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親友の登場

 そんな感じで、ティーちゃんが教室に来てから一週間ほどが経過したある日の昼休み。

 俺は、四時間目が体育だったため、体育着から制服に更衣室で着替え、体育着袋を片手に、教室の廊下のロッカーに戻ってくる途中であった。バスケでちょっと突き指をして、保健室に行って保冷材をもらったこともあって、いつもより教室に戻ってくるのが遅くなった。すると、教室の中から、

「あ、俺? 俺は、男鹿(おが) 長久(ながひさ)、一応、清瀬の親友? とでもいうのかなあ。ふふ」

と聞き覚えのある、変態チックな男子生徒の声が聞こえてきた。俺は慌てて教室の中をのぞき込む。

「何、ティーちゃん口説こうとしてんだよ、男鹿」

 俺は声を低くして、俺の、一応親友――男鹿 長久の、人の良さそうな細いたれ目を軽く睨んだ。男鹿は、俺を見ると、口元をにやっと緩めて笑った。実際はそうでもないのに、やっぱりちょっと表情が変態っぽい。

「そんなぁ、口説こうとなんかしてねぇよ。あ、じゃあ、彼女が、話に出ていた?」

 ゆったりとした口調でそう問う男鹿に、俺は頷きながら、

「そう。ティーチング・アンドロイドのティーちゃん」

 と返した。男鹿は他クラスだから、TAについて、俺から聞く話以外、何も情報を持っていなかったのだ。俺は、ちらりと、ティーちゃんを見る。相変わらず、にこにことした表情は変わらない。

「あ、それでかー。誰も居ない教室で、何もせず、ずっとにこにこしてたから、心配してさー、声掛けちゃったよね~」

 男鹿はそう言うと、ほっとしたようにティーちゃんを見た。

「さみしくなかった?」

 と目線を合わせて聞く男鹿に、ティーちゃんは、

「えぇ。お気になさらず。ワタシ人間じゃないので」

 と答えた。俺の頭の中で、「ワタシ人間じゃないので」という言葉が、三回ほどポーンポーンと木霊(こだま)した。

 男鹿も少し表情を変えた。

「そう......じゃあ、(めし)も食べない感じか」

「えぇ。充電はするけれど」

「......そっか、じゃあ、また清瀬に用あるとき、会いに来るから、その時はよろしくね。行くぞ、清瀬」

「お、おぉ」

 俺は、何も言えないまま、教室を出ていく男鹿について行った。


 ――俺と男鹿は、去年同じクラスだった。ついでに言うと、誕生日も同じだ。そこに親近感を覚えて、仲良くなり始めたのがきっかけだった気がする。去年は、近くの席の男子四人くらいで連れ立って、昼休み学食を一緒に食べていた。

 だが、進級して、それぞれクラスが替わり、みんな新しい友達と食べるようになる中で、俺は、四月、いわゆる、ぼっちになってしまった。他の奴らには、食べる友達が居ることを知っていることもあって、こっちから声を掛けることは、臆病で不器用な俺には、できなかった。

 そんな、四月中旬。俺が一人でラーメンを啜っていると、俺の視界の隅に男鹿が五人くらいの奴らと、学食を持って、テーブルに着こうとする場面が映った。俺は、目を逸らしたが、男鹿は、俺のことを気にしていてくれたらしい。十秒くらい経ったときに、頭上から、

「よお清瀬。一緒に食べていい?」

 という男鹿の声が聞こえた。俺は、衝撃と嬉しさと複雑さとで、え、と呟くと、何も言えないまま、こくり、と頷いた。

 男鹿が俺の前の席にチキンソテー定食をポン、と置いて座る。

「あいつらと一緒に食うんじゃなかったのか」

 俺の言葉に、男鹿は、え? と、その細い目を普段は見えない白目が見えるほど、最大限に見開き(それでもやはり細いのだが)、

「あ、見えてた? えっとー、けんかして。ぼっちになるところだったんだけど、清瀬居るの見えたから、まじ助かったわー。ぼっち飯回避~」

 と答えた。

 俺にはわかっていた。男鹿みたいな、穏やかな奴が、そんな十秒くらいの間に喧嘩なんかするはずがないと。そして、俺が一人で食べているのに気づいたから、周りの奴らに謝って、俺のところにわざわざ来てくれていたことも――何も見ていない、聞いていない振りをしながら、俺は、男鹿の様子を密かに窺っていたのだ。だから、俺は、その彼の思いやりに、涙が出そうになりながら、必死にラーメンを啜っていた。

