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家出してきた王女さまを[かくまう]ことになりました。  作者: くろめ
第三章第一編『未知との遭遇(いろんな意味で)』
34/55

1 あの人から。

    ☆★☆


 ――炎暑。


 夏と言えば暑い。それは宿命であり運命。


 ダメ押しで、今年は南米からラニーニャという刺客がやってきた。エルニーニョが来れば比較的涼しい天国のような夏がやってくる。それならば農家以外は喜んだだろうが、その対義に位置する悪魔的存在がやってきているのだ。誰もが悲鳴を上げる地獄の出来上がり。


 悲しむことなかれ。


 現代の人類はこの気温とそして湿度には勝利しているのだ。文明の利器「エアコン」がそれを可能にしたことは周知の事実であろう。

 エアコンには暖房、冷房のみならず除湿機能まで付いているため、四季を一生快適に過ごすことが出来る。


 その屋内という幸せ空間は、一生自分たちを守ってくれる。

 そう、壊れさえしなければ!


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 ……エアコンが。


「夏期とは、厄介なものじゃな……」


 開口一番、魔術師が放った言葉は静寂を断ち切る。


「あ゛つ゛い゛」


 ファルはベロを出しながらテーブルに頭部を任せ、ハァー、ハァーと子犬みたいになっている。

 発するべく言葉は出てこない。自分自身を支える事で精一杯の中、どうして他人に投げかける余裕があるのだろう。その点ファルは利口であるとも言えるだろうか。


 俺だってどうにかしたい。けれど身体が動こうとしない。

 外部よりも内部……胴体よりも思考の方がよく働くこの状況を打破できる人間はこの空間には居ない。


 エアコン以前にキャパシティが問題なのだ。

 レイルやミーアが居るだけならまだしも、ファルや魔術師までこの空間に居るのだから一部屋の密度は非常に高い。それなりに広い家ではあっても、ここまでの人数が居ては相対的な温度上昇が増えるというもの。


 当然業者には連絡をしたが、予定が埋まっていて今日中の修理は見込めないとのことだ。そりゃそうだ。この時期エアコンが壊れる家庭なんてごまんと有る。畜生め、富裕層はみんな買い換えればいいのに。ああ、居ないのかそうかそうか日本の闇が垣間見えた気がする。


 ……?


「……あのさ、もし暴言みたいになったら悪いけどさ」


 ふと疑問に思ったことがある。

 それは非常に些細なことかもしれない。

 もしかすれば、逆に重要であるのかもしれない。

 あまりに輪の中へ溶け込んでいるので不思議で仕方が無いのだが……。


「お前なんで居るの?」


 言葉だけババくさい魔術師。

 年若き魔術師『エル=メイダ』よ。

 何故お前は残っている。


「遺憾かえ?」


 いや……別に残っちゃダメとは一度も言ってないけどさ、ほら……流れってあるじゃん、こう、さ。あなた物語で言うところの準最強枠みたいな感じあるじゃん? 俺自身ミーアの魔術無かったら戦闘の設計なんて出来なかっただろうし、過去一番のピンチだったと言っても過言じゃないレベルだ。それとも何。お前が三人目ってことはこれ以上にヤバイ奴らがゴロゴロ居るのかよやめてよ怖いなあ。そろそろ普通に強くない奴らが追っ手に来てくれた方が嬉しいんだよなあ精神衛生上。だから本当は心強いけれどさ、俺としてはあと何回かお前と戦う流れだと思ってた」

