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家出してきた王女さまを[かくまう]ことになりました。  作者: くろめ
第三章第一編『未知との遭遇(いろんな意味で)』
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8 男の子はこういうのが好き。

「ごめんよレイル、ミーア」


 屋内に戻って早々、レイル達が下りてきた。

 ファルもエルも、気付かないうちに二階へ上がっていた様子。

 先ず俺がすべきことは、謝ること。


 彼女の思想は彼女の思想。自分の思想はあくまで自分だけのもの。


 その区切りをいつもなら理解できているはずなのだが、さっきは何故かその思想の区別に至れなかった。何故かを考えたら、やっぱり理由は一つ。エアコンが壊れていたからに他ならない。


 あまりの暑さに気分は最悪になっていた。

 命に関わる状況に置かれると、生き物は自我を保てなくなる。理性的ではなくなる。

 それを身を以て実感したように思う。


 それはみんなも同じなのかもしれない。

 涼しくなったリビングにて、俺は深々と頭を下げた。ミーアの気分を損ねないためにも―王女に対してなんだその敬礼は。などと思われないためにも―最敬礼で。


「やー、わたくしも悪いことしちゃったなあと思いますよ。あんなときに親父の話する方もおかしいですし。それよりミーア。あなたはどうなの?」

「はい……私も少々気が動転していたというか……メンタルがおかしくなっていたというか……申し訳ありません」


 レイルと俺に対して深々と頭を下げる。同じく最敬礼であった。待て、俺にもそんな深く下げていいのかよ。逆に心配なんだけどいいのか?


「ファルさんはソファーで眠ってしまいました。疲れていたんでしょうね」


 ああレイルの言う通りだ、ファルそこで寝てる。

 本来なら俺がやるべきことだろうに、あの暑さで修理屋の応対をしてくれていたんだから疲れているはずだ。眠っていても仕方がない。


「……魔術師エルは上でございます。壁が気になると言って離れやがりませんでした」

「ミーア、アイツに対して口悪すぎ。でも壁か……よくわからないな」

「『異様に冷えている』とか、『何故ここが空洞になっているんじゃ』とか言ってましたね」

「くうどう……ええ、うちに空洞?」


 今までこの家で生きてきた十数年。親は一度もその空洞について触れたことはなかった。こうして空洞という単語を聞いてピンと来る場所は一つもない。


 話として聞いただけでは意味不明だ。一体どこにそんな空洞と思しき場所があるのか。

 空洞……そんな空洞があるのか……へえ。


「なんだかワクワクする」

「えっ……」「ええ……?」


 ちょっと待て。なんで二人してちょっと引いた感じになってるんだよ。

 そういう空洞ってロマンじゃん。それまで実在はしていたのに、存在を気にかけたことがない。そして今初めてその存在を知り、何があるかまだ分からない。その先に何があるかも全く分からないんだ。こういう場所に秘密の施設があったり、何か不思議なものが隠されていたりするんだ。そんな場所が実際に自分の家にあると思ってみろ? ロマンの塊だし、超興奮する。


「ルオンさん、顔がいつになく笑顔ですね……」

「これまでにない表情であられます……」


 ジトっとした目でこちらを見つめる二人。それでも俺の情熱は変わらない。


「ちょっとエルのところへ行ってくる」


 『ちょっとよくわからない』と言いたげな二人にはとりあえず待機してもらおう。

 エルが上にいるのなら何かあっても問題はないし、もしこっちでなにかあってもミーアが居れば対処可能だろうから。





「……エル?」


 エルが俺の部屋から出ようとしていた。別にやましいものは何もないし、部屋に入るのは全く問題ない。それより何より空洞の件が気になる。


「おぉルオン。すまんかったな、勝手に入らせてもらったぞ」

「空洞って!?」

「く、食い気味じゃなお主……」


 エルにも引かれた気がする。というかこれは俺のテンションが悪い気もするが。


「まずはこの壁をノックしてみてほしい。軽くな」

「……この壁って」


 俺の部屋の隣にあるこの壁。

 そういえばさっき、ファルがここの辺りで横たわっていたような。

 言われた通り、試しにノックをしてみる。


『コン――コォォン――』


 ……異様に長い。

 壁の奥で音が広がっている。下向きに。


「さっき視えてしまってな。触れてみたらこれぞ」

「ふーん、ロマンしかないな」

「何言ってるかよく分からんぞ……」


 いいよもう分からなくて。分かるのは自分だけでいい。

 こういうロマンを共有することはほぼ諦めてるし、いいよ。


「で、どうして俺の部屋入ってたの? 反響チェック?」

「それも兼ねてだったんじゃが……」

「じゃが……?」

「まあ来てみるといい」


 俺の部屋に案内されて、直ぐ右手。

 普段ハンガーラックが置いてあるその場所。


「ここがどうかした?」

「この奥に階段が視えるんじゃよ」

「え、うそでしょ?」

「残念ながら本当じゃ。変な場所があったってことじゃな」


 残念なもんか。寧ろ内に秘めたロマンの三文字が更に増したと言っていい。

 だって階段だよ?これ絶対地下への入り口があるでしょ。最高かよ。


「どかす。ちょっと待ってて」


 中身はあまり無い。衣服は基本的に別の引き出しへしまっているためだ。

 それでも重たいはずのラックだが、自分の興奮があってなのか、それとも素材が軽かったのか。あっさりと持ち上げて動かすことができた。

 火事場の馬鹿力みたいな興奮っぷりなのか。


 謎の壁が、少しずつ見えて……。

 いや、単なる壁ではない。金属だ。


 金属で出来た……扉……?


「とびらだ……!! 凄い!!」


 興奮が有頂天。すごいぞこれ。

 これまでこんなワクワクすることがあっただろうか。

 レイル達に会えたことが最もロマンだったが、これはその何倍も強烈だ。


「うわぁ、わあぁ……!!」

「予言でも見たことない笑顔じゃぞお主」


 忘れていた小学生のころの夢を思い出したような、そんな気分と言えば分かるだろうか。

 いや、エル達に理解はできないだろう。

 こういう遊びは男の子がするものだったから。


「待て。入る気かえ!?」

「ロマンの探究をさせてほしい。お願い、ついてきて!」

「はあ。お主が我欲を満たすために頼みごととは……」


 呆れ返った吐息と共に放たれた言葉だった。

 それでも『仕方あるまい』と頷いてくれた彼女には感謝しなければならない。


 ちょっとした冒険だな、これ。


「ありがとう」


 この先に何があるのか。そして、母さんと父さんが何故隠していたのか。

 はたまた、まだ知らない謎が残っているのか……。


 この目に焼き付けよう。

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