第24話 五本指
「ゴブリンの数が多すぎる!
ギルドの応援はまだか……!」
次第に追い詰められた冒険者たちが焦りの表情を浮かべる。
モンスター達に囲まれており、どこにも逃げ場はない。
ゴブリン・オーク軍団が35体そしてケットシーが1匹。
対して冒険者は7人しかいない。数では圧倒的にこちらが有利である。
村人たちは家に閉じこもり、事の顛末を見守っている。
ゴブリンやオークが冒険者たちを襲い、深手を負ったら自分がとどめをさしましょう。
ケットシーのファイヴは思った。
なぜならまともに戦っても絶対に勝てないからだ。
卑怯かもしれないがそうすれば倒した冒険者の数にカウントされる。
すべてはDPの為です。魔王様の配下になるのです。絶対にうまくいくと、そう確信してました。
背後から雷鳴の轟きが聞こえた。
ゴブリンの悲鳴が上がる。雷に体を焼かれ、真っ黒に焦げた小悪鬼が地面に転がる。
「ど、どうしたゴブ!?」
突然の何者かの奇襲。ゴブリンやオークの群れは驚き騒然とした。
ケットシーのファイヴも唖然とした。
その場に居た全員が雷鳴のした方向を振り向いた。
そいつはいた……!
足音などしなかった。まるで初めからそこにいたように……。
全身を覆う真紅の竜の鱗の鎧。
両手にはそれぞれ刃に炎を纏う剣と雷を纏う剣を握りしめている。
「みんな気をつけろ。こいつは作成人間だ!」
前に居たオークが恐怖に満ちた顔で口走った。
作成人間とは何のことでしょうか?
隣のゴブリンに聞いてみました。
冒険者ギルドには古の神の時代より伝わる禁断の魔術があるらしい。
その魔術の名を【キャラクターメイキング】という。
冒険者ギルドは100000GPを払うことにより人間を作成できる。
そう。彼らは文字通り人間を作成するのだ。
そうやって作成された人間はすでに成人であり、登録すればすぐに冒険者になれる。
作り方はまず名前を決める。そして性別を決める。次に目つきや眉毛、髪型や髭のサンプルを組み合わせて顔を作り登録する。
次に職業を決めて、決められた数値をステータスの各能力値に振り分ける。それで完了だ。
彼らは一様にある特徴をもっている。
・常に無口、無表情である。
(死ぬ時でさえ無表情)
・彼らは美形だがどれも顔が似たり寄ったり。
(各パーツのバリエーションが少なく、組み合わせ方が乏しいため)
・会話できないのでジェスチャーで相手と交流する。
(手を振る、頭を下げる、踊るなど複数のジェスチャーがあるらしい)
・食べない。排泄しない。生活感がまるでない。
(回復薬を飲んだりはする)
・作成人間たちは【課金】というチート能力を持っている。
(詳細は分かりません)
・奇行が多い。
(まるで誰かに操縦されてる様に奇妙な行動を繰り返す)
ゆえに作成人間はモンスター達からマネキンと蔑称される。
こいつに向かってこっそりと【鑑定】スキルを発動してみます。
冒険者
名前 ID.zangetsu
レベル150
クラス ナイト
HP 875
MP 766
攻撃力 689
防御力 501
魔力 609
俊敏性 50
装備
右手 焔神剣アグニ
左手 雷神剣インドラ
頭 赤き竜鱗の兜
胴 赤き竜鱗の鎧
腕 赤き竜鱗の籠手
足 赤き竜鱗の足甲
固有スキル 【瞬間移動】
【ドラゴンウィング・イリュージョン】
この ID.zangetsu みたいな名前も作成人間の特徴らしいです。
そして彼が瞬時に現れたのは、この【瞬間移動】スキルが理由でしょう。
おそらく空間を一瞬で移動できるスキルではないでしょうか。
「おい、こいつ知ってるぞ。ギルドの五本指だ……!」
隣にいたゴブリンが恐怖に歪んた顔でつぶやいた。
ギルドは冒険者の為に冒険者総合評価ランキングを提示している。
彼らは受けたクエストの総数、倒したレアモンスターの数、ギルドに売った魔物素材の数など、さまざまな成果から判断してランキングで順位付けされる。
この ID.zangetsu は常にランキング5位以内に入っており、1位をめぐって他の冒険者と熾烈な争いを繰り広げている。冒険者の中でも選りすぐりの精鋭たち——それがギルドの五本指である。
「うおおお! zangetsu さんがログインしたああああ! これで勝てる!」
まるで勝利を確信したように冒険者たちが吠えた。
その声に答えるように zangetsu は【手を振る】のジェスチャーをする。
ていうかログインってなんですか?
