プロローグ カコノキオク 1
説明回になるんでちょっと長くなりますがご了承を
改稿(2019/05/25)
◆◇西暦三千二百六十九年十一月二八日
腕時計は十時前を表していて、蛍光灯に白く照らされた壁を、暗い影がゆったり上方向を目指して歩いていた。
陰は二つ。
動きは遅いながらも、一歩一歩を確かに歩んでいる。
灰色の階段。
この階段も上り始めてから、もう二日。
前を歩いていた白髪の少女が、ぽつりこぼす。
「上、まだかな」
肩ほどまで伸ばした髪が、階段を上がるたびぴょんぴょん揺れる。
「まだまだだろ、全然、出られる気がしないし」
残念、と少女が苦笑い。
頑張れ、と少年が微笑む。
階段を上る音が、規則的に響いている。
「まあ、まだ二日だしね。私達が寝た期間に比べれば、大したことないよ」
「それもそうか。――とはいえ、八百年も寝っぱなし、ってかなり長いよな」
経年劣化のせいかひび割れた地面を眺めつつ、少年が言った。
――コールドスリープ。
生物を凍結させて、後世まで保存する技術。
二人は、成り行きでそれに閉じ込められ、八百年を過ごした。
起きた時、二人は混乱したがコールドスリープの機械を見たことで事態を把握した。
幼馴染であり、かつ親同士のつながりも強かった彼らは、小さい時から親によく言われていたのだ。
非常時には突然コールドスリープさせるから覚悟しておけ。と。
国の重要な研究者で金も大量にもらっている親は、それ故敵も多かった。
一時的な避難をする方法もあるにはあるが、それでも対処が効かなかった時、子供だけでも助からせようとしたらしい。
その優しさが、八百年の睡眠を生んだ。
ちなみに、コールドスリープをしていたとはいえ老化や障害は一切起こっておらず、それ以外の問題も全くなかった。
「というか、そう考えると僕らもう八百十七歳なのか」
少年がこぼす。
「……それは言わない約束」
むっ、と少女がむくれる。
「認めろよ、事実なんだから。……あ、話戻すけど、今日中につくのは無理そうだな。夜も深くなってきたし」
階段の先を見るが、永遠に錯覚するほど長く伸びている。
本来なら見えるはずの、終点の光もどこにもない。
薄暗くて青白い蛍光灯だけが、ただ並んでいる。
カツンと靴で地面を叩く度、コンクリートの欠片が地面の上を舞った。
「そっか、じゃあそろそろで寝るところ探そっか」
少年はふと、少女横顔を見る。
色白な顔に乗っかった瞼は普段よりも瞬きの回数が多い。
眠そうに、ふわぁ――と欠伸を一つ。
目元に溜まった涙を人差し指できゅっと拭きとり、自分の着ている薄手のパーカーで拭う。
「……眠いか?」
「まだ、大丈夫。そっちこそ、足震えてるよ」
少年の背中には、大きなカバン。
バランスを崩さないようにしっかり地面を踏みしめているが、それだけでも十分にしんどい。
足がガクガク震えてるのが自分でも分かっているのか、すこし苦笑い。
……こっちが限界か、情けないな。
だけど、先に根を上げるのはちょっと癪だった。
必至に表情でごまかしつつ、さっきよりもゆっくりと一歩ずつを確かめるように上へと進む。
少年はまっすぐ前を向いているはずなのに、後ろでニヤリと笑う少女が見えた気がした。
「ん? 休んでもいいんだよ?」
小悪魔が微笑んでる。
視界に入っていないのに、直感的にそう思うほど声音は楽しそうだった。
「いや、もうちょっと頑張らせてくれよ」
少年は、目を瞑って、肩を上げる。
小さい時からの癖。
……大抵は虚勢を張る時の。
「そっかそっか、じゃあ頑張れ」
見逃してやろうといわんばかりに、にゃはっと笑う少女。
試されているような気がして、少年は挑戦的な瞳を浮かべる。
その目を見て満足したのか少女は再び歩き出し、それにつられて少年も足を進める。
無理をしてまで上を目指す、そう彼らを掻き立てるものは一つだけ。
地上の風景がどう変わったのか、早くそれを見たいだけの好奇心。