7 家出してきた王女様を[かくまう]ことになりました。
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「まさか貴方が来るとは」
そこに居たのは世間とかけ離れ異質な風貌をした男で、それも私の良く知る人。
失礼ながら、不快な気分になる人物の筆頭がそこに居る。
「ふぅん……。No.1のミーアさんが居るなら、次に来るのはNo.2が筋ってモンじゃあないかい?」
そう。彼こそレイル様が苦手とする親衛隊No.2、『ガラン・G・ブレイカー』その人だ。
相変わらず、異質な雰囲気を漂わせている……。
はて、しかし彼は……。
「おかしいですね。貴方はフィギュアの錬成にカマけていると伺いましたが」
私がそう言うと、彼はまるで照れているかのように身体をくねらせる。
だが実際は照れている訳ではなくて「こうすればモテる」という曲がった思想を持った上で行っている。そのような行為を男性が行っても、ただただ周囲からは「気持ちが悪い」としか思われないというのに。
「いやあ……俺のフィギュアはもう出来てるんだが、お嬢さんのフィギュアを作るだけの金が無くて困っていたんだぁ」
「そう……」
「まあいいかぁ。足から顔にかけて気品に溢れて美しくて優しくなまめかしくて何か触ったら心地よさそうな肌心地をしてそうで、それでいてほっぺたはもっちりぷにっとした幼い頃の未熟な感触が愛おしさを残しつつも王女としての品格と適性を誇張して露わにしたその地肌だったり、あのサラッとした上品な髪質も素敵でなぁツルッとしてて絶対撫でたら甘えてくるんだろうなぁ、あ、後は瞳も特に眩しいんだよぉ吸い込まれそうになるし唇もぷにっとしてて絶対キスしたらあぁ……レイルッ!! んぐぅっ……!」
「…………」
「――が近くに居る匂いがしたんだが」
……非情に下劣極まりない。
不快な彼は何をした? レイル様を呼び捨てにした。
……何たる無礼、侮辱。
――だが奇しくも言いたいことに同意できなくもないのでこの気持ちは堪えておこう。
しかしまあ非道なストーカー精神には本当に呆れる。レイル様を健全に愛でている自分には到底理解が及ばない。
当然、このように下劣でかつ危険な人間はライフェリス城から出禁にされていたはず。だからレイル様と直接会話をしたことは無いらしいけれど。
レイル様は言葉でこそあまり酷い言い方をしていなかったものの、心理的には彼を猛烈に拒絶していることは間違いないでしょう。そうでなければ出禁にはしないはず。つまり私はセーフ。
ここは冷静に虚偽の事実を伝えて、お引き取り願おう。嘘は心を痛めますが、レイル様に苦痛を与えるよりは遙かに気が楽だ。
何があろうと、レイル様にこの男を近づける訳にはいかない……!
「非常に残念だけど、レイル様は見つからず終い……」
「ふーん、すんごい良い匂いするけどぉ?」
「あてくしもそれに騙された。けれど所詮は民家。少しお茶を飲んで、別の場所へ行ってしまわれたご様子で」
「へーえ」
この目は……。くっ見抜かれている……!
「ふーん、じゃあさぁ、もう一つ質問いいー?」
「な、何でしょう」
「お前何で臨戦態勢なのぉ?」
「……!!」
「目つきも戦う時のそれだったしぃ、なんかさー、いかにも『守らなくてはならない』って義務感に駆られた表情だったよねぇ~」
誤魔化しはきかないか……。
「まー、ほら、俺もさー国王から依頼されてる身だからさぁー……――後は分かるな?」
先ほどまでのヘラヘラとした表情は消え去り、光で鎧を纏い、戦士らしさが露わになっていた。
交渉決裂。ならば強硬手段だ。
「ええ、前々から思っていたけれど、貴方のことが嫌いでね」
「そりゃ戦うには好都合ってモンだ。嫌い合っていた方が、全力を尽くせるだろう? お互い死ぬ気でいこうや」
「そうね。どちらがレイル様を手にするか。ここでハッキリさせましょう!!」
「「いくぞ!!」」
迅速に終わらせます。近隣の方々に迷惑はおかけしたくないですから。
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「本当に倉庫で大丈夫ですかね……」
「分からない。だけど、まず相手は倉庫を知らない。結構分かりづらい所にあるし、まず隠れるなら最適なところだと思う」
「流石ルオンさんです……!」
レイルには、裏庭にある金属製の倉庫へと隠れてもらうことにした。
屋内に隠れると予想することを逆手に取って、あえて屋外の少し離れた所を選んだ。
ここならば分かり辛いはず。
それに、俺はある作戦を思いついた。
馬鹿らしいなんて言われるかもしれないけれど、俺にとっての精一杯がこれだ。
それに、レイル曰くライフェリス人は娯楽が好きらしい。上手いことやれば、ゲームに持ち込めるかもしれない。
「一応出口は左と右と……二つあるから、何かあったらさっき言った通りに」
「計画性のかまたり……」
「塊だ。藤原家じゃないんだから」
そもそも藤原家を知っているのか微妙だけど。
ただ、この「ゲーム」に相手が乗ってくれるかは完全に運だ。どのような追っ手が来たのかは分からない。もし仮に、心に余裕が無い人が来てしまったなら、この計画は全くもって意味を成さないだろう。
これはレイルにとって、そして俺にとってもかなりのリスクを伴うゲームだ。だから当然、彼女自身からは承諾を得ている。
最善なのはミーアが片付けてくれることだが、それを突破されてしまえば、戦いで勝利することなんて到底不可能。俺は非力だし、剣術をこさえている訳でもない。
それに堅苦しいものは嫌いだ。だから簡易的でかつ、自分達が傷つかないものを選びたかった。
だからこそ、ゲームなのだ。
相手が有利に見えるゲーム。ある意味でトリック。
先ほどレイルは、何故自分が匂いを消して風呂場に行ったのか。その理由を話してくれなかった。
だがそれはミーアに聞かれたくなかったからであって、俺に対してなら普通に話してくれた。
――度肝を抜いた。そんな力を持った人(宇宙人だけど)がこの世に存在するのかと。
だがそれは高速移動なんかではない。もっと高次元な、地球の人類には到底不可能な業だ。当然、そのような力を使うのだから、疲労は蓄積する。そのため長時間は利用することは出来ないが、短時間であれば有効な方法だ。
俺は別に天才って訳じゃない。だから常識で勝負するしかない。
だけど、レイルは非常識な能力を持っている。
常識に非常識をかけ算したら、それもまた非常識。
――いつでも来い。王女さまを[かくまう]んだ。