5 迫り来る危機。
彼女らのこれまでの行動を纏め、問題点を挙げてみよう。
1.レイルが星を脱出し、地球までやって来る。
2.レイルが何らかの方法で俺の個人情報を知り得て、俺の家までやって来た。
3.匿うことを申し入れてきた上、更にミーアがやって来て家を荒らした。
4.彼女らは帰る気が一切ない。
……行動そのものが問題じゃないかこれ。というか何をどうやって地球まで来たんだよ。そういう地球人には思いつかないようなテクノロジーを駆使してここまで来たってことなのか……?
それとも魔法か何かか。
どちらにしても、個人情報に関しては一体どこから漏れ出たのか分からない。
変なサイトに登録している訳でもないし、かと言って何か発端になるような物を落とした訳でもなさそうだ。ならば一体、レイルはどこから情報を手に入れたのか。
関係ないが、赤いロングスパイラルヘアーが特徴のミーアとやらも、我が家を荒らすだけ荒らして結局そのままだ。これはまあ、本人も気にしてくれているみたいだし、後で片付けてくれるらしいからそれで許そう。
彼女らに対する疑問は拭いきれない。
実際、追っ手に追われているというのも事実なのか分からないし。いやいや、口ぶりだけだと事実なのだろう。
だけど彼女らに流されてしまった今、抵抗をすることは出来ない。
大人しくキッチンで彼女らに対面して座るだけだ。とりあえず母さんが帰ってくるまではどうすることも出来ない。
「どうして追っ手のはずのお前が、レイルを連れ帰ろうとしないんだ?」
「いえ、別にあてくしはレイル様の追っ手ではございませんし……」
「ミーアは親衛隊のリーダーをやってて、いつも私の護衛をしてくれてるんですよ」
親衛隊……。
ああなるほど、それならさっきまでの異常な行動に説明がつく。
異常性癖と言わんばかりのその行動力や、溺愛しているという言動。それは単に個人的な感情ではなくて、こうした親衛隊全体で執り行われていることなのかな。
「親衛隊ねぇ……」
「先日あったハダカ祭りでも大活躍でしたねえ、ミーアは」
「いえいえそんな……レイル様に仰られるのは光栄の極み……」
とりあえずツッコむのも良くないと思ってスルーしたけれど、ハダカ祭りってどんなだよ。いや、地球にもあるけど、ピンポイントでそんな破廉恥な催しがあるとは。しかも女性が参加って……。
流石惑星ライフェリス。これだけには留まる気がしない。
何というかもっとこう、ここまで来たなら突き抜けてくれてもいい。もっと面白いネタが転がっている気がしてならない。何だか変な方向で興味が湧いてきた。
「その、何があろうとこのミーアがお守りしますので、レイル様は安心してお過ごしください」
「頼もしい。頼りにしてる」
王女さま、気付いているか……?
あいつはお前の匂いを嗅いだり、裸体を見ることに露骨な興奮を覚えていたんだぞ。レイルに用意した緑茶を一滴たりとも残さず丁寧に。ここまで綺麗に飲み干すのは難しいし、まさか舐め取ったのではと思わせる程には綺麗さっぱり。
それが当たり前の文化なのかは分からないが、軽く潔癖の入った自分には異常でしかない。他人のコップや箸をそのまま使うことはできない。
それは置いといて親衛隊トップ、かなりやばい奴だぞ。
いいのかそれで。
「そういえば先ほど、レイル様はどのようにしてお風呂場まで……? 自分の探索力を持ってしても、理解が及びませんでしたが……」
「ふふ……」
そういえばミーア、道中の扉は全て開けつつも、向かう先はキッチンただ一点だった。
全力で探すなら家中をドタバタ探し回っても良かったはず。けれどキッチンで完全に切り上げていた。
しかも、それまで彼女は『良い匂いがする』と言っていた気がする。
「ミーア、もしかして嗅覚が鋭いのか?」
「ご名答です。レイル様をその匂いで探索していました」
なるほどな。けれど、ならどうしてレイルの匂いが消えたんだ?
キッチンから風呂場まで移動したのなら、そこまでの匂いが残っていてもおかしくはないと思うけど。
「俺も少しだけ気になる」
そう言うとレイルは意外だとでも言いたそうな、それでいて嬉しそうな表情をする。
それからしばらく下を向いて沈黙していたが、やがて少し右上を見てから真剣な目でこちらを見てくる。
「……ルオンさんがそう言うなら……私、匂いの次元を消しました」
「は!?」「えぇ!?」
「――嘘ですけど」
「嘘かよ!!」
ジョークがお上手ですとミーアは褒めているが、俺の心臓にはかなり負担がかかった。だって、次元を消したって。そんなこと考えられるか?
もし事実だったらとんでもない話だと思うし、だからこそかなり驚いてしまった。
けれどはぐらかしたということは、これまた話す気がないということか。
「つまり、秘密ってことか?」
「まぁ、人間隠し事の一つや二つ、あるものですから」
「あっそ……」
別に詮索する気にはならないし、話したくなったら勝手に話せばいい。
でもこれに関しては少しだけ興味があったので、ほんの少しだけ残念だった。
「ほんで、これからどうすんの」
「ライフェリスの追っ手が来なくなるまで、[かくまって]もらいたいです」
「やっぱそうだよな……じゃあ、追っ手が来たらどうすればいい?」
そう言うと、それまで俺らの会話を聞いていたミーアが口を開く。
「まずはあてくしが守りに出ます。その防衛ラインを抜けられてしまったら、後はあなたにお任せ致します」
なるほど、そう来たか。
けれど、ミーアは普段着というか、大して重装備をしているようには見えない。
そんな状態で戦えるものなのだろうか。
「その格好で大丈夫なのか?」
「この姿のままでは問題でございます。ただしこうして……」
彼女の衣服が白く輝きを放つ。それがものの数秒で収まると、そこには先ほどとは姿の違う、鎧に身を包んだミーアが居た。
「どういう原理か知らんが凄いな……」
「ライフェリス印の技術です! しっかりと持ってきていたのですね!!」
「こんなこともあろうかと、幾つかは」
凜々しいその姿は、狂戦士とは思えない。
まるで戦乙女。戦いの天才がここにいる。
「とはいえ、あてくしよりも強い者は幾多も知れません。場合によってはあなたにレイル様を護衛頂くことになってしまいますが、そこはご了承を……」
「数人やばいのがいるんですよね……その人らが動かなければ良いんですけど」
そうなった場合には、俺がどうにかしなければならないのか……。
ミーアを一つの防衛ラインとして、それが破られた場合を考えるか。
「分かった。万一の方策は早いところ考えておく」
「ありがたき幸せ……」
うん、またノリで言ってしまった。
俺には俺の防衛ラインがあって、それを越えなければ彼女らを匿うことも出来ないのに。
母さんになんて言おう。これもう自分だけでどうにかなる問題じゃないや……。
☆★☆
ルオンが住む町の最端。
一人の男がアスファルトを踏みしめながら、何かを辿る。
「……しかしまあ、こんな遠くに遊びに出ちゃってぇ」
怪しげな雰囲気をしたその人物は、ある一点を目指す。
「悪い娘だねぇ、王女様は」
銃を取り出して、打ち上げる。
幸いにも、その周囲に人気はない。
「親衛隊No.2のガラン、只今伺いますよぉっと……香しい匂いがする方向へ」
変態がまた一人、王女のもとへと向かっていた。