プロローグ カコノキオク 3
「つぅかぁあれぇぇぇたぁああああ!」
少女の叫びが狭いコンクリートの壁に挟まれ、無限にこだまする。
三百段に一回ほどで存在する、大きな踊り場。
一般的な一軒家の一室ほどはあるその場所は、終わりの尻尾すら見せようとしない永遠の階段での唯一の休憩場所だった。
踊り場とは言っても、一般的な建物についているそれのように先が曲がっていたりはしないため、次の踊り場がぼんやりと見える。
「じゃ、休憩するか」
正直、限界だった。
たぶん、これ以上頑張ると明日筋肉痛で動けない。
ナイスタイミング。
「んじゃ、休憩してからご飯の準備しよっか」
つーっと伸びをしていた少女に、少年は声を掛ける。
「おっけー」
「元気そ――」
声を上げた少女の声に、疲れを感じられなかったのか、少年は口を開く。
が、途中まで言ってから、気づいた。
考えてみれば、さっき休憩してから数分も経っていない。
踊り場だから言っただけだだと思っていたけれど。
きっと、少女はそこまで疲れていないはずだ。
じゃあ、なんで疲れたなんて言ったのか。
――そんなの、考えなくても明らか、か。
――気を使われちゃ、かなわないな。
「ありがとな」
「はて? なんのことかな?」
「さぁ? なんのことだろうね」
誤魔化すように言った少年。
微笑みをたたえていた少女は、そこで急に表情を変えた。
いつになく真剣な顔で、少女が返す。
「……二人で生きてるんだから。無理はしないで」
まっすぐに、真正面から視線を合わされて。
――変なプライドとかで、行動してた自分が馬鹿らしい。
自分が体を壊せば、少女も進めなくなる、か。
その通り、だな。
「……うん。ごめん」
「――はい、こんな話おわり! なんか楽しいことはなそ!」
ぱっ、とトーンを変えて。
少女がいう。
「昨日まで気にならなかったけど、寒くなってきたよな」
自分勝手になっていたのは反省。
その上で、少年は少女の提案に乗らせてもらうことにした。
「あー確かにね。地上に近づいてきた?」
「かもしれない。季節はもう冬だしね」
「マフラー上に出しとく?」
「ああ、入ってたっけか」
「うん、一個だけだけど大きいよ」
「じゃあ、二人で使うか」
持ち物削減の弊害。
必然的に、二人で共有するものが多くなっていた。
――別に、嫌というわけじゃないのだけど。
少女は、嫌じゃないだろうか。
「それでいっか。……手袋入ってたっけ?」
「いや、ないと思うぞ。ポケットでいいやーって捨てたと思う」
「……たしかにそんな記憶あるね」
「一昨日の自分たちを呪うしかないな」
部屋にあった色々なものをカバンに詰めたあの時の。
やけに用意が良かった場所だった。
生活必需品から、食料まで。
小さい時見た地図もあったし、ガスマスクみたいなものもあった。
……親は、なにを想定して作ってたんだか。
「いや、でも確かに、かさばるしね……」
「ああそっか、服に括り付けとけば良かったのか」
「……名案」
「……でも、取りに帰る?」
「やだ」
「だよなぁ」
そこで、一息。
意味のない、無駄なことだとは分かっていたけれど、このおしゃべりが少年には楽しくて仕方なかった。
――依存、か。
ふと、そんな言葉が頭をよぎった。
少年が考えこんでるところに、少女が声を掛ける。
「そういえばさ、地上って今どうなってると思う?」