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家出してきた王女さまを[かくまう]ことになりました。  作者: くろめ
プロローグ『飽き飽きとした日々に変化を求めて。』
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3 発狂注意報。

「はいはい、今出ますよー」


 ……と気前よく言ったものの、内心ビクビクだ。自分は異文化というものを知らない。

 どのような人物が扉の外に居るのか分からないし、下手をすればいきなり斬りかかってくるかもしれない。


 刺されませんように……と思いつつそっと、そっと扉を開いていく。


「お忙しいところ失礼。人を訪ねてこちらへ参った次第です」


 学のあるしゃべり方だ。

 立っていたのは……意外にも、少女が一人だけ。てっきりお迎えの時は、複数人の黒服が強硬手段も辞さない構えで来ると思っていた。


 見たところ特に武器を持っているわけでも無さそうだし、緊張感や敵意は大して感じられない。

 これなら穏便に事が解決しそうだ。何だか一安心。


 それにしても、この子はレイルより年上だろうか。見た目だと俺と同じぐらいに見えるけれど。


 真面目そうな面持ちだ。目つきがキッとしていて少し威圧を感じる。

 サラリと下りた赤のロングスパイラルな髪型や整った眉毛も印象的だが、黒で染め上げた上下の衣装も気になる。その短いスカートやニーハイも黒だし、上のシャツも紺に近い黒だ。その上に羽織った(名称を知らない)薄地の何かすらも黒。


 こんな服装をしていてそんな髪色で、しかもあんな口調だ。何だかキツい印象を受けてしまう。


 それに何というか……王女レイルと違いすぎやしないか。

 彼女は目立つ赤コーデなのに対してこの子は黒。しかも季節は夏だし、若干暑そう。

 よく見れば汗も出てるじゃないか。やっぱり暑いんだ。

 

「失礼ですが、こちらに私のできあい……敬愛する派手な格好をなさった殿下の匂いがしまして」

「できあい?」「は?」


「--レイルって人で間違いない?」

「はい。間違い、ありませんんっ……はあ、はあ」


 ……呼吸が粗いな。急いでここまで来たのだろうか。

 それとも単に暑さのせいかな。

 何だか言葉の節々から違和感を拭いきれないけれど、折角ここまで来てくれたのだし労うべきだろうか。


「とりあえず上がっ」

「レイル様ぁああああーーーー!!!!」

「うべっ」


 押しのけて、全速力で……上がり込んで……。何……何なの!?

 突然発狂して家の中に入る人とか前代未聞だよ!?


 さっき『敬愛』の前に『溺愛』とか言いかけてたよな!?

 そこで常人ではないことに気付くべきだった!

 宇宙人って何でこんな頭のネジが吹っ飛んだような性格をしているのかなぁ!? さすがに怖いよ!!


「って、靴のまま上がるなぁ!!」


 法にあらば法に従え。風習があらば風習に従え! ここは日本だ治外法権だ!!

 ……というか後の掃除が大変だし面倒だし、諸々今日中に済ませられなくなるからやめろ!!

 あくまで今日で全部終わらせたいんだ俺は!!


「レイル様!? レイル様はどちらに!?」

「ああーー! 荒らすな荒らすなぁ!!」


 扉を開けて回るなよ後で閉じるのが面倒なんだぞ!!

 しかも考えてみれば靴の汚れとか掃除するの俺じゃない!? それだけは勘弁してよ本当にぃ!!


「匂いがするぅうううう!! レイル様ぁ!? レーイールーさーまーーーー!!!!」

「うるさいやめろおおーー!!」


 やめろと言ってるのに止まることを知らないのかこの人は!

 近所迷惑も甚だしいし何よりそんな小さな棚の中にレイルが居る訳がないだろう!!

 何引き戸の溝凝視してんの!? 居ねえよ!!! どんだけ奇想天外な形状してんだよお前んとこの王女は!! スライムか!!!!


 ああああもう!!