「心の声が漏れておるぞ」

「『こう、さ。』の後からダダ漏れでございました」

「声にクレッシェンドがかかってましたし、ラストはなんかフォルテシシシシモって感じです」

「でか」

「なになに、ルオンさま、なにか言ったの?」


 キッチンからひとり顔を覗かせてファルは首をかしげる。いきさつを話したいところではあるが、


「運命は一つではないと分かったからの!」


 何を言ってるんだこの魔術師。それでどうしてこの家に留まる理由になるんだ。

 うーわキラッキラの笑顔してるよ面倒臭。

 なんとなく言いたいことは分かるけれど、そこまで満面の笑みで言うのは何なんだ。


 運命が一つではない。それはエル……魔術師との戦いで得た経験であり真実の一つ。

 予言を外したことがない、すなわちエルは運命を把握しきった超魔術師だが、そんな彼女が視た未来を俺らは否定し破壊した。

 つまりここからは、エルが視ていない未来な訳か。


「見届けたいってことか?」

「ご名答。最早ワシは自分の能力が信用できん。お前さんたちがどこまで未来を変えるのか、この目で確かめたいのじゃ」


 たった一度のミスなのに心が折れたのか。それとも、本気で俺たちが未来を変えると思っているのか。

 真意は定かでないが、とりあえず敵対の意思がないだけでも安心だ。

 だがそれ以上に問題なのはこの家のキャパシティだ。

 

「ひい、ふう、みい……んー、いつ……」


 4番目が分からなかったのは内緒だ。


「4番目は『よ』ですよ」

「なんで俺より日本人してるんだレイル」


 今のところ俺を含めて5人がこの空間に居る訳だ。父さん母さんを足せば7人。それだけの人数を養えるだけの体力はうちにはないと思うんだ。


「ファルはともかくエルまで入ってくるとは思わなかったし、キャパがきついよ」

「大丈夫だと思いますけど」

「そう? なんで?」

「それにしてもルオンさん、この暑さどうにかなりませんか?」


 ……。


「どうにかなるって言ったってなあ……んー」


 暑い、確かに暑い。

 思考が歪む可能性もあるし、早めにエアコンをどうにかしたい所。


 ……うーん?


「うん。ああ、そっか、あいつが居た」


 親が家電の修理だかリサイクルだかをやってたような……それならもしかしたら請け負ってくれるかもしれない。今更お金の事なんて気にしない。

 クラスメイトにそんな人が居るとは何たる偶然。

 そういや連絡先こそ持ってはいるけど、会話したことはそんなに無かったな。快諾してくれるだろうか……。


「あてがあるので?」

「もしかすれば……だけどね」


 しかし、こういう頼み事をするときは文面の方がいいだろうか。それとも電話をした方がいいのだろうか。

 ……んー、分からない。

 友達とはそれなりに連絡取ってるけど、大体文で送り合ってるからなあ。

 対して今回は殆ど絡みのない異性だしなあ。や、性の違いでその辺りを決めるのも良くないな。


 しっかりとした頼み事の時は電話だ。そうだ、これでいこう。


「スマホ使うね」


 全員頷いてることを確認して……よし。

 連絡先……通話。

 独特のコールを耳にしつつ、待つ。


 …………。


 ……。


 ……。


 ……。


 …………。


 ………………。


 出られないんかな。


『も、もしもし……? ほ、ほしの、くん?』

「あ、ああ、久しぶりー」


 ようやっと通話に出た彼女の声は震えていた。震えていると言っても怯えというよりは、通話に慣れてなさそうな感じだ。

 そっか、ビックリさせてしまったか。

 こりゃあ、俺がどうにかしなきゃ繋げない感じか。


「や、その、空香そらかさんの家って家電の修理とかやってたっけっていう、そういう電話」

『あ、ああー! なるほど、そゆこと、はい! はいぃ!! 請け負ってますよぉ! 今ですか? 今から行けばいいですかぁ!? 修理の対象は? どういう症状ですかぁ!?』

「急にテンションたっかいなおい」


 一通りの説明を終えると、やや興奮気味となった彼女が『かしこまりましたぁ! 今向かいます!!』と言って電話が切れた。

 おかしいな、家の場所教えてないような気がしたんだけど……。あれ、教えてたっけな……どうだっけ……。

 まあいいか、来てくれるなら。


「んー……」

「……? レイル、どうした?」

「何なんでしょう、この胸のモヤモヤは……」


 胸騒ぎだろうか。

 レイルの勘が当たることはあまり無いが、とりあえず彼女が到着するまで警戒を怠らずにいこう。


「鈍感じゃなあ」

「え? なにが?」

「二人が、じゃよ」


 よく分からなかった。

 ファルも呆れているようだったが、両者ともに答えを口にすることはなかった。

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