「清瀬って、啜る勢いすごいけど、一度に食う量少ないよね」

 と言われて、

「余計なお世話」

 と下を向いたまま、俺は答えた。男鹿は、味噌汁を一口飲むと、

「清瀬が良かったらなんだけど、明日からもさー、毎日? 一緒に食わない? 飯」

 俺は、そののんびりとした口調で発せられた男鹿の言葉に、心がじわり、と温かくなった。同時に、目頭も。俺は、ラーメンに誘われて出てきた鼻水を啜る振りをしながら、天井を仰ぎ見て、必死に涙を(こら)えた。

「ちょ......ま。え?」

「クラス替わってから清瀬と話す機会、減ったからさー、正直俺さみしくて。新しい友達はできたけどさ、んーなんか、そいつらと話す内容はなんていうか、うわべだけ、って感じがして。俺自身、清瀬不足だったわけ。だから昼だけでも、こうしてさ、二人で食わねえか?」

 俺はゆっくり顔を動かして、男鹿の顔を正面から見据えた。男鹿は、いつものように細く人の良さそうなたれ目で笑っていた。

 俺は、ふっと鼻で笑って、目を逸らしながら、

「お前、もうちょっと顔かっこよかったら、絶対モテるのにな」

 と呟いた。男鹿が一瞬、キョトンとして、「はああああっ?」と少し笑いながら叫んだ。

「なんだよー、それ」

「ごめんごめん」

「で、食うの? 食わねぇの?」

「......男鹿がそこまで言うなら、食おうかな」

 俺が、水を飲みがてら、男鹿から目を逸らしてそう言うと、男鹿も、ふっははは! と快活に笑った。

「清瀬の方こそ、もっと素直に喜んだ方がいいぞ、まぁ、そのツンデレ感がいいのかもしれねぇけど」

「るせぇ」


 ――ぼんやりそんな回想をして、うどんの列に、男鹿と並んでいると、ふと男鹿が、

「さっきのティーちゃんだけど」

 と俺の方を向いて喋り始めた。俺はその声によって現実に戻り、男鹿の方を見下ろす。男鹿は男子にしては、背が低めなのだ。

「どうした。かわいいー、とでも言うのか」

 俺がそう口を挟むと、男鹿は、

「いや、まぁ、それもそうだけど――なんていうか、どこか哀愁(あいしゅう)(ただよ)っているよね」

 と言って、厨房の、茹で上げられたうどんの行く先をスーッと目で追った。

「え、そう?」

 俺の頭の中には、いつもにこにことしているティーちゃんの姿しか浮かんでこなくて、「哀愁」要素をなに一つ思い出せなかった。

「うん。俺さ、清瀬のこと廊下で待っていたら、あの子が教室に居るのが見えたから、『何で一人で教室に居んの?』って聞きに行ったの。そしたら、『名前は?』って聞かれたから、『あ、俺? 俺は、男鹿 長久、一応、清瀬の親友? とでもいうのかなあ。ふふ』って答えたの」

 その場面は、俺も耳にしていた。

「そしたらさ......」

 男鹿は、そこで、うどんを食堂のおばさんから受け取り、「ありがとうございます」と言った。俺も受け取って、箸や水をトレイに置いていく。

 席について、俺が、うずうずと、

「で、そのあと、どうした、って?」

 と聞くと、男鹿が、一瞬、え? と驚いて、あーあーあー、と頷きながら、

「うん。そしたら、『登クンの......親友?』って、呟いたの、小さい声で」

 俺は、その様子を想像した――彼女は、普段友だちなど居ないような雰囲気のある俺に、親友というのが居たことに驚いていたのか、それとも、親友が、男鹿だったから、驚いていたのか――

