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猫魔ケットシーと異世界ダンジョン ~最弱なケモノは如何にしてダンジョンマスターになれたか~  作者: 深海のレモン
第2章  最弱なケモノは如何にしてダンジョンマスターになれたか
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第36話 猫と鳥vs赤い竜 対ID.zangetsu戦






 目の前にいるのは冒険者ギルドの五本指と讃えられるSランク最強の男。

 常に冒険者総合評価ランキング1位に輝く戦神。

 赤い竜鱗の鎧を纏う魔物狩りのスペシャリスト。不死身の赤い竜(レッドドラゴン)


 Fランクの最弱猫魔ケットシーは臆することなくその前に立ちはだかる。

 冒険者ID.zangetsuは余裕をもってゆっくりと猫魔ケットシーに歩み寄る。

 猫魔ケットシーを屠るなど赤子の手をひねるより容易いと考えているのだろう。


 猫魔ケットシーは傍らで死んでいるゴブリンの手から短剣ダガーを拾い上げた。

 自分の貧弱なステータスではこれより重い武器を扱うことはできない。

 たかが短剣されど短剣だ。


 ここで死ねば全ては無意味になる。考えろ。考えるんだ!


 ファイヴには有利な事が二つある。


 一つは冒険者ID.zangetsuと戦うのは今回が初めてじゃないということ。

 だからアイツの気質や戦い方は多少なりとも心得ている。

 そしてもう一つは空を飛べるのは赤い竜(アイツ)だけじゃないということ。

 今回は自分にも同じ翼がある。鳥少女ハーピィの翼が……!


 限られた手札でも有効に使えば、たとえFランクの最弱猫魔ケットシーでも、必ず冒険者ギルドの赤い竜(レッドドラゴン)を倒すことが出来るはずだ。


 トゥルリン!


 戦闘開始の合図が鳴った。

 その瞬間に赤き鎧をまとう男は空高く跳躍した。竜のごとく。


 そして彼の背中から銀色に輝く竜の翼が広がる。

 まずい! ファイヴは焦った!

 次の瞬間には無数の魔法の矢(マジックアロー)が降り注いで来る!

 蜂の巣にされるのを防ぎきれない!



「彼奴め。いきなり奥の手を使うつもりか!?」



 神魔狼フェンリルのセレナが狼狽える。

 ロイヤルガードの彼女は当然ながら冒険者ギルドの五本指にも詳しい。

 彼女が焦る理由はただひとつ。


 最凶の攻撃スキル【ドラゴンウィング・イリュージョン】が発動されるからだ!


 どうすればいい!?


 そのとき不意にファイヴの頭の中にある過去の光景が蘇った。

 初めて冒険者ギルドの五本指と遭遇した時の記憶だ。

 あの時も戦闘開始と同時にスキル【ドラゴンウィング・イリュージョン】が発動された。

 仲間のゴブリンは一掃され、数で有利だったはずの冒険者達に形勢逆転されたことを……!

 そうだ! あそこには魔物の他にも冒険者達もいた!

 なのに降り注ぐ魔法の矢(マジックアロー)はゴブリンとオークだけを貫いた。



「気を付けろ。奴の魔法の矢(マジックアロー)は敵と味方を認識して攻撃できるんだ!

 あれほど完璧な攻撃スキルはない……!」



 神魔狼フェンリルのセレナが叫ぶ。

 なるほど。そういうことか。



「フフッ。完璧ですって?

 違いますね。そういうのを欠陥ていうんですよ!」



 猫魔ケットシーのファイヴは微笑した。そして戦闘に敗れ地面に突っ伏している冒険者の下に潜り込んだ。



「みなさん! 倒れている冒険者を盾にしてください!

 そうすれば【ドラゴンウィング・イリュージョン】を防げます!」



 猫魔ケットシーのファイヴが叫ぶ。

 なるほど、とセレナやハンゾーそしてフェザーが言うとおりにした。

 冒険者ID.zangetsuの体が光り輝き無数の魔法の矢(マジックアロー)が降り注いだのは同時だった。


 周囲で冒険者と戦っていたオーク一団が蜂の巣にされて地面に倒れる。

 憎き怨敵を葬れなかった悔しさに歯を噛みしめる赤い竜鱗の男。

 銀色の竜の翼を羽ばたきゆっくりと地面に降り立った。


 奴はスキル【ドラゴンウィング・イリュージョン】を連続で使用することができない!

 再び使用可能になるには若干の魔力蓄積期間クールタイムが必要なようだ。


 だがこの戦法はいける。


「まずいでござるよ!

 負傷した冒険者を神官職プリーストが回復して回ってるでござる!」



 オークのハンゾーが叫ぶ。

 その通りでこちらの戦法を妨害する為に神官職プリーストが周囲の冒険者達を魔法で回復させている。



「みなさん神官職プリーストを攻撃してください。

 倒れている冒険者を盾に使えなくなってしまいます……!」



 ファイヴがそう叫んだ瞬間にいかづちの光線が飛んで来た。

 赤き竜鱗の男がもつ雷神剣インドラがこちらに向かって振り下ろされたのだ。

 やむを得ず皆が後方に回避する。

 その隙をついて神官職プリーストに倒れている冒険者を回復されてしまった。



「どうするでござるか!?