「許可も無しにリビングへ入るなああああーー!!!!」


 ……うぁ。貧血が。


 …………。


 本当、勢いづけて声を張るのは良くないな。身体に悪い。

 想像以上のことが起きると、どうしても焦って冷静になれなくなる。本当はこういう時にしっかりと対処できた方が良いのかもしれないけれど、やっぱり難しい。

 ああ、貧血のせいか聴力がまだ戻らない。周囲からは何も聞こえない……か?


 ……あれ?


「…………?」


 いや、もう身体は万全だ。それなのに声が聞こえてこない。


「アー、イー……」


 ……自分の声は外側から聞こえるし、大声で鼓膜が破けたという訳では無さそうだ。

 あの発狂が収まったということはつまり、捕獲完了か……?

 いや、それならレイルの声が聞こえてくると思うし、それに会話自体が無いのもおかしいよな。


 なら一体、リビングで一体何が起きてるんだ……?


 そろり、そろりと近付く。あんなに発狂していた人が急に大人しくなるのには何か理由があるに決まっている。最大限に警戒しておいて損はない。正直怖いし。


 目を凝らしてリビングを見渡してみるも、二人の姿は無さそうだ。

 カーペットがめくれ上がっていることを除いて、荒らされているようにも見えない……。


 そうなると奥か……。

 レイルはキッチンに待機していた訳だしな。こっちではなかった。


 先ほどよりかは冷静になってきた。

 それでもそろり、そろりと歩くことには変わらない。恥ずかしいけれど、怖いものは怖いから。


「居ぃいいなぁああああいぃいいいいいーー!!!!」

「うるせぇよ!!!!」


 血管が何本かイッた。間違いなく、俺の中の騒音歴代記録を圧倒的大差で越えてきた。

 ここまで来るとイライラを通り越して、最早呆れの境地に至るのは言うまでもない。最早現状に関しては真剣に考えていないし、どちらかと言えばこの後どう家の後始末をしようかに脳のスイッチが切り替わり始めている。


 ……が、現実は非情だ。

 鬼のような形相で荒らし女がこちらにやって来る。

 何で? まさかレイルが居ないことにご立腹? 俺に矛先が向いてる?


 あれ……なんかこれ……ヤバくなィッ!


「どこにやったぁ!? ボディーソープのフワッとした匂いがいつもより3.25割増しなレイル様をどこへやったんだオラぁ!?」

「……ナ、ナニ突然キレてんの!? それと悪いけどキモいっ!! 放せっ!!」


 胸ぐらを両手で掴んでグワングワンはやめてくれ酔う!! い、いきなり腹パンかまされたこともあってかなりしんどいんだぞ今!!


 かと言って状況を打破するには抵抗するしかない……。

 抵抗するように手を引き剥がす。首が締まる感じがあって苦しかったが、そのまま殺されるよりはマシだ。実際殺されかねない雰囲気だったし。

 


「ハァ、ハァ……」

「ちょっとは落ち着いたら……?」


 しゃがみ込んだ彼女に対して、俺は痛みの残る首元を撫でながら助言する。聞き入れてくれるのかは不安だったけれど、相手も疲れがあったからか冷静さを取り戻していた。

 疲弊した彼女は顔を上げると、撫でていた手に気がついたようで、一転して焦りを見せた。


「……失礼しました。我を忘れていたようです」

「忘れすぎ。どうしてくれるのこれ」


 荒れに荒れた廊下や、カーペットのめくれ上がったリビングを見て全てを察したようだ。彼女は表情を変えず、口元だけぼけーっとあけたまま固まってしまった。

 我を忘れると人はとんでもないことをしでかすと言うけれど、宇宙人もその例に漏れないのか。そして恐らく、暴れている間は無我夢中で、自分が何をしているのかすらも理解できていないのだろう。まるで狂戦士だ。


 見る限り彼女に悪気は無いのだろうけれど、ここまで滅茶苦茶にしたんだから後始末はきちんとしてもらわなければならない。


「とりあえず靴を玄関に置いてきて。色々話したいことあるから」

「……御意に」


 レイルが逃げたことも気がかりだが、それ以上にこの狂戦士をどうしてくれようかという悶々とした気持ちがパン生地のように膨れてきていた。


 はあ、もうどうにでもなれ。

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