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家出してきた王女さまを[かくまう]ことになりました。  作者: くろめ
第三章第一編『未知との遭遇(いろんな意味で)』
35/55

2 夏に現れた『人生の特殊イベント』的なそれ。

    ☆★☆


 表の顔は単なる科学部の少女。そして裏の顔はオカルトマニア。

 二つの顔を併せ持ち、その上両親は家電の修理からリサイクルまで何でもござれな住宅街の業者。幅広く様々なことを行っているがゆえに、経済的に困ったことはなくそれなりに裕福である。


 そんな順風満足な家庭で育った少女『空香そらか 智佳ちか』は満ち足りた日常を謳歌していた。焦らずとも志望校に受かるだけの知力を持っており、普段は科学か趣味の都市伝説やオカルトの調査をしたりと文芸両道に富んだ生活を行いながら日々を過ごしている。苦手科目は体育。運動は基本的に参加したくない系女子である。サボッたことは一度として無いが。


 暇な時は親の手伝いで機械修理や洗浄をよく行う。花も恥じらう綺麗な女子であるため滅多に出張修理には出向くことがなく、基本的には相手が同じ女性である場合に限られる。別に男の人でも気にしないんだけどなあとは彼女の言葉であるが、それでも親はどうしても気にしてしまうものである。仮に同世代の若い子からの依頼が来たならば、彼女に積極的に向かわせようと考えているらしい。


 これまでただ一度も同級生からの依頼が来ることはなかった。

 この夏のある日まで、ただ一度も。


「……ん、着信。え?? あァっ!? 」


 彼女は目を疑った。

 自分がずっと見つめていた相手の名が刻まれていると信用するまでにスマホを見返すことおよそ6回。彼女自身が脳内で付けていたあだ名『ルーきゅん』とそこには刻まれていた。無論、通話相手はその事実を知らない。彼女からすれば知られたくもないだろう。


 とにかく、鬼雨と稲光の両方が脳を焼き付けるほどの衝撃がそこにはあった。

 この一瞬を逃してなるものか、絶対モノにしてやると決心して通話ボタンをタップしようとする……が、できない。押すだけと言えば簡単なことだろうが、押した後のことなど何一つとして考えていない。

 仮に電話に出たとしても『ルーきゅん』に失礼がないようにしなくては。自分なんかが通話していい相手なのだろうか。などと、身分の差が有る訳でないにも関わらず偏った思想を持ってしまう辺り、正常な思考を保てていないのか、それとも本心であるのか。


 なんとか通話を押したのは、切られてしまう寸前だったかもしれない。彼女にとってはそれが一瞬の出来事なのだから、時間に意識など向いてはいない。

 彼女は自分が何を言ったのか、全く覚えていなかった。ただ耳に残った『ルーきゅん』の言葉だけが耳に残るだけで。


『エアコンが動かなくなっちゃってさ。電源タップは刺さってるし、リモコンの電池も替えてみたし、本体側にあるスイッチを押しても無反応だったんだ。俺が言うだけだと判別は難しいとは思うけど、修理できそう?』


 だが、自分に対しての依頼であるということは理解した。

 デートの誘いでないのが少しだけ残念に思っているようだが、自分にとって特別な存在である彼の家に、どんな形であれ行くことが出来る。それだけでも彼女の胸の高まりは止まらない。

 

『出来るんだ!! ありがとう、お願いします』


 彼女が何かを言って電話を切ると、その一瞬は出張依頼に驚き、そして感動し、心を踊らせる。

 いそいそと身支度を調え、両親に行ってきますの挨拶をする。


 両親はその姿に驚くも、直ぐに意味を理解した。ついに娘の下にも連絡が来たのだと喜びの笑みを浮かべる。


 その笑顔に裏の意味など無く、娘が自分らの仕事に協力している姿勢に感銘を受けている訳ではない。

 そして、彼女はそれほどこの手伝いに情熱を持っている訳ではなく、単なるアルバイトのようなものであると捉えている。

 勿論そのことを両親は知っている。出来るだけ自由に伸び伸び生きてほしいと願うことは、この地域の親であれば当然なのだ。


 彼女は目的地までの道のりは理解しているため、工具を荷台に括り付けて自転車を発進させた。

 残暑も変わらず彼は元気だろうか。そのドキドキとワクワクを胸に秘めながら。

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