 次また発動されたら今度こそ防ぎきれないでござるよ!」



 グリーンオークのハンゾーが狼狽する。

 クールタイムが終わる前にギルドの赤い竜を撃沈せねばならない。


 だがしかし。


「いいえ。むしろ逆ですよ。もう一度あいつにスキルを発動させるのです!」



 ファイヴが返した。全員が驚いた。当然だろう。

 ファイヴの脳裏では様々な断片が繋ぎ合わさり、ある一つの必勝法を閃いた。

 だがしかし赤き竜がそれを許してくれない。

 双剣から繰り出されるほむらいかづちは容赦なくファイヴを追い詰める。

 更には他の冒険者達も加勢して神魔狼フェンリルのセレナも余裕がなくなりつつある。

 ただでさえ怪我しているのに……!



「万事休すでござる……!」



 ハンゾーが狼狽する。ファイヴは彼をキッと睨んだ。



「ハンゾーさん、赤い竜にめがけて火炎瓶を全部投げてください!」



 ファイヴがそう叫んだ。ハンゾーは一瞬目を丸くしたがすぐに行動に移した。


 だが。


 火炎瓶ごときで怯む相手ではない。

 焔神剣アグニから迸る火炎旋風がそれを弾き返す。あたり一面が火の海となった。

 火に煽られてハンゾーの手が緩むが、ファイヴが声を張り上げ、全ての火炎瓶を投げ飛ばした。

 火炎瓶の炎と焔神剣アグニの業火が入り混じって周囲は地獄と化していた。

悲鳴を上げる冒険者たち。堪らずその場を逃げていく。


 炎の壁が加勢に来た冒険者達を追い払った。


 それだけじゃない!


 冒険者ギルドの赤い竜もまた火に煽られて逃げ場を失っていた。

 彼が生き延びる方法は一つだけ。再びスキル【ドラゴンウィング・イリュージョン】を発動することだ。


 そうすればあの生意気な猫魔ケットシーを今度こそ葬れる。

 彼は確信した。クールタイムが終わる。裁きの時だ。


 賽は投げられた。


 スキル【ドラゴンウィング・イリュージョン】発動!


 冒険者ID.zangetsuの体が再び空高く舞い上がった。

 あっという間に上空100メートルに達する。


 その背中から銀色の神々しい聖翼が広がる。かの者の体が美しく光り輝く。


 あと10秒後には確実に死の雨が降り注ぐだろう。

 そうすれば誰も生き残れない。


 しかし猫魔ケットシーのファイヴは微笑した。




「この時を待ってました!

 フェザーさん、僕を連れて空高く飛んでください!」



 ファイヴが鳥少女ハーピィに向かって叫ぶ。

 名を呼ばれた彼女は自慢の白い翼を羽ばたかせてファイヴに飛来した。


 バシッ!


 ファイヴはその鳥少女ハーピィの足に掴まった。



「無茶でござる……!

 いま飛んでも絶対に間に合わないでござるよ!」



 ハンゾーがもはやこれまでと嘆く。

 だが皆の憂いに反してファイヴとフェザーは目にも止まらぬ速さで上空へはばたく。

 時速50キロ。時速75キロ。時速85キロ。時速100キロ……!


 これが熱上昇気流である。


 火炎瓶と焔神剣アグニの炎により熱せられた空気が上昇する。それに伴い上空に向かって空気の流れが発生する。ハンゾーに火炎瓶を全て投げさせたのは上昇気流を起こす為だ。


 そしてこの知識を知っている者と知らぬ者の間に勝敗の差を生んだ。



「フェザーさん! 僕を足で上に投げ飛ばしてください」



 ファイヴが叫ぶ。フェザーが力一杯に猫魔ケットシーの体を上空へ蹴り上げた。

 冒険者ギルドの赤き竜までの距離わずか10メートル!


 熱上昇気流の力に加えて鳥少女ハーピィの蹴る力が加わり圧倒的物体運動エネルギーを作る。


 短剣ダガーを携えた猫魔ケットシーの体が赤き竜の目前に迫る。


 兜の隙間から作成人間特有の虚ろな瞳が垣間見れた。

 その瞳の奥に焦りの色が浮かぶ。


 熱上昇気流という知識の差によって生じた形勢逆転という焦り。


 Sランク最強の冒険者である自分が堕ちるという焦り。


 絶対的王者が死を直感した。


 スパアアアン!


 猫魔ケットシーの小さな体でも熱上昇気流で時速100キロに達しており、その脅威的物体運動エネルギーによって短剣ダガーが容易に銀竜の翼を引き裂いた。


 片翼をもがれた冒険者ギルドの赤き竜は地面に向かって墜落していく。


 落下死。どんなに強力な鎧を身に着けていても防ぎきれないもの。


 その一方で同じく落ちていく猫魔ケットシー鳥少女ハーピィがキャッチする。


 勝敗は決した。



「やはりファイヴ殿は天才でござるよ……」



 グリーンオークのハンゾーは呆気にとられて、そう言うのが精一杯だった。






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