第35話 冒険者ギルドに喧嘩を売ります
リヴァイアサンの封印を解く鍵である魔力結晶体。
それは敵の手の中にある。
もしもそんな怪物が地上に現れたら人類は滅亡する。
魔力結晶体破壊のため、ギルドは全ての冒険者を招集した。
「zangetsuさん。大変です。
召喚士の魔物軍団がここに押し寄せています」
そういって深刻な顔をする冒険者ギルドの受付嬢アンジェリカ。
エルフ族特有の尖った耳と青い髪、メガネをかけた顔が可愛らしい女性である。
かの作成人間はその話を冷静に聞いていた。
そして踵をひるがえすと颯爽と建物の出口に向かう。
「とうとう魔王を倒しにいくのですね?
もう私達には時間がありません。
どうかお願いします。魔物と召喚士を倒して、
この世界に平和を取り戻してください」
アンジェリカがいう。その頬に涙がつたう。
かつて奴隷であったアンジェリカをzangetsuは買い取った。
やましい気持ちはない。純粋な愛情と加護だけだ。
やがてアンジェリカは冒険者ギルドの受付嬢になった。
少しでもzangetsuを支援できればという思いで。
その彼が最後の戦いに赴く。生きて帰れる保証はない。
それでも行かねばならない。魔王を倒せる勇者は彼をおいて他に居ないからだ。
「それと約束してください。必ず生きて帰って来るって……」
アンジェリカはぽつりといった。
zangetsuは振り向かないで出ていく。
でも、その瞬間に親指を立ててうなずく【よくやった】のジェスチャーを行う。
おまえは今までよくやってくれた。
アンジェリカには彼がそう言っている様な気がした。
ギルドの外に出た彼は気を引き締めた。遠くで冒険者達の戦う声がする。
魔物軍団が冒険者ギルドを狙い、すぐそこまで来ているのだ。
急いで彼らを助けに行こう。それが冒険者ギルドの五本指としての使命だ。
だがその前にやるべき事がある。
あの猫魔を見つけ出し同胞の仇を討つのだ。
あの猫魔をぐちゃぐちゃになるまで粉砕して、死んでいった者達の無念を晴らさねばならない。
そのころ猫魔のファイヴは神魔狼のセレナにまたがって戦場を駆け抜けていた。
魔王が率いる魔物軍団が人間達の世界に向かって侵攻したのだ。
ファイヴは焦っていた。この騒乱を利用してやらねばならない事が二つある。
一つは冒険者ギルドの情報網を破壊すること。
掲示板を破壊するだけでいい。そうすればダンジョンの座標を失い、冒険者達はスキル【瞬間移動】が使えなくなるはずだ。
つまりダンジョンまで馬車か徒歩で行かなくてはならない。
冒険者はダンジョンに到達する前に疲労して、召喚士にとっては有利だ。
「さすがだな。そこまで考えているとは……」
神魔狼のセレナが驚嘆する。
この猫魔はかつての弱小だった弟子ではない。
立派な軍師に成長したのだ。ここまで成長するのにどれほどの激戦を掻い潜ってきたのだろうか?
勇気と叡智を兼ね備えたファイヴは、いくつもの戦場を生き延びてきた凄腕の傭兵に匹敵する。
「セレナさん。急いでください。この機会を逃がしたら次はありません」
ファイヴが急かした。
周囲ではゴブリンやオークが冒険者達と乱闘している。
怒号と悲鳴、剣が鎧を突き破る金属音が入り混じる。
むろん冒険者達が神魔狼を見逃すわけがない。
進路を塞ぐように立ちはだかる大剣を持った重装兵。
だが神魔狼のセレナはそれを悠々と飛び越える。
飛んでくる長弓の矢の軌道を詠み避ける。
疾駆する神魔狼の真横に雷が落ちる!
激しい衝撃にセレナはバランスを崩した。しかしすぐに持ち直す。
ファイヴとセレナが一斉に雷の落ちた方向を見た。
炎の壁が周囲のゴブリン達を一掃する。
黒煙の中に垣間見る赤い竜鱗の鎧。
冒険者ギルドの神聖な赤い竜がこちらを睨んでいる。
猫魔のファイヴも彼を睨み返す。
神魔狼のセレナも踵を返して臨戦態勢になった。
「まだです! まだアイツと戦う時期ではありません!
