2 白のローブ
事情を話してレイルとファルには部屋に戻ってもらい、ミーアだけが残った。
夢の中とは不思議なもので、感情が変化しやすい。
普段は動かされないような出来事であったとしても、いとも容易く。
今回の夢だってそうだ。
普段だったら怖くなんてないようなことなのに、妙なリアリティのせいで怯えてしまった。
「それが単なる夢であればいいのですが……」
ミーアは神妙な面持ちだった。
それもそのはず。彼女もまた、あたかも現実とリンクしたかのような悪夢を見たのだ。
幸いにもその悪夢のおかげでミーアが力を得たおかげで、俺たちは救われた。
「夢、とな」
廊下からエルがやってきた。
ああそうか。夢で見たのは白だ。黒いローブが正解だった。
夢の中ではあたかも白が正解であるかのように錯覚していた。不思議なものである。
「ルオン、お主は夢を何だと捉えている?」
「夢……」
夢は寝ている時に見る、頭の整理整頓のようなもの……と解釈するのが一般論だろう。
だが俺はそうは思っていない。
原因は様々だけど、それは別世界にリンクしていたり、呼ばれていたり……。
そういう不思議があるんだと思っている。
「単なる頭の整理じゃないよな?」
「無論」
エルにとっては当たり前だったようだ。
「生きる上で必ず必要な睡眠。休息としての意味や意義も勿論じゃが、決してそれだけではない」
「お前ババくさい口調もうちょいどうにかおなりになられませんかね?」
「うるせえんじゃ丁寧語腐っとるぞ文句があるなら話し終えてからにせえよボケ」
「は?」「おぉ?」
「喧嘩はやめてくれ。家が持たない」
両者が構えたところで止めに入る。
この二人が本気になって戦ったら家が焦土になりかねない。
近所迷惑だけでも勘弁なのに、ネットニュースに載って見世物にされることも勘弁だ。
ただでさえ宇宙人を沢山抱えているのだから、情報が流れればオカルト雑誌で特集を組まれてもおかしくはない。
オカルト雑誌は信憑性に欠ける―そのうえ基本匿名だ―からまだいいけど、ネットニュースは最悪大変なことになりかねない。
「ルオン様の言う通りです。さっさと頭下げろお前」
「おま……ぐぬぬ、フレネセウロ……味方でなければ焼いてたというのに……! それはそれとしてすまんなルオンよ」
「切り替え早」
エルは「ふふんっ」とでも言いたげに両手を両腰に当てる。口角はやや上がっているようだ。
レイルもそうだったが、ライフェリスの住民は気持ちの切り替えが早いのだろうか。
「さて、眠りについてだったかな?」
「夢だな、夢とはなんなのかが知りたい」
「健忘症ですか? その歳——」「黙るがよい」
被せるようにエルが言い放つ。指先をシュッとミーアに向けている。
彼女らは同い年であるが、それはあまり言われたくない秘密のようだ。若いと舐められるとかなんとか、そういう理由なのか。
「んーー!! ん、んーー!!! ン゛ン゛ン゛ン゛!!」
「悪い口は閉じておくがよい。では話そうか」
「あぁ……うん」
今日の喧嘩は魔法の勝利のようだ。
魔術か何かを使ってミーアの口は完全に閉じられてしまっている様子。
そのうちミーアは部屋の隅で体育座りを始める。しょげていた。
構っていると余計に時間を食いそうなので放っておくことにしよう。
「第六感という単語を聞いたことがあろう」
第六感。五感に属さない特異な感覚。
言葉に表すことは難しいが、本能に近いように思う。
嫌な予感がする時、そわそわする時、理由も分からない悪寒。
動物が天変地異の前触れに異常な行動をするとか。
具体性には欠けるが、そういったものもある種の第六感であるような気がしている。
頷くと、エルは再び口を開く。
「夢はな、何者かが語りかけてくることもあるのじゃよ」
「語りかける……」
「そうじゃ。無意識を通してお主に何かを伝えようとしてきていると言えよう。 ……はて、夢の内容を聞いておらんかったな」
そういえば何も話していなかった。
少し恥ずかしいことかもしれないが、あくまで夢。
エルに見間違えた何者か、そしてその何者かが、庭で何かをしていたことを覚えている限りで話していく。
「少なくともワシではないな」
「やっぱり」
「繋がる世界が違えば話も変わるが、ワシはこの黒色が好きなんじゃよ。反対に白は目立って苦手。だから白とは相容れん」
「じゃあ、あれは一体……」
「フム……」
そのまま黙って、エルはカーテンを開き、窓越しに庭をじっと見つめる。
朝日が上りつつあり、少しずつ明るさを増している外は、夢と違って綺麗だ。
やがて何かを理解したのか、外へと出て行く。
「え、エル……?」
思わず自分も窓越しに近づく。
エルはその場所へ行くと、両手を掲げる。
さながらその姿はまるで……。
「……夢と同じことをしてる」
その位置、その姿を見せられては、嫌でも思い出す。
それだけ印象に残ったシーンなのだから。
別にこの状況に恐怖感はない。
だけど、思い出したその夢と同じ光景であることにゾワリ。
背中に冷たい何かが走る。
やがてエルがこちらを見やると、そのまま歩いてこちらに来る。
そして一言。
「ぬはは! からかっただけじゃよ」
「お前……」
「いやはやしかし、これはまた……」
直ぐに声色を変え、真剣な口元をするエル。
その変貌ぶりから、冗談ではないことが明らかだ。
「……ルオン、心して聞くがよい」
空気も変わる。
これからを暗示するかのような言葉だ。
エルは俺たちに敗れたとはいえ、立派な魔術師だ。
冴え渡った、それこそ第六感は優れているのだ。
「……うん」
俺は信じよう。
その言葉には決して嘘はないはずだから。
「――その夢は、夢ですらない。紛れもなく現実そのものじゃ」
一瞬、風が吹く。
澄んだ瞳が見えるほどの。
エルが見たのは未来か、それとも。




