うと、みんながわーっと拍手をした。拍手の音量の大きさ、叩く間隔の短さに彼らの感動がこもっていた。野路先生が教室を出て行きかけたとき、

「先生!」

 となぜか俺は声をあげていた。頼子と野路先生から同時に振り返られる。知らない生徒からの視線も感じた。

「あ、あの――俺、教師になるかはわかんないですけど......俺、野路先生みたいな人間になります。今日はありがとうございました」

 勢いでそう言って、俺はぺこっとお辞儀をした。野路先生は、目を丸くする。

「ありがとう。こんな俺のどこを良いと思ってくれたのか、わかんないけど、君は君らしく生きればいいよ。名前はなんていうの?」

「清瀬登です......」

「そう。清瀬くんは清瀬くんらしく。ね。清瀬くんの人生じゃない。でも、そう言ってもらえたのは嬉しい。ありがとう」

 そう言って、野路先生は去った。あったかい沈黙がそこには流れていた。頼子が俺を見上げて、

「良い人だったね」

 と静かに呟いた。俺も、頷く。一緒に教室の外に出ると、あっ、と思い出したように、頼子が、

「そういえば、清瀬くん、こないだの物理百点だったらしいね」

 と言い出した。

「え? あ、あぁ」

「すごいねぇ。ね。今度、私に勉強教えて。私、中間の物理やばくて。ね? 教師になるための練習だと思って」

「え? いや、その......え?」

「あ、テストの三日前に、清瀬くんのところ行くから、よろしくね♪」

 俺に有無を言わせずにそう言って微笑むと、頼子は、じゃあね♪ と軽やかなステップを踏んで去っていった。


 その日の放課後、俺は、ティーちゃんと勉強をしながら、ふと、

「あのね、ティーちゃん」

 と話しかけた。ティーちゃんは、はい、と言って俺の瞳をじっと見つめる。

「紺野頼子っていう友達に、今度、物理教えて、って言われたんだ。だから、今度、三人で勉強することになると思うんだけど、いいかな?」

 ティーちゃんは、その言葉に、「え?」と首を傾げた。カチャカチャカチャ......という情報処理の音が鳴り響く――今、俺はそんなにわかりにくいことを言ったのだろうか?

 そして、ウィーン、という音を立てると、

「彼女が勉強を教えて、と言った対象は、登クンだよね?」

 と質問してきた。

「え? あ、あぁ、まぁ......」

 俺は、ティーちゃんのその返しが予想外で戸惑ってしまった。

「だったら、ワタシがそこに居ちゃいけないでしょう――登クン、ワタシ無しでその子に教えられるようにならないとだね。頑張りましょう」

 ティーちゃんは、そう言うと、にっこりと笑った。だが、少しその笑顔がいつもと違ってどこかぎこちなかった――まぁ、いつももアルカイック・スマイルなのだけど。

 その後、物理を教えてもらいながら、俺は、その日のティーちゃんの教え方に、どこか熱がこもっているのを感じた。事あるごとに、「じゃあ、今ワタシがしたことが説明できるか、やってみて」と言って、俺に教える練習までさせてくれた。人に教えると、学んだことが身に着くというが、話しているうちに、自分の分からないところがわかり、そのたびにティーちゃんが、違う違う、と指摘し修正してくれた。

 ある程度、今日まで学んだ範囲が終わりそうになったところで、

「ティーちゃん、あの......俺、とりあえず、仮にだけど......教師、目指してみることにした」

 と呟いた。ティーちゃんはそっと顔を上げた。自然にその目線が上目遣いになっていて、どきりとする。ふわっとランプの光が灯るようにやさしく微笑むと、ティーちゃんは、「そう」と呟いて、

「いつの日か――教師とTAとして、登クンと一緒に授業が出来ることを楽しみにしています」

 と言って、目を細めて、にこっと笑った。そして、

「そのためにも、そのときまで、人々にとって必要な存在でいないとね」

 とどこか遠くを見て呟いた。その目には、未来が映っているような、そんな気がした。 

 俺は、何か言おうと、口を開いた。だが、なぜだろう。俺にはそのとき、何も言えなかった。

 ティーちゃんは、そんな俺の顔を見て、キョトンとしたが、

「では、今日はここまで。また明日」

 ティーちゃんがそう言って、高貴なお方のように美しく手を振ったため、俺は、うん、と頷いて、鞄を持って、図書館横の机を後にした。


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