9 ロマン
カン……カン――。
一段、また一段と階段を下りていく。
カン……カン――。
今になって、緊張してきた。
カン……カン――。
何が待っているのだろう。この先に。
――カン。
降りること13段。踊り場についた。
自室の明かりのお蔭でようやっと見えていたが、この先は暗闇でよく判らない。
「暗くて何も見えないな」
「そうじゃろな。光のない場所ぞ……ほれ」
エルはそう言うと、ランタンを渡してきた。そんなのどこにあったのやら。
「そこは魔法とかじゃないんだ」
「光の魔法は消耗が激しい。高尚な魔法じゃからな」
「へー魔法にも位とかあるのか」
敵としては恐ろしい存在だったが、今では頼れる味方。
エルと二人きりになる機会なんて、これからもあまり無いだろう。今のうちに興味があることは聞いておこう。
「とりあえず……先にランタンを付けたい」
「あ、そこのボタン押せば光るぞよ」
「は? え? 火、くべるんじゃないの?」
言われた通りボタンを押すと、確かに光った。なんかこう、刺さる眩しさだ。
というかワンタッチで光るってどういうことなの……?
「時代は科学じゃな。白熱も時代が古かろう」
「えっ白熱が古いって……」
光は刺激的なほどに辺りを照らす。火や白熱はどこか優しさのある光だが、これは勢いがありすぎる。そして、なじみ深いように思えるこの光はまさか……。
「LEDってやつじゃな」
魔術師エル=イーデーってあだ名にしてやろうか? などと辛辣に思うぐらいロマンを感じなかった。
ほら、エルなら魔法で火をくべてもいいじゃないか。なのに何故そこで科学に頼るんだ。
「不服そうな顔しとるから一応言っとく。魔法にも限りがあるからな」
「MP的な?」
「そう。ろーる・ぷれいんぐでよくあるアレじゃ」
「あんたゲーム知ってるんだ……」
なんだろう、こう……。俺は魔術師エル=メイダというライフェリス人について、少々誤解していたのかもしれない。口調がババ臭いからと言って、なんでも決めつけは良くないな。内面はしっかり若者らしい。
……外見もローブさえ取れば若者(ミーア談)のようだが、エルの顔を見たことがないから何とも言えない。
ただ、唯一地肌の見える手と、少し見える口元はとても綺麗だなと思う。
いや、待て待て。異性として興味がある訳じゃなくて、単純に仲間として興味があるだけだ。
うん、そうだよな。きっとそう。自分自身が妙なほどエルに興味津々なのは、多分正体不明な点が多いからなんだろうな。そういうの好きだし。
「どうしたんじゃ」
「なんでもない。それより、ちょっと聞きたいことがあって」
「歩きながらにするかえ」
「助かる」
エル自身について。
ミーアとの関係について。
そして、レイルについて。
それらを聞いている内に最下層へ到達するかと、そう思っていたけれど……。
「――っと、話す時間も無かったの」
数階分下に降りたところで、最下層に着いてしまったみたいだ。
うん、別に話を聞けなくたっていいかな。だって目の前に謎の扉があるんだから。
「先程までの興奮が戻ってきたって感じじゃな、お主」
「…………」
金属の空間には決して合わない、腐りかけな木製扉。
持ち手の部分だけは金属製のようだが、それもまたよし。
周囲は一切の無音。ただ俺とエルの呼吸音だけが周囲に響き渡る。
「――緊張しておるな?」
「うん……」
持ち手に手を掛けるだけ。
それだけなのに。
恐れている。この先に待つロマンを。
この先に『普通』があることを恐れている。
「この先に待つものは……お主の言うロマンそのものじゃよ」
「ロマンが、向こうに?」
「それでいて、覚悟を決めるべきことでもあるな」
「……視た?」
「さあ、どうじゃろな」
ロマンに覚悟が必要……? 一体何が待っているというのか。
ただ、今の言葉で少しだけ緊張は解れた。
俺が恐れていたのは、これでロマンのロの字もない空間であることだったから。本当にロマンのある空間であるのなら、恐れる必要もない。
これがエルのデタラメだったら後で泣くかもしれない。だけど、そんなことをエルがするとは思えないし。だからこそ信じて聞き入れることが出来るというもの。
「――……行こう」
何かの真実を知れるのかもしれない。
そんな有り得ない期待をしてしまう。
だけど、オカルトの世界に入ったかのようなロマンなんだ。
それぐらいを考えても……いいよな。




