4 智佳の奇妙な遭遇。
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炎天下の空の下。異世界の研究者朝倉はひとり悩む。
地表を測定する何かを手に、そのモニターを眺めながら首をかしげる。
映し出されているのは、ある一つの民家とその地下だった。
「(配管が通っていない……? どうも空洞だけだとは思えないね)」
彼が持つそれは、例えるならレントゲンのようなものだ。戦いを有利に運ぶために、屋内がどのような構造なのかを予め把握するのだという。
そしてこの機械は屋内にどれだけの人数が居るのか、そしてその体温や温度が如何ほどなのかも全て読み取ることが出来る。
デバイスやUIは煩雑であるが、朝倉以外は扱うことがないので全く気にならないらしい。
「(異様に赤いねぇ。冷房の一つとして使っていないのか? だとすれば何故? 壊れているのか、それとも私の意地悪を読まれているのか……いや。エルテートが直接彼らを手伝うとは思えんが……)」
彼は二つの可能性を考えていた。後者が現実だとすれば、この戦いは非常に厄介なものになるだろう。
エルテートは朝倉以上に厄介な存在であり、朝倉自身もそのことを十二分に理解している。
自分自身がこの世で一番の秀才だとは思っていないが、元居た宇宙でなら最も賢い人間であった。それが朝倉という男だ。
そこに間違いなどないことぐらいは自負している。
それだけの賢さを持ってしても『エルテート』には及ばない。彼女が何かをしでかすのであれば、自分が敗北を喫する可能性も拭いきれないのだ。
だがエルテートの性格上、この可能性はほぼ無い。
単純に冷房が壊れているのであれば、彼らの士気はうんと低下していることに他ならない。確実に勝利を手にし、穏便に事を進めることができる。
「(自分自身と闘う訳でもあるまい、遊ぶ程度でいいだろう。だがこれではちと計算が狂うな……ふむ)」
ルオン以上に歳浅い少年朝倉は、これでも一流を超えた科学者だ。幼さに似合わないその白髪は生きる上での気苦労を物語っているよう。
「(あくまで自分の目的は、彼らに真実を見せることだけだ。収集したデータ通りだとすれば、今の人類、そしてかの異星人は――)」
しばらく前に突如この星に呼び出されて以降、朝倉は調査と分析の毎日であった。現状まだ論として完成している訳ではないが、もし仮説が真実であったとすれば、ルオン達が生きる『この地球』の真実が一つ解き明かされることになる。
「(隠された歴史がどういったものか……手がかりは恐らく彼らが……だとすればあの地下は……)」
研究者は何故存在するのか。それは、真実を解き明かすために他ならない。
「では、金属探知機は……」
幼さ際立つ声がつい出てしまう。熱中しすぎるあまり想像上の声なのか、それとも口に出した声なのかの区別がつかなくなっているのだろう。
こうなってしまえば、もう口は止まらない。
「ふほほーう、やっぱり反応してるじゃないかい! こりゃあるなあ! あるある! 単なる空洞ではないのだ!!!」
周囲に人がひとりとして居ないのならば、この声は脳内で発しているも同然だ。だがしかし。
「(なんなんだろうこの子……!)」
少し離れたところから少女が見つめていた。幼いことは重々理解はしていたとして、不審者であることに変わりはない。出来れば関わりたくない異様さで、直ぐにその場を離れたくなる。
しかし、少女は逃げる訳にいかない。何故なら彼の見つめるその先が今回の目的地、ルオンの住む星野家なのだから。
少女は試練だと思った。
ある意味で運命を感じた。
これを乗り越えられないで、どうしてルオンに近づけようか。尊い存在に近付くには相応の試練が必要なのだ。慣らしには丁度いい。
しかしどのように入ろうか。少女は考える。
いっそスルーして入るか。
それとも一度話しかけて世間話をするか。
「あは! これは本だな!! 本、本、ほんだ!!!」
「(いやいやいや会話とか無理でしょ絶対気が狂ってるやだこわい!!)」
前者即決だった。
どうにか真スルーで入るのが一番合理的だろうと考えた。もしかすれば自分自身のことは眼中にないかもしれないし、場合によっては熱中のあまりこちらを見てこないかもしれない。
「(そうだよね、これが一番だよ。うん……!)」
これでも少女は修理屋の娘。肝は座っているのだから頑張れる。自分には精神論をかけて励ましていく。
見ていませんよと言わんばかりの口笛で、心と正反対に軽い足取りで歩き出す。
勿論、視界に入れば朝倉が見逃さない訳がない。しかし不自然な少女の行動を見たその瞬間、彼は全てを悟り硬直した。
何が起きる訳でもなく、いそいそと少女は庭へと入っていく。
「……修理屋が来るなら好都合だね」
大事な部分を悟ってなど居なかった。
そんなこともつゆ知らず、少女は勝ち誇っていた。




