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終末世壊と立方体 -Broken World and Regular Hexahedron-  作者: まっしろ委員会(黒)
第一章 長い上り階段と二人の日常
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プロローグ カコノキオク 2

「…………」


 ――まずい、そろそろ足が限界だ。

 半歩前を進んでいた少女が突然止まった足音を不審に思ったのか、少年の方を振り返った。


「ちょっと、一回休憩」


 少年がくるりと回転して、階段に腰を下ろす。


 背負われた大きなカバンが、どすん。と大きく音を立てた。

 壁でその音が何度も跳ね返った。


「はぁ、また強がって……。カバン持っても良いよって言ったよね?」


 あきれた、と少女。


 優しさで言ってくれてるのは少年も分かっていた。

 けど、いろんな意味で、無理な相談。


 全身の力を抜いて、だらりと重力に従って地面に伸びる。


 蛍光灯の光は、変わらず薄暗い。

 少年の後ろでとすん、と少女の座る音が聞こえた。



 何をするでもなく。


 ただぽけーっと、そこから数分間空白が続いた。


 ――永遠にさえ感じられたその沈黙を破ったのは、少女だった。


「ねえ、コレちょっと貸してみてよ」


 振り返ると、少女の微笑み顔。

 いつもよりも、にやっとした口元で。


 ……主語が無くて、最初はどれのことが分からなかった。


 少年はふと視線を落として、少女の指先を見る。


 カバン。


「重いぞ」


 ほれ、とカバンに通していた腕を外した。

 手をわきわきしていた少女の方へちょいと傾け――念のため、右手で支えておく。


 手が伸びてきて、引っ張っられた――ような気がした。


「わっ……っと」


 ぐっ、とカバンの上側にある取っ手を少女は右手で掴んだ。


 そして、胸元まで引き寄せようとしたのか、体ごと後ろに倒し。

 思いっきり、くっ――と。


 が、片手では無理だったようで両手でやっと引っ張ってくる。

 歯を食いしばっていて、ちょっと面白い顔だった。


 ――まあ、鍛え方が違うし。


「……もういいや」


 両手で抱き抱えるようにカバンを押さえている。

 やっぱり、体全体で押さえきれないと無理らしい。


「だろ? ……もう手を放してもいいよ」


 少女が手を離すと同時に、少年は両手で受け止める。

 さっきの位置に戻して、腕を通す。


「慣れたもんだね。私にゃ到底無理だ」


 ぽすん、と少女がカバンに体を預ける。

 危ないだろ、と言おうと思ったがやめる。


 カバンに倒れ込んだまま、安心したように緩んだ表情。

 この柔らかな表情を、ずっと見て居たかったから。


「六百年――今じゃ、千四百年ぐらい前か、の女性は三百キロの荷物を軽く運んでたらしいぞ。うまいことすればできるって」


 代わりに、ちょっとした雑学。

 俵を五個運んだ写真を、昔見たことがある。


 ――あれぐらい運べたら、僕も道具を取捨選択する必要なかったんだろうけど。


「できる出来ないかは別として、やりたくないや、それは」


 後ろで少女の声を聴きながら、立ち上がる。

 ――もう十分休んだし。休憩ばっかり、してられない。


 かたん、と一歩足を踏み出す。


「――あと、まあ、何? そこまではしなくていいけど、頼りにしてるからね。くろと」


 滅多に呼ばない少年の名前を呼んだ。




 二人の世界は、基本的に二人きりだった。

 いちいち、相手の名前を呼ばなくても成立する、そんな関係。


 ――だから。

 久しぶりに、少女の口から聞いた気がする。

 わざわざ、名前を呼んでまでさっきの言葉を強調するなんて。


 はっ、と息を吐く。


 人工物に囲まれた冷たい世界、その片隅で、温かい雲が生まれた。

 ぴゅっと出されたそれはすぐに空気中へ霧散していく。


 少女を追いかけるように、立ち上がる。


「しろなの直感だって結構頼りにしてるからな」


 名を呼ぶ。

 少年の前、数段上がったところ。

 ふと、動きが止まった。


「直感って。ほかに褒めるところ思い浮かばなかったの?」


 そこで、一回言葉を区切る。


「うん。でも、ありがと。……じゃ、もうそろそろ、いくよ」


 振り返ることすらせずに、どんどん前へ。

 ちょっと変な心地がして、頬に手を当てる。


 ――熱かった。


 少女の後ろ姿。

 白い髪の隙間に覗く耳が、赤くなってるのが目に入る。


 ――さっきの僕と同じように頬に手を当てているけれど。

 ――きっと、同じで温かさを感じているのかな。


「うん。……今日の残りもがんばろっか」


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