第25話 女神様に請います
夜の闇に包まれた森。
優しい月のひかりが梢からさしこんでいる。
Fランクの最弱魔物である猫魔のファイヴは、柔らかい落ち葉のうえに寝転がり、静かに星を眺めていた。
DP供給を断たれたダンジョンモンスターは24時間後に消滅する。
ファイヴは召喚士からDP供給が断たれて、すでに23時間35分が過ぎている。
「女神様、僕はどうすればいいのでしょうか……」
となりに居る女性に話す。
ファイヴは空から落ちてきたこの女性を女神だと解釈した。
科学者のような白い服を着た黒髪の綺麗な女性。
自分と同じように落ち葉に寝転がって星空を眺めている。
召喚士に捨てられ、さらに冒険者に追われて逃げてきた猫魔が1匹。
魔王から逃げてきた科学者が1人。
1匹と1人でふたりぼっち。
全てを聞き終えた女性は静かに深呼吸した。彼女は遠い景色を眺めていた。
「断罪法廷が異世界のゲートを発見して10年が経った。
そして、私がダンジョンコアを開発して7年が過ぎた。
あの頃はまだ私だって27歳で結婚できる希望があったのになぁ……」
女神は過去を見つめながらつぶやく。
彼女は小さな水晶体——魔力結晶体を耳に当てていた。
そうすると不思議なことにモンスターの言葉が翻訳される。
「今じゃ34歳のオバサンですね。売れ残り確定です」
「売れ残りっていうなー!」
そんなやり取りをしてると、余裕なんて無いくせに笑みがこぼれる。
「女神様、DPを拳から生み出すチートスキルとかありませんか?」
「そんなスキルがあったら私だって欲しいわよ。
私なんか何もチートスキルなんて持ってないもの。
それにDP供給を断たれたモンスターを延命するのは難しい課題ね」
「そうですよね。分かっています。でも、もういいんです……」
ファイヴは空を見上げながら答えた。
最後の瞬間に女神に出会えた奇跡を素直に喜んだ。
「勘違いしないで。あなたが助かる確率が0%だと決まったわけじゃないわ。
だってまだ15分も時間があるでしょう?」
「女神様は科学者のわりにずいぶんと楽観的なんですね。
もう残り15分しかないのにDPを集めるなんて不可能ですよ」
時間は容赦なく過ぎていく。
なのに女神様は自信に満ちた笑顔を浮かべる。
「諦めたらそこでゲームオーバーよ。最後まで頑張らなくちゃ!」
女神様と話していると、胸が張り裂けそうになる。涙がこみ上げてくる。
せっかく死ぬ覚悟を決めていたというのに……。
遅かれ早かれこうなる運命だったと諦めていたのに……。
再び生の欲求が湧いてくる。
「最後にひとつだけ聞いてもいい?」
女神が問いかける。その後すぐに女神が笑い出した。
「このセリフを言うのは私の人生で二度目だわ。
最初は皐月アキラに……。
そして次はあなたに言った……。それでも言うわ。
最後にひとつだけ聞かせて?」
女神の顔から不意に笑顔が消えた。
ファイヴの手を強く握る。
「もしも、あなたがDPを見つけて生き延びられるなら……」
言い終わる前にファイヴが怒鳴った。
「だからもう希望を持たせる様な発言はやめて下さい!
どこにDPが落ちているっていうんですか!」
「アポカリプス迷宮庭園よ。
そこの壊れたダンジョンコアがあなたをマスターと呼んだのでしょう。
ならば、そこに行くべきよ。まだDPが残ってるかもしれない」
「勝手なこと言ないで下さい!
あそこはだいぶ前に捨てられて廃墟になってるんですよ!
DPなんてあるわけがない……だから、もう僕を惑わさないで下さい……」
「私が確信を得たのはそれだけじゃないわ。
この魔力結晶体を通して一つの確かな未来がかいま見えたからよ」
女神様の言葉が、そして希望というナイフが胸に突き刺さる。
ファイヴの心の中の最後の砦を崩していく。
「だから最後に聞きたいの。
生き延びたら、その先にあなたは何を望むか?
この旅の終わりにあなたが望む物は何?」
女神との会話でファイブの心に一つの夢が生まれた。
でも駄目だ。それは決して許されない。世界の掟を破る物だから。
ファイヴはすすり泣いた。
「女神様、どうか僕を叱ってください。
僕はFランクの雑魚魔物のくせに、
身の程をわきまえない分不相応な高みの夢を見てしまいました……」
でも女神は穏やかに問いかける。
「その夢を教えて。あなた自身の声で……あなたの本当の気持ちを伝えて……。
あなたが旅の終わりに望むものを?」
最後の心の砦が崩れると涙腺が脆くなり、涙が洪水の様にあふれ出た。
ぼろぼろと涙を流しながら猫魔は本当の気持ちを吐き出した。
「僕を捨てたマチルダ様が憎いです。
僕から全ての未来を奪ったマチルダ様が死ぬほど憎いです。
僕が望むものは一つです。
マチルダ様を倒して、僕が螺旋魔塔のダンジョンマスターになることです。
そしてもう一度、ミーシャさんとお話がしたいです。
ミーシャさんのあの温かい手にもう一度触れたいです。
スライムのメルちゃんを抱き枕にして昼寝したり、
アルベルトさんと他愛ない世間話をして笑ったり、
またフェンリルのセレナさんと一緒に野原で特訓をしたり、
あの懐かしくて楽しかった日々を取り戻したい……!」
それから言葉がでなかった。声を上げて泣き叫んだ。
ファイヴは生まれて初めて望んではいけない大き過ぎる夢を抱いた。
最弱から最強へ。
小さな猫は頂点を目指した。
「でも怖いです。あのダンジョンに行って……もしもDPがなかったら……」
ファイヴは震えていた。最初の一歩を踏み出すことができない。
また現実に裏切られるのが怖いから。
不意に女神が起き上がり、ファイヴの側に寄って、顔を見下ろした。
「では小さな猫魔よ。女神がチートスキルを授けましょう」
「えっ!?」
だってチートスキルは持ってないと言っていたのに……。
「私があげられるチートスキルは一つだけ……それは【勇気】よ」
そう言って女神がファイヴの額に優しくキスをした。
そして彼の道具袋の中にそっと魔力結晶体を忍ばせた。
なぜなら魔力結晶体を通してかいま見えたからだ。
この小さな猫が螺旋魔塔のダンジョンマスターになる未来が……。
だから世界の運命をこの猫に託した。
ケットシーのファイヴはわずかに微笑んだ。本当に勇気が湧いたから。
そして残念だが女神はここにとどまることにした。
一緒について行けば、魔王の追っ手が必ずやってくる。
そうなればこの小さな希望の芽が潰えてしまう。
小さな猫魔は懸命に森の中を駆け回った。
かつてそこに辿り着いた記憶を頼りに。
ついにアポカリプス迷宮庭園の入り口を見つけた!
残り3分しかない。
疲れ果てた体でようやくコアルームにたどり着いた。
残り50秒……。
相変わらず、そこに半分壊れたダンジョンコアが鎮座していた。
それに触れる。
あの時のように紫色に輝く。
「お帰りなさい。ダンジョンマスター様。
ダンジョンメニューを開きます」
【ダンジョンメニュー】
・ダンジョンモンスター項目
以下のモンスターにDPを供給します。
・ケットシー(-1DP)
ダンジョンコアに蓄積されたDP残数(残り25DP)
ケットシーのファイヴはダンジョンコアに抱きついた。
そしてまた涙をぽろぽろとこぼした。
「あうう……」




