第34話 戦争の影
暗闇のなかを火花が散る感覚。
猫魔のファイヴはハッと目を覚ました。
ここはコアルームだ。なぜここにいるのか?
手に残る生々しい戦いの感触。未だ冷めやらぬ興奮。
自分に襲い掛かってきた冒険者達はどこに!?
ぐったりした体を起こすが、間接の痛みを感じて転がる。
特に右腕がしびれるように痛い。
見れば魔力結晶体のブレスレットが虹色に輝いている。
サツキアキラが笑っているように見える。
サツキアキラが自分の体を完全に乗っ取る為の機会を窺っている様に見える。
「気が付いたでござるか」
といってオークのハンゾーがコアルームに入って来た。
手にはたくさんの瓶を抱えている。火炎瓶の類だろうか。
「戦利品でござるよ。
ファイヴ殿があっさりと狂犬集団を殲滅したでござるから、
火炎瓶を無傷でこんなに回収できたでござる」
といってハンゾーが陽気に笑う。
ファイヴは背筋が凍り付く思いがした。
そして慌てて道具袋から包帯を取り出した。
「ファイヴ殿どうしたでござるか?
いきなり右腕に包帯を巻き始めて……」
と猫魔の奇行に驚きながらハンゾーがたずねた。
「僕から離れてください!」
突然ファイヴが叫んだ。腕に包帯を巻きながらキッとハンゾーを睨む。
ハンゾーは訳が分からないといった顔で後ずさる。
「本当にどうしたでござるか?」
目を丸くしてたずねる。
「僕の中に闇の存在がいて、右腕からその力があふれ出し、
自分でも制御できなくなるのです……。
さっき冒険者と戦ったのは僕ではありません。
僕の中に眠るもう一人の自分、闇の力が目覚めたんです」
そういってファイヴは強く自分の右腕を押さえた。
闇の存在、それはすなわち皐月アキラのことだ。
また自分が気を失っている間に体を乗っ取られるかもしれない。
ブレスレットのついた右腕を包帯で巻いたのも、彼に対する抵抗の意志の顕れ。
皐月アキラは次は自分の大切な仲間にも手を出すかもしれない。
だがハンゾーには理解できなかった。
「何を言っているでござるか?
もし手を怪我したなら見せるでござるよ!
これでも応急処置くらいできるでござる……」
そういってハンゾーが近づいてくる。
「だから離れなさい!
僕の右腕に巣食う闇の力が、
今度はあなたを殺してしまうかもしれないんですよ!」
それを聞いてハンゾーが足を止める。冷たい汗が流れる。
ファイヴは思った。
魔力結晶体を自分に託したのは女神様すなわち霧島ナオミだ。
彼女ならこれを外す方法を知っているはずだ。
自分にはもう時間がない。
冒険者ギルドが躍起になって自分を殺しに来るだろう。
召喚士全員を滅ぼす為に戦争を起こすかもしれない。
そしてもし戦争が起きればミーシャの命が危ない。アルベルトもメルちゃんも。
大切な仲間が戦争の犠牲になってしまう。
それだけじゃない。
召喚士評議会と冒険者ギルドが戦争すればレガリアは滅亡する。
闇魔法塔の上層にある円卓の大広間。
監視系魔物フライングアイボールから送られてくる映像。
それは召喚士たちを騒然とさせた。
Fランクの最弱猫魔が冒険者ギルドの派閥を一つ丸ごと滅ぼしたのだから。
霧島ナオミはおかしくて堪らなかった。思わず笑い声がもれる。
「御覧の通り。たかがFランクの最弱魔物だと高を括ると痛い目に合うでしょう」
今度は霧島ナオミが皆を嘲る番だった。
魔王メフィストも苦虫を嚙み潰したように険しい顔をしている。
「なるぼど。だがな冒険者ギルドも報復に来るだろう。
この一件で怒り狂った冒険者ギルドが召喚士を滅ぼすべく、
攻撃を仕掛けてくるだろう。そうなればあの猫魔最期だ。
むろん我らも黙って見ているつもりはない。
すでに戦争に備えて召喚士連合魔物軍を待機させている。
我の命令ひとつでギルド本部を総攻撃する。
なんとしても魔力結晶体を冒険者達に奪われる前に、
我がその猫魔から奪還する計画だ」
そういって魔王が重い腰を上げた。
ナオミは嘲笑の眼差しを魔王に向けた。
「なら気を付けることね。
おそらく狂犬集団の次は貴方があの猫魔に跪く番でしょうから」
魔王に挑発の目を向けるナオミ。
静寂する円卓の大広間に響く凛とした声。
「我がFランクの最弱猫魔に敗れるとでも?」
魔王は背筋も凍りつくような鋭い目を向け、冷たく言い放つ。
「狂犬集団も最初はそう思っていたわ」
ナオミが返す。
「残念だが貴様は明日の朝に死刑が執行されることが決まった」
それに対して魔王が吐き捨てた。
霧島ナオミは静かに聞いていた。ついに最期の時がきたと思った。
だがそれがなんだというのだ?