「お前を不審者だと思って、疑ってたんじゃねぇの?」

 俺は冗談半分にそう呟いた。男鹿は、はぁ? と笑いながら、

「俺、言っとくけど、お前が言うほど変態じゃねぇから、見た目も中身も。......いや、そうじゃなくて、あの言い方はまるで――自分がその子の親友だと思っていたのに、その子にとっては他の子が親友だったって気づいた女子、みたいな雰囲気が漂っていたっていうか......うまく言えないけど」

 と、少しずつ真剣な眼差しになって答えた。

「え。それって......」

 俺は言いかけてそこで止まってしまった。

「ん? どうした、言いたいことあるなら最後まで言えよ」

 男鹿の言葉に、俺は、ゆっくり頷きながら、

「それって、まるで......ティーちゃんに感情があるみたいじゃんか」

 と言って、頭の中にこれまでのティーちゃんの姿を反芻した。男鹿は、無表情になりながら、

「......俺は、彼女にも感情みたいなものあるがある、って思うけどなぁ。変なこというかも知れねぇけど......人工知能といっても、人間が作った知能なわけじゃんか。それが感情をもっているのは、別に変なことじゃねぇと思うというか。小説の中に出てくる登場人物と同じようなものだと思うんだよね。ほら、俺らみたいに」

 彼はそう言って、つるっと、うどんを啜った。食堂や/うどん飛び込む/口の音。沈黙。

「......ごめん、変な空気にして」

「いや......」

 俺はそう言いながら自分も箸を動かし始めた。男鹿と俺は一度食べ始めると、よほど話したいことがない限り、気を遣うことなく、もくもくと食べられる。黙っていても居心地良い関係というところだろうか。

 ――俺の麺の啜り方が悪いのか、はたまた突き指で食べにくいからか、いつもは俺の方が男鹿より食べ終わるのが早いのに、今日はだいぶ食べるのに時間がかかってしまった。

「ごめん、待たせて」

 食べ終えた男鹿に俺がそう言うと、彼は、いや、と呟いてどこか遠くに目を遣った。

「さっき、あんなこと言ったのには、訳があって」

 遠くを見たまま、彼は口を開いた。俺は無言で頷く。

「彼女、多分、清瀬のことすげえ信頼しているんだと思う。こないだ清瀬が言っていた話から察するに、清瀬が彼女にとって最初に見た生徒なわけじゃんか。よく小鳥が生まれてはじめて見たものを母親だと思うっていうけどさ、それと同じように、お前のことを母親......はかわいそうか、父親? みたいに思ってんじゃねぇの?」

 男鹿の言葉に俺は啜っていたうどんを出しそうになってパニックになった。

「え。いや、そんな......」

 俺はそう言って、手をひらひらと振った。男鹿はそんな俺のことを見ると、ふわり、と笑った。珍しく、変態らしくなかった。

「そうか? でも、俺は、彼女が最初に見たのが清瀬で良かった、って安心してるぜ。清瀬って、弱い立場にある人のこと、静かに見守りながら、困ったときには助けの手を差し伸べられる奴だから」

 男鹿の言葉に、いや、お前が言っている清瀬っていうのはどこで見た清瀬だよ、と心の中でツッコんだ。

「......何言ってんだよ、俺はそんな立派な奴じゃねぇだろ、どっちかっつぅとそれ、男鹿のほうだろ」

「は?」

 男鹿は、そう言って目をぱちぱちとさせた――目を閉じても開いてもあまり変化はないのだが。彼は少し考える顔つきになると、

「ふぅん。本人にはそういう意識ねぇんだ」

 とポツリと呟いた。俺には、何を考えてそんなことを呟いたのかよくわからなかった。

「あ。俺が言いたいのは、そんだけ。食い終わった?」

 男鹿はそう言うと、俺の食器を覗き込んだ。

「お、おぉ......」

 一定の間を置いて、俺らは、手を合わせ「ごちそうさまでしたー」と言って立ち上がり、食器を返却口へと持っていった。


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