3 その日見た「普通」に対する憧れ
「王様。少しお話が……」
「おや、ルリヒロ君ではないか。はてさて、一体何が?」
喧嘩を終え呼吸も乱れ、ようやっと食事に手をつけようとしたそのとき、丸い眼鏡が特徴的なレイル専属の教師が相談にやってきた。
「気になることがあって」
王は疲れた頭を回そうとする。考えるのも面倒な中で、今日起きたことでルリヒロが気にかけるのはレイルとミーアぐらいしか思い当たらなかった。
「……レイル?」
「そうなんです。違和感がありまして」
☆★☆
「ルリヒロ・ホシノ先生、地球について詳しく教えてもらえませんか?」
レイル様は私の住む「地球」について興味を示されました。意外な他ありません。これまで私の素性についての一切を問いかけてくることはありませんでしたし、ただ真面目に授業を聞いてくださるだけでしたから。
暮らし、学び、そして僭越ながらご希望賜りましたので、私の人生も。
休憩時間ということもありまして、話に熱が乗ってしまいました……。
私からすれば普通のことではありましたが、付いていこうと熱心に、ロマンを求める表情で、私の目をじっと見ながらメモを取っていく姿は印象深いです。初めてでしたから。
護衛の方も、レイル様の後ろで何やら少しニンマリとしながら私の話を聞いていました。
今思えば、まるで既知の情報を復習しているような反応でした。もしやら地球へ行ったことがあるのだろうか……とも感じますが、果たしてそのような時間が彼女にあったのか否か。姫君に仕えているのなら、休憩も僅かのはず。
例えあの彼が作成したワームホールを使ったとて、地球にたどり着くまで半日以上。
もしや護衛の方は元々、地球の民であったのではとすら感じてしまいます。
これまでの安易な城内からの脱走や破壊を目標に入れた思惑とは異なっていて、真に何か根強い意思を感じ取るような、不思議な感覚でしたね。
☆★☆
「杞憂かもしれませんが、念のためレイル様とその護衛の動向を伺われてみては」
王は話を聞いてこそいたが、喧嘩の疲労のためか思考が纏まらなかった。
食事の時間もあと僅かであるため、あとの休息時間はあまり思考に費やしたくないのが本音である。
「うーーん……確かに気になる。考えておく。今は少し、頭が回らなくてね」
「左様ですか。それでは明日の同時刻にまた参ります」
ルリヒロは王が忙しいことを理解していた。それもあって大きく踏み込むことはしなかった。
しかし、己の娘をないがしろにして良いのだろうかと疑問符が浮かんでいたのは言うまでも無い。王とて一人の人間であるのだから。
「そういえば、ルリヒロ君には息子が居たかな?」
「はいウィリアム王。地球で言うならレイル様と同じぐらいの年齢かと」
「そうか。自分を良い父親だと思っているかい?」
「……私自身には分かりかねます。評価というのは委ねるもので、自分自身の裁量で判断するものでは無いのが持論です。その分、深く愛情を持って育ててきたつもりではございますが」
ある種皮肉めいたことを投げかけた。出来るだけ分かりづらく、そして伝わらない程度の些細なものを。
そこに居るのは王ではなく、あくまで個のライフェリス人。これぐらいであれば無礼には当たらない。あくまで自分の思想を伝えただけである。
それはそれとして。
「……あの、王様」
「どうしたね?」
「ヴァルターニュ様と喧嘩でもされたのです?」
「どうしてそう思う?」
「いや……王様。足下でノびているんですから分かりますよ」
「どうせ直ぐ起きるし気にしなくて良いよ」
あまりにありふれた事柄。日常も日常。
それもあって、あまり気に留める人は居ない。
ライフェリスは今日も平和である。
「ぶっころす……」
物騒な寝言だった。




