第3話 ケットシー覚醒します
さてと……。
なにやら騒がしいので目を覚ましてみたが、これはいったいどういう状況なのでしょうか?
ここは病院ですか?
清潔な白いシーツのついたベッドが10個ほど並んでおり、壁の棚には緑色の液体が入ったフラスコ瓶が陳列している。
だがそんなことよりも……。
目の前にネコミミのついた女の子が腕組んで仁王立ちして、寝てる自分を見下ろしている。
しかもそのネコミミ少女は競泳水着みたいな軽装の鎧を、身にまとっていた。
軽いパニックを起こして、また気絶しそうになった。
「あ、あの……看護婦さんですか……?」
そのネコミミの女の子に恐る恐るたずねてみる。少女は首を横に振った。
「残念、ハズレです。看護婦ではありません。
私は猫獣人族のミーシャ。
マスターの命令でダンジョン1階に配置されたモンスターよ」
ミーシャが落ち着いた口調で説明してくれた。
「あの……ダンジョンって何ですか?
どこかの遊園地の名称ですか?」
意味がよく分からないのでもう一回その子に聞いてみる。
「オーケー、分かったわ。
あなたの知りたい情報を全てその体に叩き込んでやるから、
今すぐスタンドアップしなさい! 新米ケットシー!」
その表情は至ってにこやかだが、なにやら兵士をしごく陸軍基地の鬼教官みたいな調子で、早口にまくしたてられた。
そこでまた気になる単語が現れた。
ケットシー?
電気ケトルの聞き違いでしょうか?
なんの気なしに自分の手を眺めてみた。
「にゃああああ!
なんですかァァァ、この体はああああ!」
そこでまた気絶しそうになった。
それはどこからどう見ても猫だった。白猫である。
ちゃんと猫の耳もついてるし、尻尾もある。
ミーシャみたいに人間の体にネコミミと尻尾がついてるわけじゃない!
もうそのまんま猫!
四つ足で歩く動物。小さな獣にしか見えないです!
「なんですかーこの体はー、じゃないわよ!
それが標準的なケットシーの姿よ」
「あのつかぬ事をお伺いしますが、
ケットシーって何のことですか」
きょとんとしてミーシャにたずねる。
ミーシャがネコミミをピコピコ動かしている。
つられて自分も猫耳をピコピコ動かした。
ミーシャがうつむいて大きなため息をもらした。
「まったくしょうがないわね。
私の【鑑定】スキルで得た情報を見せてあげるわ」
そう言ってミーシャが片手を前に突き出した。
するとそこに立体映像の画面が表示された。
種族 ケットシー
召喚コスト 1DP
属性 猫・魔物・レア・ネームドモンスター
ランク F
HP 5
MP 1
攻撃力 1
防御力 1
魔力 0
俊敏性 10(戦闘時にのみボーナス加算)
固有スキル 【ネコパンチ】、【鑑定】
「あ、ちなみに身長は61センチ。体重は4600グラムってところね。
これも標準的なケットシーのサイズだわ」
とミーシャが教えてくれた。
なんてことでしょう。
自分は永遠にこの白猫の姿なんですか……。
この残酷な運命を呪います。
同じ猫の魔物でもワーキャットは人間の姿をしているのに、なぜケットシーはまんま猫の姿なのでしょう?
言葉を話す白猫なんて、まるで漫画に出てくるマスコットキャラクターじゃないですか。
ケットシーも人間のイケメンみたいな外見でお願いしますよ。
酷すぎます。外見の格差を感じます。
しかしもっと酷いことがあります。ステータスを見るとHPが5しかありません。
「HP5ですか。豆腐に当たっただけで死んじゃいますね」
と猫魔はいった。
でも嘆いてばかりではどうしようもありません。
ミーシャも待ちかねているので、身をひるがえして、ベッドから地面に着地した。
「あれ?」
不思議なことに自分は後ろ足二本で地面に立っている。
猫なのに。
「驚くことないでしょ?
魔物なんだからそれくらいできるわよ」
ミーシャが当然のように言った。
良かった。四つ足で歩くよりは気が楽です。
「ところでさ、いつまでもケットシーだと呼びづらいわ。
それにケットシーなんて外に出れば腐るほどいるわけだし混同しちゃう。
あなたもネームドモンスターなんだから固有名が欲しいわね」
歩きながら、ミーシャがいきなりそんな事を言ってきた。
「名前ですか?」
そう聞き返した。
「そうよ。名前よ。
本来なら召喚したダンジョンマスター様が直接に名づけるんだけど、
そのまま名前を与えられずにヒーリングルームに、
送られてきちゃったからね」
それを聞いてがっかりした。
なんだか自分はダンジョンマスター様にとって、どうでもいい存在なのでしょうか?
「……だったらさ、私があなたの名前を決めてもいいかしら?」
ミーシャが提案した。
「もうどうでもいいです。好きにしてください」
と自暴自棄に答えた。
「あなたのつけてる首輪に、5の数字が書いてあったわ。
何を意味するのか分からないけど……、
そこからとってファイヴって名前をどう?」
「数字の5だからファイヴですか」
思わず苦笑いした。
「やっぱりだめ?」
急にミーシャが悲しそうな顔をした。
「いえ、ありがとうございます。良い名前ですよ。
あなたが名づけてくれて嬉しいです」
「うん。よかった」
そういってミーシャがにっこりとほほ笑んだ。
ダンジョンの中を歩いていると、まさに多種多様なモンスター達がミーシャに挨拶してくる。
人気者ですね。こんなに可愛いんだから当然です。
そんなミーシャが自分にこんなに優しくしてくれるのは、まんざらでもない気分でした。
「さてロッカールームに着いたわ。
この一番右端のロッカーがあなたのよ」
「ダンジョンの中にはいろいろあるんですね」
「モンスターが生きていく為に必要最低限の物はそろってるわ」
そう言ってミーシャがロッカーの中をゴソゴソ漁って、何かを取り出した。
「はい。これを着て!」
「これはなんですか?」
ミーシャから手渡されたもの……それは長靴と真紅のマントだった。
「じゃじゃ~ん。これがケットシーの正式な服装よ!」
ミーシャに無理やり着せられてしまった。
なんとも言えないカッコウでげんなりする。
白猫が赤マントと赤長靴を履いてたらダサ過ぎです!
赤マントはまあ……吸血鬼ドラキュラをイメージしてるのでしょうか。
猫だけど魔物だから、そういう悪のイメージでマントを羽織らせておけと?
まあ百歩譲ってマントは分かるとして、長靴はなんですか?
童話「長靴をはいた猫」から得たデザインの発想でしょうか?
もうこのケットシーのデザインを考えた奴は死刑です!
と心の中で悪態をついてしまいました。
「もうそんなに落ち込まないで。
今からダンジョンを案内して回るからついて来てよ」
ミーシャがそう言ってファイヴに手招きした。
ケットシーのファイヴは諦めて従った。