1 王様とライフェリシア、そしてレイルと儀礼
ライフェリスの朝がやってくる。
少し淡いマゼンタのような、不可思議な色の空が人々を起こしにかかる。
彼らにとってそれは不快などではなく、当然であり気にも留めることのない日常の風景。
「おはようございます。ウィリアム王」
家臣たちは敬礼を行う。
隊列を組み、王の向かう先を邪魔しないよう隅に並ぶ。視線の先には王と側近のみ。
王はこれを「形式ばった堅苦しいもの」と言い、苦手とする。
対して側近は「真に王が王であるために必要なこと」と笑う。
このアンバランスなようでバランスのとれた調和が、この国を守っていると言えるのかもしれない。今日も今日とて王は儀礼で大忙し。王としての時間にほぼ丸一日が消費される。
側近や城内の者、それどころか貴族たちも王がその日、そしてその時間帯にはどこに居るのかを知っている。
王の生活は決まった行程で進む―悪く言えばルーチン化している―ため、儀礼の一部においては「会いたいときに王に会える状態」になっている。
王にプライベートの時間はほとんど許されていない。
ウィリアム=ライフェリシアという人間に対する時間は認められていないと言っても過言ではない。
あくまで「王」としての時間のみが認められている。
王自らが定めたと伝えられている。
そして逃げることなく守り通し、はや十数年。
「レイルは起きたかな?」
「レイリア様は既に祈りを捧げておられるようです。王も急がれた方が」
「感謝だマルセイユ」
「ヴァルターニュです。クソッタレ」
「本音が漏れとるぞサンマルク」
「君死に給え」
毎日のように起こる王様ジョークに殺意を覚える側近だが、それもいつものことなので冗談半分にひどい言葉を言う。
レイリアが儀礼に遅れることは日常茶飯事。
しっかり起床して出てくるのは何日ぶりだろうかと、安堵を通り越して違和感を感じてしまう。
「何か企んでいるのではなかろうな。レイル……」
父親としてレイリアという一人娘の傾向はよく理解している。
「いかにも真面目な雰囲気」を出している時こそ、何かに警戒をすべき時であるということを。
「私はしっかりやってますんで、何も気にしないでくださーい。はいはーい」
というオーラを醸し出す。露骨にも程がある。逆に疑わしくなるというもの。
今日も何か悪さを考えているのではないか。王は疑念を抱きつつ礼拝堂へ向かう。
「おはようございます。お父様。ハラペーニョ」
「ヴァルターニュです。お早う御座います」
「珍しいな。これを毎日繰り返すことで、王としての品格も上がるというものだよ」
王は疑念は表に出すこと無く、開口一番に儀礼への態度を感心する。
娘を立派な王女にする。それが現在の王としての使命の一つと考えているためだ。
「――はい、勿論です。お父様のご期待に添えられるような王女を目指します」
「……素晴らしいぞレイル。それでこそ王の娘だ」
「…………」
レイリアの後ろにて、異様なオーラを放ち立つのは赤髪の戦士であり側近。レイル親衛隊の一人。
いつもとは違い、硬い表情を崩すことなく王女をただ見つめる。
普段であれば朗らかな笑みの一つも浮かべて、挨拶も丁寧に行うのだが、その様子は一切ない。まるで何かに取り憑かれているかのよう。「目の色」が違っている。
「フレネセウロくん。随分と圧のある表情だな」
「……眠くて」
「ミーアったら、しっかり寝ないんだもの」
これまでにミーア=レクト=フレネセウロがここまで異様な表情をしていたことがあるだろうか。いや、いつも別ベクトルで変な表情であることには変わりないのだが。
王様は彼女の体調を心配する。民の安息と安寧を願っている。それゆえに不安定な者を見ると、どうにも気に留めてしまう。
「眠ってはどうかね? 疲れているのだろう?」
「私はレイル様にお仕えする身。休むわけにはいきません」
「ふむぅ……そうか。身体を壊さないようにな」
王とて、あくまで『ウィリアム=ライフェリシア』という人である。人であるがゆえ言葉に強制力がある訳ではないため、王もそれ以上に干渉することはない。
「レイリア様が心配し過ぎるようですと、儀礼に影響を及ぼす可能性もありますので。フレネセウロ。どうか眠りなさい」
「……儀礼。そうですね、王やレイル様にご迷惑をおかけするわけにはいきませんね。身体に異常を感じた場合には報告の上、一時城から出ます」
王に儀礼を守らせることは絶対。そしてその間に入る可能性のあるレイリアに影響があるのも、間接的に儀礼に影響を及ぼすと言うことになる。やんわりとカポナータが伝える。
「ヴァルターニュです」
「突然どうしたん?」
「いえ……誰かに名を間違われたような気がして」
「疲れているんじゃないかね~?」
「王よ、私を休ませてサボろうとしているのでしょう。そうはいきませんよ」
王はバレたか。といった顔をする。
レイリアが一瞬顔をしかめたが、その場に居た誰もが気付くことはなかった。背後にいた赤髪の戦士もまた。
祈りを捧げること十余分。朝一番、一つ目の儀礼は終了した。
レイリアは先に退室し、ミーアと共に自室へと戻っていく。
その場に残った王が祈りを終えると、側近が口を開く。
「いっつも思っているんですけど」
「うん?」
「これって誰に対して祈ってるんですか? なんか誰も教えてくれないんですけど」
「少なくとも、我々王族以外に知る者はいないよ」
「はあ。そうなんですか」
誰に聞いても答えが返ってくることはない。ただ一人、レイリアに聞いたことは無かったが。
「まあ、いずれ知ることになるだろうよ。君だけでなく、ライフェリスの全ての民が」
「へえ。それはいつですか?」
「いつだろう。しかし、遠いわけではないだろうな……」
「ちなみにですけど、呪いを封じ込めているとかそういうことは無いですよね」
「――レイルの次の儀礼は何だったかな?」
「…………」
露骨なすり替えである。
しかし王は頭の回転が早い。呪いを封じていることが真とは限らず、その他の可能性があったとしても同じようにはぐらかす。
本当に教えたくないことがあるのだろう。そうで無ければここまで隠す必要はない。
口の悪い側近であっても、聞いて良いことと悪いことの区別ぐらいは付く。それ以上には追求しない。
「会食の後に語学の時間ですね。うん、これまた質問なんですが」
「うん?」
「語学要ります? 国語とは別で、他の星の言語を覚えるなどと――」
「ああ。勿論」
それ以上に返答が返ってくることはなかった。
彼らは会食の準備のため、自室へと向かっていく。




