第37話 ケットシー宣戦布告します
冒険者たちと魔物軍との戦いは終息を迎えつつある。
冒険者ギルド本部は猫魔のファイヴによってほぼ壊滅状態にされているが、各地でゴブリンやオーク団が成敗されており、人間達が優勢になっていた。
「ファイヴ殿。先ほどの活躍は見事でござった」
ハーピィと共に降り立つファイヴに向かってハンゾーが労いの言葉をかける。
だがファイヴは疲労困憊でうなずくのがやっとだった。
いまでも信じられない。
ファイヴは自分の手を見下ろした。
小さな猫の手がそこにある。震えている。
この手であのSランク最強の男——冒険者ギルドの赤い竜を屠ったのだから。
「セレナさんは……?」
ファイヴは神魔狼の姿がないことに一抹の不安を覚えて問いかけた。
ハンゾーは下を見ながら少し返答に困っている様だった。
「螺旋魔塔のモンスター衆が運んでいったでござるよ。命に別状はないでござるが、思ったよりも傷は深いでござるな……」
ファイヴの顔が曇るが、その後にハンゾーが改めて命に別状はないと付け足した。
そのうえでオークのハンゾーはぐいっとファイヴに顔を近づけて小声で話しかける。辺りをはばかるように。
「我らが魔物軍もこの戦争で多大な損害を被ったが、冒険者ギルド本部を襲撃するのに成功したでござるよ。魔王メフィスト殿の命により魔物達は少しずつ撤退してるでござるが、彼らがダンジョンに戻るにはまだ時間が掛かるでござろう……。ファイヴ殿にはこの場で決断してほしいでござる」
神妙な顔で語り掛けるハンゾーの気迫に押されてファイヴは肩が震えた。
「な、なにをですか……?」
そういってファイヴが息をのむ。ハンゾーは険しい山々の遥か向こうを指さした。
彼の指さす方角には霞がかった闇魔法塔の影が天を穿つ様に浮かんでいる。
「その右腕のブレスレット、ファイヴ殿が魔力結晶体と呼んでいる物を外すことが出来るのは霧島ナオミと名乗る科学者だけと伝え聞く。そして彼女が囚われているのはあの塔の頂上付近でござるよ」
ファイヴはハンゾーの指さす方を見た。そして右腕を押さえた。
このブレスレットを外す為にも再び霧島ナオミに会わなくてはならない。
でも彼女は魔王メフィストに追われていると聞いた。闇魔法塔に囚われている彼女を救い出すにはこの混乱に乗じて潜入するしかない。魔物たちが出払っている今ならそれも容易だろう。
ハンゾーが次は反対の方角を指さした。
「そしてあの禁断の墓標の森の先にあるのが螺旋魔塔でござる。ファイヴ殿の果たしたい相手がいる所でござるな。さあ、どっちに行くか今ここで決断するでござるよ……!」
ハンゾーがそう話した。ファイヴは静かにその森を眺めた。果たしたい相手というのは女召喚士のマチルダ様のことである。自分の命を弄んだ彼女を許すことが出来ない。
だがそれ以上にマチルダ様を倒す理由がある……。
怒りに共鳴して魔力結晶体が激しく振動している。
猫魔のファイヴは右腕を押さえて静かに笑った。
「どうやら闇の力もそれを望んでいるようですね」
心の叫びがつい声に出てしまった。そのとき誰かが自分を呼んだような気がした。
ファイヴはハッとした。
「ファイヴ殿。一人でぼそぼそと何を言ってるでござるか?」
とハンゾーが怪訝そうな顔でたずねてきた。
「なんでもありません。ただ僕の決意は揺るぎません。螺旋魔塔に向かいマチルダ様を亡き者にすることこそが僕の悲願なのですから」
とファイヴは冷静に答えた。ハンゾーは険しい顔になって更にたずねた。
「その魔力結晶体はどうするでござるか? また闇の力に体を乗っ取られたらどうするでござるか?」
「致し方ない事です。毒を食らわば皿までもと申しまして、こうなったらとことん彼に付き合ってあげますよ。たとえ彼に体を乗っ取られてしまっても……。それに今は猫の手も借りたい状況なんですよ」
しかしファイヴは顔色変えずに返す。
「猫だけに……でござるか?」
そういってハンゾーは口を閉ざした。こうなったら他人の意見を聞かないのを知っている。
これまでの会話を聞いていたらしく、担架に乗せられ運ばれていた神魔狼のセレナが凄い勢いで走って来た!
「ファイヴ! おまえ……まだマチルダ様への復讐を考えているのか……!?」
と神魔狼がゼエゼエと息を切らしながらまくしたてる。その瞬間に怪我が痛んだらしく「クウウウン」と鳴く。
「セレナさん。貴女には関係のないことです」
ファイヴは神魔狼を前にしても臆することなく言い捨てた。
「いや関係ある! 最近は弟子の態度がでかいのが私の悩みだ……!」
と神魔狼のセレナが深いため息をついた。ロイヤルガードの彼女にとって自分の言葉が聞き捨てならないことは知っている。
「怪我をしたお犬様は大人しくドッグフードでも食べて犬小屋に引っ込んでいてください」
とファイヴは冷静に返した。
「なななな……! 貴様め、この誇り高き神魔狼の私を犬呼ばわりするのか!? Fランクの最弱猫魔の貴様が……!」
神魔狼のセレナが早口でまくしたてる。ストレス過多で昏倒しそうな勢いである。
セレナはファイヴに飛び掛かろうとしたが傷口が痛むのか「クウウウン」と鳴いてうずくまる。
「貴様こそネズミでも捕らえてニャーニャー鳴いていろ!」
と彼女は捨て台詞を吐くのが精一杯だった。しかしファイヴは無視してアポカリプス迷宮庭園へと歩みを進めていた。セレナも再び担架に乗せられて運ばれていく。
「セレナさん。マチルダ様に伝えてください。貴女に決闘を申し込むと……!」
ファイヴは遠ざかっていく担架に向かって言い捨てた。
「ファイヴ殿。胸に刻んで頂きたい。そなたは冒険者ギルドだけでなく召喚士評議会までも敵に回そうとしているのですぞ。それでも行くでござるか?」
とオークのハンゾーが忠告する。
「何を言ってるんですか? 召喚士評議会こそ僕の真の敵ですよ」
といってファイヴは微笑した。