召喚士連合魔物軍は冒険者ギルドを襲撃する準備を着実に進めている。
冒険者ギルドもまた召喚士滅亡計画を進めている。
アポカリプス迷宮庭園の召喚士が持っている魔力結晶体の噂は冒険者ギルドにも及んでいるはずだ。
猫魔のファイヴも望まずして戦争に巻き込まれる。
レガリア全土を焦土にする大戦争が始まろうとしているのだから。
魔王の配下がナオミを牢獄に連れ戻す。
冷たくて硬い石床の上でナオミはファイヴのことを考えていた。
彼はいつの日か必ず魔王を倒してくれる。それをこの目で見ることが出来ないのは残念だ。
上階で慌ただしい靴音が響いている。
召喚士たちが戦争の準備に追われているのだろう。
ふと誰かが近づいてくる足音がした。
ナオミは警戒した。
魔王だろうか? 死刑執行人だろうか?
だが現れたのはそのどちらでもなかった。
そこに現れたのは鋼鉄の鎧に身を包んだツインテールの少女。
「マチルダ……?」
霧島ナオミがその少女の名を口にする。
「公衆の面前でよくも私を辱めてくれたな。
これほどの屈辱を受けたのは私の生涯で初めてだ」
マチルダは忌々しく言い放った。
なるほど。
彼女がずっと笑わず自分を睨んでいたのはその為かとナオミは納得した。
「あの猫魔を召喚したのは貴女ね?
ファイヴは魔王だけじゃなく貴女さえも殺しに来るわよ。覚悟することね」
ナオミが冷たい声で言い放つ。
「降りかかる火の粉は払うまで。いつでも相手になってやろう。
だがその前にだ。私にはやらなければならぬことがある。
リヴァイアサンを魔王メフィストから奪うことだ」
そういってマチルダが口元をつりあげた。
ナオミは一瞬だけ驚いた顔をした。
鋼鉄の令嬢と呼ばれた彼女でさえもランクSSSの魔物の魅力に抗えなかったか。
「勘違いするな。私は屈辱を晴らす手段として、
リヴァイアサンを魔王から強奪する計画を練っているのだ」
全てを見透かしたマチルダが言い返した。
「もしリヴァイアサンを手に入れたらどうするつもり?」
ナオミが恐る恐るたずねる。
「それはそのとき考える。
聞けばリヴァイアサンの封印を解くには、
サツキアキラの5つのソウルゲノムと魔力結晶体が必要らしいな?
魔力結晶体を開発したお前ならリヴァイアサンのことも、
多少は知っているだろう。どうなんだ?
お前に与えられた道は私に協力して密かにリヴァイアサンを強奪するか、
このまま死ぬかだ」
マチルダが選択を迫る。ナオミは渋々うなずいた。
どっちにしろリヴァイアサンの封印を解くことには変わりない。
だがマチルダに協力すれば生き延びることはできる。
こうなったら協力するふりをしてチャンスを窺うのだ。
鍵となる魔力結晶体を消滅させる方法を急いで探さねば……。




