第38話 螺旋魔塔へ
螺旋魔塔に突撃するためにマイホームに戻り準備を整える。火炎瓶は使い果たしてしまったからもうない。レジーナさんと取り引きして手に入れた回復薬が少しとブルーアシッドスライムを閉じ込めた瓶が数個だ。これは冒険者ヴァールを倒すときに使った【強酸ビン】だ。
コアルームに鍵を掛けてアポカリプス迷宮庭園を出る。一度だけ振り返る。もう帰って来れないかもしれない。覚悟の上である。
「もう少しで螺旋魔塔に到着します」
「本当にマチルダ殿に決闘を挑むでござるか?」
ハンゾーの問いかけにファイヴは無言でうなずいた。もっと急がなければならない。戦いを終えたモンスター達がダンジョンに戻りつつある。逸る気持ちを押さえつつ冒険者達の残党に見つからない様に慎重に進んだ。もうすぐ螺旋魔塔の入り口が見えてくる。
そのときファイヴはふと足を止めた。つられてハンゾーも止まる。
「いきなり止まってどうしたでござるか?」
訝しむハンゾー。
「静かにしてください。あそこに何かいます……!」
そういって草むらに身を隠すファイヴ。手を上下に動かしてフェザーやハンゾーにも隠れろと合図する。正面50メートルほど先に白い影が見える。
白銀の全身鎧に身を包んだ長身の男。背中には天使の様な神々しい翼が生えている。
それは覇気を完全に消していたので、存在に気がつかなかった。まずい。見つかったかもしれない。ファイヴは心の中で小さく悪態をついた。それはこちらの意図を見透かした様に草むらの中を見据えている。明らかにファイヴと目が合った。なのに何故か敵意を感じない。こっそりと【鑑定】スキルを使って敵の正体を探ってみよう。
名前 イシュタール
種族 堕天使
召喚コスト 346DP
属性 天使・神・レジェンド・ネームドモンスター・ロイヤルガード
ランク SS
HP 667
MP 855
攻撃力 569
防御力 450
魔力 999
俊敏性 870
固有スキル 【炎魔法全取得】、【雷魔法全取得】
【闇魔法全取得】、【土魔法全取得】
【状態異常魔法無効】
ロイヤルガード? ファイヴはカッと目を見開いた。
初めて召喚された時のことを思い出す。魔方陣を見下ろすマチルダ様とその背後に付き従う親衛隊の影を。一瞬であったが確かに見た。ロイヤルガードは全部で3体いた。そのうちの1体はよく知っている神魔狼のセレナだ。
そして2体目がこの堕天使。となるともう1体は誰か? 確かあのとき気を失う前に巨大な竜の影を見た記憶がある。巨大な竜……それが3体目か。
「私は堕天使イシュタール。マチルダ様を護るロイヤルガードのひとり。小さな猫魔よ。どうか我が主マチルダ様と和解して頂きたく参上仕りました」
天使は威風堂々といった。
「なるほど」といってファイヴは草むらの中からすくっと立ち上がる。
「お気に入りのロイヤルガードをぱしりに使うようではマチルダ様も相当に僕のことをびびっているようですね。因果応報ですよ。それとも僕の師匠セレナさんを呼んで折檻して貰いますか?」
そういってファイブが馬鹿にした様にフフッと笑った。
「彼女はもう戦えません。我が盟友セレナは先の戦いで貴方の活躍と戦略を目の当たりにして以来、自分を遥かに凌駕する知的ぶりに恐れおののき、ストレス過多で鬱病を患い精神退行して本物の犬みたいになってしまわれた。あの誇り高き神魔狼のセレナがドッグフードを食べながらワンワン鳴いて散歩をせがむ飼い犬に成り下がってしまったのです。実に嘆かわしい……」
堕天使の口から次々に語られる恩師の現状。ファイヴはわなわなと震えて返す言葉がない。
「そんな……セレナさんが……!?」
ファイヴはそういうのがやっとだった。
「我が主マチルダ様に全く非が無かったとは申しませぬ。貴方の実力を軽んじておられた。だがそれは過去の話。人間達は冒険者ギルドを潰されて猛り狂っている。彼らは報復を目論んでいる。だからこそ我らダンジョンモンスターは召喚士の為に固い絆で結ばれ協力しなければならないのです。だから今一度申し上げます。小さき猫魔のファイヴよ。召喚士殺しを止めて我らの元に戻ってきて下さい。我ら螺旋魔塔の申し子たちは再び一つになるべきなのです」
堕天使が諭すように優しい声で問いかける。
「それは出来ない相談ですね」
しかし小さな猫魔は撥ね退ける。
ランクSSでレジェンドモンスターという自分より遥かに強力な相手を前にして怖気る事無く堂々と吐き捨てた。堕天使イシュタールは一瞬の間だけ眉間に皺を寄せた。
「どうしてもですか? ならば仕方あるまい。ここは一旦退きましょう。最下層にて貴方をお待ちしております。もっともそこまで辿り着けたらの話ですが」
堕天使はその言葉だけを残して光に包まれる。やがて光の粒が天に舞い彼は姿を消した。
「大丈夫でござるか? ファイヴ殿!?」
そのときになってようやく隠れていたオークのハンゾーが心配して駆け寄って来る。
「無茶はいけませんぞ。ファイヴ殿はHPがたった5しかないFランクの最弱猫魔でござるから。下手に敵を挑発して戦闘が始まったら瞬殺されるでござるよ……! ファイヴ殿にはもう少し慎重になって頂きたい」
といってハンゾーが猫魔を諫める。
その瞬間に激高したファイヴが跳びあがってハンゾーの顔にスキル【ネコパンチ】を繰り出した。
ハンゾーは連続でそれを喰らい地面に倒れこむ。それでも【ネコパンチ】は止まずハンゾーは鼻血を垂らした。
「だからアナタはいつまで経っても雑魚の薄汚い豚でしかないのですよ! アイツは僕を試していたのです。共に戦う仲間として相応しいかどうかを。そしてマチルダ様に対峙する相手として相応しいかどうかを……あの短い時間で僕を見極めていたのです! でもね僕にもひとつだけ分かった事があります……!」
連続でスキル【ネコパンチ】を繰り出しながらファイヴが怒鳴る。
「な、はるほど。それで何が分かったでござるか……?」
息を切らしながらハンゾーがたずねる。
ファイヴは手を止めて彼から離れた。螺旋魔塔の入り口を静かに睨む。
「彼も本当は僕がマチルダ様を倒すのを望んでいるのですよ。新たな主が到来するのを待ち望んでいるのです。マチルダ様よりも勇敢で叡智に富んだ新たな螺旋魔塔の王を……。そして僕が王に成ることを実は彼は望んでいるのかもしれません。でなければ今ここで僕を殺した筈です。Fランクの最弱猫魔なんて殺すのは簡単でしょう? HP5しかないのですから。そうしなかったのは彼が僕を試しているからです」
ファイヴはそういって鳥少女に視線を移した。
そこには白いワンピースを着た黒い長髪の少女がいる。しかし腕が鳥の様な美しい白い翼だ。
フェザーと名付けたFランクモンスターのハーピィ。
フェザーはファイヴの目を見て静かにうなずいた。ファイヴもうなずき返す。
「では螺旋魔塔に入りましょう。マチルダ様がいる最下層のコアルームを目指して!」
そういってファイヴが皆を奮い立たせた。かくしてケットシーとハーピィとグリーンオークが螺旋魔塔に乗り込んだ。