まずは冒険者ギルドの掲示板を破壊するのです!」
ファイヴがセレナに向かって叫んだ。
セレナは静かにうなずくと再び走り出した。
赤い竜も逃がすまいと追いかけるが、オークの群れに道を遮られた。
冒険者ギルドまであと200メートル。
大きな盾と槍で武装した重装兵達を飛び越え、長弓と革製の軽装鎧で武装した弓兵部隊を蹴散らす。
スキル【高速移動】を持つセレナにとって200メートルを走り切るのに10秒かからない。
神魔狼が冒険者ギルドの豪華な玄関を突き破った。
「きゃああああ!」
正面にいたギルドの受付嬢が身をすくめて悲鳴をあげる。
他の者達は戦闘に駆り立てられて、誰も残っていない様だ。
手薄となった冒険者ギルドを襲撃するのもファイヴの考えた作戦の内である。
まずは火炎瓶2本で受付の隣にある巨大な掲示板を焼き尽くす。
受付の奥にある大きな棚にギルドの重要な書類が束になっている。
ダンジョンの正確な座標を記した書類もあの中にある!
火炎瓶をさらに2本投げてその全てを燃やす。
受付嬢が慌てて鎮火しようとするが成す術がない。
冒険者ギルドの情報網は壊滅した!
ファイヴが構想した電光石火の作戦によって脆くても崩れ去った。
「よくもやってくれたわね! 許さないんだから!」
といって受付嬢が地団駄を踏む。
カウンターの裏から何か大筒の様な物を取り出した。
その大きく開いた銃口をこちらに向ける。
「ただの受付嬢だと思って舐めないでよ!
これでも昔はランクAまで昇りつめた魔法使いなんだからね!
究極の魔装具使いと呼ばれた私の実力を見せてあげるわよ」
といって受付嬢が不敵に笑った。
「重火炎砲発射ああああ!」
灼熱の火炎旋風が神魔狼を襲う。
「だめだ。炎の壁に遮られてアイツに近づけない……!
気を付けろファイヴ。アイツはただの受付嬢じゃない……!」
神魔狼の目に恐怖が浮かぶ。
「僕らの作戦は成功しました。これ以上の深追いは無用です。
戦線離脱します……!」
そういってファイヴは戦おうとするセレナを制止した。
うなずいて冒険者ギルドから脱出する。
猫魔のファイヴにはもう一つやらねばならない事があった。
それは闇魔法塔のどこかに監禁されている霧島ナオミを救い出すこと。
自分の右腕についた魔力結晶体のブレスレットを外すには彼女の知識が必要だ。
急がないといけない。
また皐月アキラが現れる前に……!
闇の力に自分の体を乗っ取られてしまう前に……!
その刹那に雷が神魔狼の足に直撃した!
「ああああああああああ!」
セレナが悲鳴をあげる。崩れるように倒れてファイヴは投げ出された!
神魔狼は足を痛めてしまいこれ以上は走れそうにない。
おそらく戦う事も不可能だろう。
猫魔のファイヴはゆっくりと雷の飛んで来た方向を見た。
黒煙の中から再び冒険者ギルドの赤い竜が姿を現した。
「ファイヴ殿、大丈夫でござるか……!?」
遅れてやっとグリーンオークのハンゾーと鳥少女のフェザーが追いついた。
「ハンゾーさん!
神魔狼のセレナさんを安全な場所に連れて行ってください」
猫魔が配下のオークに向かって命令する。
次に彼は鳥少女に目を移した。
その場に居た全員がハッとした。
いま自分の目の前に立っているのはFランクの最弱な猫魔ではない。
死を覚悟した双眸を見れば分かる。
それはいくつもの戦場を生き抜いてきた歴戦の英雄の瞳だ。
死を恐れず目の前の敵と戦う漢の双眸だ。
ファイヴは鳥少女に優しく話しかけた。
「フェザーさん、僕と一緒に地獄に落ちてください」




