第7話 もしかして恋愛イベント発生ですか?
その翌日は朝からダンジョン内部が大騒動だった。
なぜかダンジョンマスター様が大量にFランクやEランクの、モンスターを召喚しまくっているのです。
「本当に何をお考えになっているのでしょうね。マチルダ様は……」
ワーキャットの少女ミーシャが額に手を上げながら首をひねっている。
「低ランクのモンスターを大量に召喚して、
なにかメリットがあるんですか?」
とファイヴがなんの気なしに聞いてみた。
「おそらく召喚コストが低いってのがメリットかな。
それはつまり維持コストも低いってことよ。
モンスターは召喚するのにDPを消費するんだけど、
そのモンスターを維持するのにもDPを消費するの。
一日ごとに召喚コストと同量のDPを払わなければいけないわ」
「払わないとどうなるんですか?」
「DPを払わなかったモンスターは24時間後に消滅するわ。
そしてモンスターが消滅するとその召喚コストと同量のDPが、
ダンジョンコアに蓄積されるの」
「なるほど。
例えると借金が払えなくなって夜逃げする自営業の人みたいなもんですね」
「うん。よく分からないけど、ぜんぜん違うと思う」
そのときふと背後から誰かの声がした。
「ミーシャさん。すみませんが一緒に来てください。
新しく召喚された新米モンスターを訓練しないといけないので……」
そう言ったのはガーゴイル族のアルベルトさんでした。
石像のくせに爽やかな青年風の声です。
ミーシャはうなずいてついて行った。
「ファイヴ。あなたにも指導のお声がかかるかもしれないから、
そこで待機していて!」
ミーシャがファイヴに手を振りながら言った。
それでは自分もここで待機していましょう。新人をビシバシしごいてやります。
しかしお声はかからなかった。
しかたないのでフロアを放浪してると再びフェンリルのセレナさんと遭遇した。
「お前とはよく遭遇するな」
セレナさんが言った。
「それはこっちのセリフです」
「まあそうつっけんどんに言うな。暇なら少し散歩でもどうだ?」
とフェンリルのセレナさんが誘ってきた。
「また特訓ですか?」
「この前の冒険者は雑魚だったが、
次もそうとは限らない。いや、それどころか……、
このダンジョンは上級者冒険者が、
経験値を稼ぎによく侵入して来るんだ。
だからもっと戦闘訓練を受けて生存率をあげるべきだ」
となぜかセレナさんは真剣な顔で言ってくる。
「どうせ自分はFランクだし訓練しても変わりませんよ。
それにもっと強いCランクのモンスターが、
ダンジョンの入り口を監視してるので心配いりません。
あと僕は昨日からずっと掃除ばかりやらされてクタクタなんで、
これから昼寝して来ます。猫は昼寝好きなんで……」
とあくびしながらファイブは適当に返した。
「いいから黙ってついて来い!!」
びっくりしました。
セレナさんがこれほどまでに声を荒げたのは初めて見ました。
その気迫に負けて黙ってファイヴはついて行った。
向かった先は昨日と同じ原野だった。
目の前にはうっそうとした森が生い茂っている。
「確か昨日もこの森を避けてましたね?
なんで森に入らないんですか?
森の中の方がそれこそモンスターも多種多様にいて、
良い訓練になると思いますが……」
ファイヴが小言をいった。
しかしセレナは振り返らずに答えた。
「この森は禁断の墓標の森と呼ばれている。
足を踏み入れた者は二度と戻って来れない呪われた森だ。
お前が入るには危険すぎる……」
「へえ、そうなんですか」
見た感じは大木の連なる暗い原始林でたしかに薄気味悪さを感じる。
「このあたりで良い。
さて昨日のうちにある程度の基本は教えた。
今日はその応用だ」
そう言ってセレナさんは何かを探し始めた。
それはすぐに見つかったようで、大きな岩陰のじめじめと苔むした場所に走って行った。
慌ててファイヴもその後を追った。
「昨日の冒険者たちとの戦闘をこっそり見ていたんだが、
やはり基本を教えただけでは絶対に勝てないと悟った……」
とセレナさんが悲しそうにいった。
彼女が言っているのは以前に戦った少年剣士シオンと、魔法使い少女アイリのことである。
「だって仕方ないじゃないですか。
僕はFランクの最弱モンスターの猫魔なんですから」
とファイヴもなかば諦めに近い口調で返した。
「いや、たとえFランクでもうまく頭を使えば勝てる」
とセレナさんが自信満々に答える。
そんなにうまくいくとは思いませんが。
「例えば、そこにスライムがいるだろう?」
「いますね」
セレナさんの視線の先には青いスライムが3匹いて、びろーんと広がっていた。
「これはブルーアシッドスライムだ。
試しに【鑑定】スキルを使ってみろ」
とセレナさんがいった。
ファイヴは【鑑定】スキルを発動した。
種族 ブルーアシッドスライム
召喚コスト 1DP
属性 スライム・アンコモン
ランク F
HP 10
MP 0
攻撃力 3
防御力 5
魔力 1
俊敏性 1
固有スキル 【強酸】
特徴 刺激を与えると身を守る為に強酸をまき散らす。
また敵に張り付くと強酸で永続的ダメージを与える。
と立体映像の画面に詳細が表示された。
フェンリルのセレナさんが自分に向かって空のビンを放り投げてきました。
「これはなんですか?」
ファイヴはそれをひろってたずねた。
「慎重にやれ。さもないと火傷するぞ」
「ですから、これで何をすればいいんですか?」
「そのスライムをビンの中に閉じ込めるんだ。
そうすればちょっとした攻撃用の投擲アイテムになる」
「なるほど。スライムにはそういう使い道があるんですね」
なんとか刺激しないように、棒を使ってゆっくりとスライムをビンの中に押し込めた。
スライムは3匹いたので3個の強酸ビンが完成した。
「今日はこれでおしまいだ」
そういってフェンリルのセレナさんがきびすを返した。
ダンジョンに帰ってみると、大量に召喚されたゴブリン達が、先輩モンスターから戦闘訓練を受けていた。
その中にミーシャの姿がいた。
彼女は訓練場の片隅で座って休憩していた。
そしてゴブリン達の特訓風景を眺めていた。
「となりに座ってもいいですか?」
とファイヴがたずねた。
「どうぞ」
そう言ってミーシャが隣によけてくれた。
ファイヴはミーシャと一緒にゴブリン達を眺めた。
ゴブリンの魔術師が杖の先端からきらきらと輝く雷の球を放出した。
されがパアンと弾けて、無数の赤い光の粒にかわった。
「綺麗ね。まるで花火みたい」
ミーシャがうっとりして言った。
「君の方がもっと綺麗だよ」と言ってあげたかったのですが、
そういう安易にチャラいセリフを吐くと、
逆に好感度が下がってしまうかもしれません。
だから静かにそれを眺めていました。
そのかわりこの最高にロマンチックな瞬間を記念して、さりげなくミーシャさんの手のひらに、自分の手を重ねました。
ぺとっ。
ミーシャさんもその手に気づいたようです。
優しく握り返してきます。
そして……、
あろうことかその手の肉球をいじり始めたのです。
ミーシャさんはその感触を楽しんでいるようでした。
自分はがっかりです。
どうやら自分はミーシャさんに男として見られていないようです。
おそらく彼女にとって自分は飼い猫というかペットみたい感覚なんでしょう。
こうして初恋デートイベントの進展フラグは、あっさりと消滅しました。