第23話 ケットシー悪い魔物になります
夕闇にまぎれてゴブリンの影が蠢く。オークの雄たけびが森の中にこだまする。
そしてケットシーの軟弱な足音がぺたぺたと響く。
彼らの目指す先には小さな村がある。森から最も近い村だ。
先頭のゴブリンがそこを標的に決めた。他の連中も後に続く。
牙をむき出しにして、得物を大きく振り上げて、人間の姿を探す。
魔物達はDPを獲得するための人間狩り競争に躍起になっている。
ケットシーのファイヴは焦っていた。
残された時間はもう2時間もない。だからこそゲームに賭けた。
なんとしても上位10名に食い込まないといけない。
そうしないと魔王様に雇ってもらえないからだ。
「にゃ……!?」
ふと横を見ると、遠くのあぜ道を老人が歩いている。
どうやら畑仕事の帰りらしい。
そしてゴブリンやオーク達はそれに気づいてない。
これはチャンスです!
お年寄りが相手ならFランクの最弱猫魔の自分でも勝てます!
「おじいさん。あなたのお命頂戴します……!」
ゴブリンの群れから離れて、草むらに隠れながら静かに忍び寄る。
爺さんの背後に近づいた。
スキル【ネコパンチ】の射程内に入りました。ネコパンチ百裂拳を食らいなさい。
「うにゃにゃにゃにゃなななな……!」
シュババババババ!
老人の背中に向かってネコパンチを連続で繰り出した。
全て命中したが爺は平然としてます。
「おお。マッサージしてくれたおかげで腰痛が治ったわい。ありがと猫さん」
夕暮れの暗い道でいきなり魔物に襲われたのに、穏やかな顔をしてます。
この理不尽な展開を冷静に対処するとは……おみそれしました。
さすが年の功です。
ファイヴは爺に向かって丁寧にお辞儀すると、他の人間を探して駆け出した。
一軒家が並んでいる。手前の家の窓をのぞいた。
寝室のベッドに男女が寝てます。その前に女の人が包丁もって立ってます。
顔がゴブリンより怖いです。
「アンタなにやってんの! 私がいない間に浮気なんかして……!」
「お、おまえ……今日は友達と飲みに行って帰りが遅くなるんじゃなかったの か!?」
妻に浮気現場を見られて修羅場になってます。
他人の不幸は見てておもしろいですね。
「チッ、この家は襲わないであげましょう……」
となりの家にきました。また窓から中をのぞきます。よその家をのぞくの楽しいです。
この家は家族で息子の誕生日を祝ってます。
父、母、兄(8才)、妹(5才)の四人家族のようです。
「ふふふ。この家を襲いましょう」
子供の誕生日パーティにモンスターが乱入してきて、幸せな時間をめちゃくちゃにする。
最高のシナリオです。子供が相手ならいくら最弱魔物でも勝てる筈です。
さあ、震えるがいい。
「にゃああああああ!」
雄たけびを上げながら家の中に闖入しました。
その途端に妹(5才)に両手を掴まれました!
お兄ちゃん(8才)が両足を掴んで引っ張ります!
「ああ、いててててて。にゃああああ!」
「にゃんこたん! にゃんこたん!」
「ありがとうパパ、ママ。猫が欲しかったんだ。最高の誕生日プレゼントだよ」
絶対にお前のプレゼントになんかなりたくありません。
父と母は頭にハテナマークを浮かべています。
「あら、あなた素敵じゃない。いつの間に猫なんか買ってきたの?」
「なんだ。お前が買ってきたんじゃないのか」
だから違うって言ってるでしょ!
あ、こら。妹(5才)が耳に噛みついてきました!
お兄ちゃん、ちゃんと妹を叱ってください。
お母さんも微笑みながら見てないで助けてください。
お父さんもカメラなんか撮らないでください!
ゴブリンが村に攻めてきてるのにどうなってるんですか、この家族は!!
なんとか脱出に成功しました。もうこの家族は無視です!
こうなったら他のゴブリン達と協力して村人を襲うしかありません。
その刹那に、矢が飛んできて目の前のゴブリンに命中しました。
ゴブリンが地面に突っ伏して息絶えた。
「ゴブリンの襲撃だあああ!」
そう叫んで村の酒場にいた冒険者たちが続々と外に出てきた。
10人ほどである。おそらくはレベル5以下であろう。
全員が冒険者の服という初期装備をしている。
武器もどこにでも売っている棍棒や短剣だ。
ゴブリンやオーク達と協力すれば勝てる相手だ。
「冒険者だグル! 取り囲んでぶち殺すグル!」
オークの1匹が怒鳴った。
その言葉を皮切りにオークの群れが冒険者に襲い掛かった。
カキーン!
ドシュッ!
戦いの末にオーク5体と冒険者2人が倒れた。
「早く冒険者ギルドに連絡して【緊急クエスト】を要請するんだ」
「すでに連絡してある……!」
冒険者たちのやりとりが聞こえた。
【緊急クエスト・ゴブリンの襲撃から村を守れ】
冒険者ギルドに連絡がいって、さっそく冒険者を集めているようだが……。
気づくのが遅すぎましたね。
この村は冒険者ギルドから70キロ離れてます。
馬に乗って移動しても1時間以上かかります。
スパアアアン!
ザシュッ!
仲間のオークが2体倒れた。冒険者を1人倒した。残り7人。
「ゴブリンの数が多すぎる……! このままじゃみんなやられる!」
冒険者の中年男性が叫ぶ。
「まだギルドの応援は来ないのか……!?」
他の冒険者達も狼狽してる。
応援がこんなに早く来るわけないでしょう。
冒険者ギルドから70キロも離れているんですよ。
この時はまだそう思っていました……。




