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家出してきた王女さまを[かくまう]ことになりました。  作者: くろめ
第三章第一編『未知との遭遇(いろんな意味で)』
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7 キャッシュレスは愛情を消すうんたら。

 6000円を手渡した。

 約束を取り付けたとはいえ、何も渡さないのは気が引けるというもの。


 これが一般的な感性かどうかはわからないが、少なくとも俺は報酬をできるだけ現物で渡したいと思う。

 最近はキャッシュレス決済が主流になりつつあると言うが、だからといって現金を封筒に入れて手渡しするのが悪という訳ではないだろう。


 なんというか、手渡しってしっかり気持ちが込められてる気がするんだよな。


 現金がゆえの温かみというか、そんな感じのものが感じられる。だから好きなのだ。

 漠然としているかもしれないが、だからといって電子マネーも便利だし嫌いではない。どちらかといったら現金ってだけの話。


 ああ、そうそう。

 この6000円って数字は自分で決めた訳じゃなくて、現金を貰いたがらない空香との折衷案として渡した額だ。元々1万円渡したかったが、家に上がる約束もあってそれでは高すぎると拒まれてしまった。


 かといって半額の5000円だと何だか少ない気がしたので、ならばと思って6000円と告げた。

 するとしばらく考えて、ようやっと納得してくれた様子だった。高いなあ、貰っていいのかなあと言われたが、定期メンテナンスをサービスしてもらった上で6000円なんて寧ろ安すぎると思うんだけどな。


「ほ、星野くんそういえば」

「え、どうしたの」


 見送っている最中、空香が庭のフェンスを超えた辺りでまた戻ってきた。

 何かを思い出したかのように言い出しているから少し気になる。表情は緊張とはまた違う、まるで危険を察知したかのような表情で少し心配になる。


 庭のてっぺんから空香がそっと手まねきをしてくるので、何事かと思いながら近寄り、彼女の指す方向を見つめる。


「さっき、あそこで変な人がこっちを見てたっけ……」

「変な人……」


 その言葉で頭をよぎるのは、当然追っ手だ。

 追っ手って変な奴ばっかりだからな。そう思うのも自然じゃないか?

 そうじゃないとしたら逆に驚く。たとえば一般人でかつ不審者とか。


「今はもうどこかへ行っちゃったみたいだけど……」


 確かに、指差すところには何もない。強いて言えばマンホールしかない。


「えっ、と。どんな人だった?」

「見た目は完全に私らより年下……のはずなんだけど」


 空香によると、低身長、童顔、年齢は1桁後半から10代中盤までの間。研究服を着用した白髪だったらしい。


 ……怪しい。

 ただただ怪しい。


 なんか研究服と白髪がセットになると不審者としか思えない。自分の脳内にはマッドサイエンティスト的なそれしか浮かばないのだ。偏見だけれど。


「独り言ブツブツとずっと言ってたし、それにずーーっと星野君っちを見てたから……」

「あー……うん、ありがとう。というか待って、年齢一桁って何」

「身長が低すぎて、もしかしたらあり得るんじゃないかなって思っただけ」

「……まあどんなことがあってもおかしくない世の中だしな」


 可能性は無きにしもあらず。

 それでも一桁の子だとしたらたぶん単なるイタズラというか、遊びとして処理できるような気がしなくもない。


 どんな年齢だとしてもピンポイントでこの家を見ることなんて普通はない。この家に執着するとしたらライフェリスからの追っ手と考えた方が明らかに自然だ。


「……うん、わかった。ありがとう」

「大丈夫? 顔色悪いよ?」

「よくあることだから。大丈夫」

「よくあるの!? 逆に心配なんだけど……」


 説明すべき事柄かは判断しかねるので、とりあえず「複雑すぎて説明するのが面倒だ」と正直に答えておく。空香はなんか約束を守りそうに見えるけれど念の為。その時が来てしまったら話せばいい。


 一つ話すのなら全部話す必要が出てくる。

 レイル達について話すことになれば、ライフェリス自体にも言及する必要が出てくる。俺は嘘をつくのが得意じゃないし、多分バレる。それなら正直に言う方がマシだし、それが面倒なら言及しない方が楽だと思うから。


「うん、大丈夫」


 作り笑顔はぎこちなかったただろうか。

 空香は心配な表情を変えることなく、じゃあねと去って行く。

 足取りは決して軽いものではなさそうだ。


 心配させている以上、仕方のないことなのかもしれないな。


 ……いや、待てよ?

 心配よりも、やっぱ報酬が少なすぎたか?


 工事兼接客業である以上はなるたけ謙虚にいかなければならない。

 でも本音と建前は別に考えるのが普通だし、本当ならこちらは、謙虚にされてでも相応の額を支払うべきなはず。


 それに気づかず俺は「たった6000円」を封して手渡したのだ。


 少なすぎたな。やってしまったな、これは。ははは。

 後悔先に立たず。次は気を付けよう。

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