2 親衛隊は全員おかしいという話 ~ヴァルターニュを添えて~
昼下がり。
午前の儀礼を終えた王は安堵のため息を漏らす。
「やぁっと終わったあ……」
「あれのどこが激務だというのですか。王よ」
「仕事はキツイよ。僕の体力も無尽蔵って訳ではないし」
「はぁ」
グラゴーニュは「いつも情けない声でキツイキツイと弱音を吐く癖に何を言っているんだ。ヴァルターニュです」と言いかけたが、それらの言葉を飲み込んだ。
王が少し真面目な雰囲気を醸し出していたためである。
「心配事ですか? レイリア……レイル様について」
「そうだね。レイルだけでなく、フレネセウロ君もだけど……」
「頑丈無敵。フレネセウロは一国の姫を守るボディガードですからね」
「いやあ、まあそれもあるんだけど……」
バツが悪そうに頭上で輝く王冠の先を爪ではじく。今にも取れそうであるため、支えながら弾いているのは滑稽にも見えるだろう。
王が懸念していることとして「フレネセウロの士気が落ちている今、別の親衛隊がレイルを狙いに来る可能性がある」ことが挙げられる。
親衛隊とは、幼い頃からレイルの護衛の座を狙って生きてきた三人を指す。
一人はご存知「ミーア=レクト=フレネセウロ」そして「ガラン・G・ブレイカー」。「メグリ=フォン=スピリアータ」。
ミーアは特に武術に長けている。他の二人に負けることは決して無いと言える。
そしてガランはその鋭い嗅覚でレイルの居場所を当てることが出来る。親衛隊の鉄砲玉のような立ち位置。
三人がそれぞれの長所を生かして長年レイルへの接近を試みてきた。そして護衛として任命されたのがミーアだった。その事実を他の二人が受け入れられるかと言えば、そのようなはずはない。
だからこそミーアの士気が落ちている今、他二人が護衛の座を狙って接近してくる可能性がある。
ガランのその優れた嗅覚を用いて、嫌々ながらメグリと共闘されては、幾らミーアでも太刀打ちは出来ない。
「フレネセウロくんが一番利口だからなあ……このままが良い」
「いずれ来るレイリア王が生まれるその日に護衛であった者こそが、側近となる資格があるわけですからね」
「王の側近になるに値するかと言われれば、そうは思えないけどね。僕から見たら」
「そうですね。まだ視野が狭いというか」
親衛隊は全員、決して『姫の護衛』を志している訳では無い。
あくまで『レイルという少女の護衛』を行っているだけで、決して姫を守るためにレイルへ迫って来た訳ではないということ。
「解せないんですよね。あの三人」
「おや、君がそれを言うか」
「え?」
「僕からしたら、まるで姿見で映っているかのようだった」
「ふむ――」
どこがだよ。とヴァルターニュはツッコミを入れたくなったが、己の随所にウィリアムを見ている面があることに気づき、その言葉を思いきり飲み込んだ。
思えば普段の喧嘩や、儀礼の合間の会話を行っている時、王ではなく、あくまでウィリアムに対して会話を行っていると考えてもおかしくはない。
「……まだ、未熟者ですね。私も」
「無論、それは僕も同じだよ。弱音を吐いてるし私語を慎もうとも思わない。それに、まだ民を守るために死ねるぐらいの気概がないし」
「いや、民を犠牲にしましょうよそこは」
「酷いこと言うねえ君は。民なくして王はないぞ」
「王なくしてライフェリスは無いでしょう」
些細な話から喧嘩に発展するのが常。まるで子供であるが、不思議とそれがライフェリスの平和の象徴となっている。
「ウィリアム王様、お食事です。ご準備はお済みで――」
食事を運ぶメイドは部屋に入り立ち止まる。
「なんだとコノヤロウ! 民が大事じゃないってか!?」
「いいやどちらが不要って訳ではなく、両方が大事と申しています!!」
「両方が大事でも僕の命のが軽いだろうが!!」
「軽くねぇよ!? あんた死んだら私や民はどうしたらいいの!?」
メイドは冷めた表情で食器の入ったワゴンを置いて立ち去った。