「うろたえるな! 所詮やつは一人だ。取り囲んでなぶり殺せ!」
体格の大きなゴブリンが怒鳴った。
その言葉を合図にして一斉にオークやゴブリンの群れが彼を取り囲んだ。
「みんな待ってください! なにか変です……!」
ケットシーのファイヴは何か不安を感じて叫んだ。
トゥルリン!
戦闘開始の合図が鳴る。
その瞬間、赤い鎧の冒険者は空高く舞い上がった。
彼の背中から銀色に輝く竜の翼が広がった。
スキル【ドラゴンウィング・イリュージョン】発動!
光り輝く彼の体から無数の魔法の矢が放たれた。
「あああああああ……!」
小悪鬼達の断末魔の悲鳴。
百を超える魔法の矢は雨の様に地上に降り注ぎ、真下に居るゴブリンやオーク達の体を無慈悲に貫通していく。地面に転がり、穴だらけになって経験値に変わっていく。
ケットシーのファイヴは見とれていた。その天使のような美しい姿に。
アイテム課金によりレア装備を充実させた冒険者ギルドの赤い竜の神聖な姿に。
ただ魔物を屠る為に冒険者ギルドが生んだ純粋な殺戮兵器。
仲間の魔物が殺されているのに、ファイヴはその無駄のない華麗な虐殺に見とれていた。
赤い竜がこっちを振り向いた。
ゆっくりと近づいてくる。
トゥルリン!
恐怖のエンゲージ。虐殺を告げる戦闘開始の合図が鳴った。
なのに足が動かない。尻尾はぶらんと垂れ下がり痙攣している。
死神はこちらの恐怖を煽るように静かに歩み寄ってくる。
「zangetsu さん、こいつは俺たちに殺らせてくださいよ」
「そうっすよ。俺なんかあと経験値10ポイントでレベルアップできるっす!」
赤い竜が立ち止まる。
いま動かなければ殺される……!
ケットシーのファイヴは後ろを振り向くと全力で走り出した。
先ほどまで動いてたゴブリンやオーク達の屍に戸惑い、足がもつれて、坂道を転がり落ちていく。
すぐ後ろから冒険者たちが追いかけてくる。形勢逆転して優位になった冒険者たちが殺意を剥き出しに迫って来る。
トゥルリン!
死を告げる音。
トゥルリン!
続けて6回も鳴った。
ファイヴは戦闘開始の合図に耳を塞いで、恐怖に震える足で懸命に走り続けた。
気が付けば自分は村を抜け、平原を越え、あの禁断の墓標の森の中をさまよっていた。
アポカリプス迷宮庭園に導かれるように……。
しかし疲れた手足は鉛のように重くてもう限界だった。
「ハア……ハア……」
息が上がり、その場に崩れ落ちる。
「いたぞ! こっちだ!」
「殺してやる!」
冒険者たちが迫ってくる。
ファイヴはもう逃げようとしなかった。もうどうでもいい。
ただ静かに地面に横たわり、最後の瞬間が訪れるのを待った。
「きゃあああ! 止まってええええ!」
そのとき、場違いなほど素っ頓狂な女性の声が梢の上から聞こえた。
冒険者たちが何事かと見上げる。ファイヴも驚いて頭上を見た。
太い枝の隙間から、飛竜幼体の姿がかいま見れる。
背中に黒髪の美しい女性が乗っていた。
彼女は暴走する飛竜幼体を制御できずにいた。
興奮した飛竜幼体が地上に向かって炎の吐息を吐いた。
草木を焼いて火柱があがり、追いかけてきた冒険者達を容赦なく焼いた。
「うわああああああああ!」
HPが0になった冒険者達が次々と炎の中に倒れていく。
ケットシーのファイヴは唖然とした。
「落ちるうううう! きゃあああああ!」
あの黒髪の女性が叫んでいる。飛竜幼体にしがみついていたが、ついに振り落とされた。
小さな木の枝が落下の衝撃を抑えてくれた。
しかし枝が折れてまた2メートル下に落下する。
「にゃああああ!」
ケットシーのファイヴがその女性の下敷きになった。
「あ、ごめんなさい、猫ちゃん……!」
慌ててお尻をどかす女性。
黒髪で美しい女性で、科学者が実験で着るような白衣を身にまとっている。
そして右手には小さな水晶体——魔力結晶体を握りしめていた……。




