第1話 プロローグ
「囚人番号3006751、護送車に乗れ」
脇を歩いている看守が指示した。
皐月アキラはその言葉に従っておとなしく護送車に乗った。
「ふう。俺がこれに乗るなんて信じられないな……」
やがて護送車は港から船に乗り、どこかの島に到着した。その島には巨大な塔が4つもあった。
その中の一つの塔の内部で降ろされた。そして護送車は早々に塔から去っていった。
奥から白衣に身を包んだ女が現れた。
それはまるで科学者が実験で着るような白衣だった。
「うそ? あなたが取引された死刑囚の……?」
アキラの顔を見て女は驚いた。
「囚人番号3006751、皐月アキラです」
皐月アキラと名乗る囚人が短く答えた。
「私は霧島ナオミ。ここの研究主任よ」
皐月アキラは白衣の女にうながされて奥の通路に向かった。
「まだ若いわね。年齢は?」
ナオミがたずねた。
「23です」
「でも驚いたわね。
どう見てもメガネをかけた優男で、インテリ風で、
なんだか死刑囚って感じがしないわ」
そう言われて皐月アキラは押し黙ってしまった。
しばらくの沈黙。
「ねえ、本当なの?
あなたが仲間と銀行強盗をして拳銃で警官を撃ったって……」
またナオミが興味本位で聞いた。
皐月アキラは静かにうなずいた。
「でも警官を撃ったのは自分ではありません。
自分は一発も拳銃を発砲してませんから」
「でも世間ではあなたは警官殺しと呼ばれてる。
そして裁判で負けて死刑が宣告されたと」
「あなたがそう言うならそうかもしれません。
でも自分は絶対に殺してません!」
皐月アキラがきっぱり言った。
またしばらくの沈黙が続いた。
「なぜ銀行強盗なんかしたの?」
そこでナオミがふとたずねた。
「難病で苦しむ恋人を救うために、お金が必要だったんです……」
「そう……。
ところで話は聞いてるわね?
刑務所がウチと秘密の取り引きをしたことを」
ナオミの問いにアキラはうなずいた。目の前に大きな頑丈そうな扉が現れた。
「私たちは来るべき世界核戦争に備えてシェルターを作ってるの。
何百人もの人間が中で暮らしいける大規模なシェルターよ」
「それがこの扉の向こうにあるんですか?」
「そうよ。新世界という名のシェルターが」
そういってナオミがカードキーを使った。開いた扉の向こう側には何もない真っ白な空間が続いていた。
白いベッドとそれを取り囲む最先端の機器。数名の外科医たち。
「あれを見て」
ナオミが指さす方向を見た。
ベッドのさらに奥に巨大な青い水晶があった。人の背丈よりも大きな球体が宙に浮いていた。
「なんですかこれは!?」
皐月アキラが驚いて聞き返した。
「あれは制御核よ」
「制御核?」
「そう。ダンジョンを生成するのに重要なもの。
そしてこれがファミリア。マスターの使い魔」
不意にナオミの右肩に何かが浮いているのが見えた。黄金に輝く結晶石のようなものが。
「お帰りなさいませ。ダンジョンマスター様」
結晶石が言葉を話した。
「これはいったい? あなたは何を研究してるのですか!?」
皐月アキラは驚くばかりだった。
「見せてあげる。ファミリア、空間生成メニューを開いて」
「了承しました」
そういうと結晶石から青いビームが射出され、宙にホログラム画面が表示された。
【ダンジョンメニュー】
・空間生成ページ
通路作成または部屋作成を行いますか?
通路作成ごとに-10DP
部屋作成ごとに-25DP
目の前のホログラムに文字が映し出された。
「通路作成。ここから通路をジグザグ状に作って」
ナオミがホログラム画面に向かって言った。その刹那に周囲を石の壁に覆われた。壁は流れるように進み通路を作っていく。
「驚いたでしょう?
これこそが私達の研究しているもの。
すなわちアポカリプス迷宮計画よ」
ナオミがいった。
「……あなたはいったい何者ですか!?」
皐月アキラが恐る恐るたずねた。
「私は断罪法廷と呼ばれる秘密結社の一員よ」
「断罪法廷だって?」
「そう。罪深き世界を裁き、新たな世界を創造するもの」
そして皐月アキラは白いベッドに誘導された。
「この新世界はもう90%完成しているの。
でもまだ一つだけ足りないものがある」
「それが今回の取り引きの内容ですか?」
「そうよ。人体実験の素材として死刑囚を提供する。
そのかわりに莫大な報酬を与える。
それが刑務所と取り引きした内容よ」
麻酔を打たれて体が動けなくなった。
「残りの問題はひとつ。
DPを消費して制御核が
モンスターを召喚する研究よ。
その実験の一環としてあなたに魔力を注入する」
「それってつまり自分がモンスターに転生して、
ダンジョンに送られるってことですか?」
「誤解がない様に話しておくわ。
この実験は被検体の生命維持を無視して行われるの」
「どっちにしろ俺は死ぬんですね」
「己の犯した罪は必ず報いる必要がある。
でもこれだけは断言できる。
あなたの死は決して無駄にはしないわ。
必ずや大いなるアポカリプス迷宮計画を、
完成させるための礎となる」
ナオミが静かに言った。そしてしばらくの沈黙が続いた。
皐月アキラは麻酔が効いて意識が失っていくのを感じた。
「最後にひとつだけ聞いてもいい?」
突然、ナオミがそんなことをいった。
「もしも転生できるなら何になりたい?」
少しの間、皐月アキラは考えた。
「そうですね。自分は猫になりたいです。
猫になって人類に寄り添 い、その末路を傍観したいです」
皐月アキラが言った。
「その望みが叶う確率は限りなく低いけど……」
ナオミが返した。
「でも0%ではないわ」
ナオミのその言葉が最後となった。
皐月アキラは麻酔が効いて完全に意識を失った。