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紫の蝶

作者: 窪宮彩
掲載日:2019/07/07

夏休みに母の田舎に行った時の話である。  

あれは、何歳だったかよく覚えてないけどたしか小学生ぐらいだったと思う。  


縁側でスイカを食べて、何にもする事がなくてごろごろしていたら、

どこからか紫の蝶が飛んできて、僕の麦茶の入っているコップに止まった。  

あざやかな紫色。こんな蝶はいままで見た事がない。  

あまりの美しさに見とれていると、だんだんその蝶に触りたくなり、

僕は思わず手を伸ばした。  

あとちょっとで蝶に届きそうな距離になった時、

あっという間に蝶は、僕の腕をすり抜けて庭の向こうに飛んで行ってしまった。  

今なら間に合う。  

僕は夢中で蝶を追いかけた。  

なんでその蝶がそんなに気になるのかは、謎だったけれど。  

でもあの息をのむ様な美しい蝶は、あの日以来まだ会ったことはない。  


慌てて靴をはき、庭に出ると蝶はもうどこにもいなかった。  

間に合わなかったか。  

しょんぼりしている僕の頭上を何かがかすめた。  

ふと見上げると、そこにはさっきの蝶がいるではないか。  

真っ青な空に紫の蝶の美しいコントラスト。  

僕を待っていてくれたんだね。  

勝手にそう思う事にした。

今度は手を伸ばしても到底触れられる距離ではなかったけれど、

なんだかうれしくなった。  


蝶は僕の少し上をふわふわとただよいながら、少しずつ前に進んでいった。  

もちろん僕もその後へ続いた。  

どこまでいくのだろう。  

がんばって追いかけていたのだけれど、僕はだんだん蝶のペースに着いて行けなくなり、

とうとう見失ってしまった。  


そして急に現実に引き戻されてしまった。  

辺りは真っ暗で、ここはどこだかさっぱり分からない。  

同じ様な田んぼの田舎道が延々と続く。  

急に怖くなって、僕は来た道を回れ右して戻り始めた。  

1本道でよかったと思いながら、少しの恐怖と不安と戦っていた。  

とにかく暗いので足下が怖い。  

あ、今、何かヒモのようなものを踏んだ様な…

その時、雲の切れ間からの月灯りでそれが蛇だと気づいたとたん、

僕の恐怖は一気に加速した。  


とにかく走って走って走りまくった。

ようやく明るい道に出たとたん、今度は分かれ道に出くわした。  

右に行くか、左に行くか。  

迷っていると、どこからか急に犬が現れてまたもや僕を恐怖におとしいれた。  

いうまでもなくその犬は野犬で見るからに怖そうだった。  


僕は、ぎゃーと声をあげたつもりだけど、実際には全くでなかったと思う。  

人間は本当に恐怖に陥ると声が出なくなるのは本当らしい。

逃げると追いかけられるのは分かっていたが、逃げずにはいられないくらい怖くて、

気づくと頭より体が先に動き出した。  

もう、右へ行ったか左へ行ったかは覚えていない。  

犬に追いかけられながら夢中で走っていると、道は急に行き止まりになっていた。  

その先は多分崖。  

もうだめだ。

絶体絶命の大ピンチ!  

犬がもうあとほんの少しで追いつく寸前で、僕はその行き止まりの先へ飛び込んだ。  


崖より犬の方が怖かったのだ。

 

あれ?崖から飛び降りたのに、痛くない。  

僕は死んだのか?  

いやいや、生きている。  

そこは草むらが広がっていて、運良く野犬から逃げ切れたようだ。  


でもこれからどうしよう。  

ここが全くどこだか分からない。  

さっきの田んぼばかりの風景とは違って、暗闇なのにこの明るさはなんだろう。  

ふと空を見上げるとそこには、無数の星が所狭しと輝いていた。  

よく見ると、時々動いているようにみえる。  

あ、これがよく言う流れ星か。  

明るい時には全く気がつかなかったけれど、手を伸ばせば何だか届きそう。  

そんな不思議な距離感の星空。  

僕は、一番明るい星に手を伸ばして見た。


「やっと、見つけた」


その人差し指の先にあの紫の蝶が止まっていた。  

昼間見た印象とは全く違っていて驚いた。


「じっとしてて」後ろから突然女の人の声が聞こえた。

「パシャ」カメラーのシャッター音が聞こえた。

「素敵な一枚だわ。後日送るね。あとこの道をまっすぐに行くとお家につくわよ。紫の蝶にはくれぐれも気をつけて」  

それだけ言うと写真を撮った女の人は僕の目の前から消えた。  


その女の人の言った通り、僕は無事に家に辿り着いたけれど、父さんと母さんにめちゃくちゃ怒られたのは言うまでもない。  

こんな遅い時間に行方不明になるなんて、最近田舎でも物騒な事件がおきていたから心配したらしい。あたりまえか。  


後日、あの女の人が撮った写真が送られて来た。  

僕の人差し指に止まる紫の蝶と星空のコントラストが絶妙でとても美しい写真だった。  


随分あとで分かった事だけど、あの写真を撮った人はとても有名な写真家で、僕と会った時すでにこの世にいなかったみたいだけど、遺品の中にこの写真があって、どう考えてもつじつまがあわないけれど、田舎の不思議ということで僕の中でも未だに完結しないミステリーなのであった。

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