エピローグ 王様とマリネ=アリエーニュ。
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その日、ライフェリスの宮殿に人気は無かった。
雨天のためか、普段であれば数十、数百と訪れる客人もこの日は居ない。
王室に居る二人にとっては好都合なのだろうが。片や王の椅子に座し、片や机に身を預け各々が楽な姿勢を取っている。その割にリラックスなど出来てはいないようにも見えるが。
「ブルターニュ君」
「ファリエ=ヴァルターニュです。いつかその間違いすると思ってました」
側近は人差し指で机をコンコンと絶え間ない。王様が呼び間違えることに慣れてはきているものの、こうも名前を間違えられては誰でも機嫌を損ねる。
しかし王様の表情は以前と比べても硬い。冗談のつもりで発したわけではなく、単純に呼び間違えているだけなことは明白だ。普段と変わらぬ会話を強張った表情でするだけでも、その雰囲気はガラリと変わってしまう。
その異様な空気のまま、王様は重い口を開く。
「負けたってね」
「らしいですね。あの百発百中のまじないに勝てるとか意味が分からんのですが」
結局、まじない師が王女を連れ帰ることはなかった。そして城にも出向かず、まずは念力か何かで結果を伝えてきた。最初はそれが魔術とも分からず、二人して単なる嫌な予感として察知していたのだが。やがて彼女が脳内に直接語りかけてきたため二人して飛び上がり、その後冷静になって今がある。
「そろそろ大衆に呼びかけます?」
「おバカ。前も言ったが、それだと地球の民全体に迷惑をかけかねんよ」
「……あくまで身内でやるしかないんですかね。感付いている人も出てきているでしょうに」
「やむをえんね。レイル……『レイリア=L=ライフェリシアは病気を患い、寝込んでいる』という噂を今更覆す訳にもいけないし」
事を重大にしては地球との戦争になりかねない。
技術力は微妙にライフェリス側に分がある。そのため長期戦になることなく場を抑えて勝利をすることが可能だろう。
ただしそれは、地球の民が積極的に科学技術を悪用せず、徹底的に応戦してこない場合の話。仮に地球側が戦いを望むのであれば、それにライフェリス側も応じる必要がある。
そうなれば両星共に無事では済まされない。地球人類のほとんどがライフェリスの存在を知らない。対してライフェリス人のほとんどは地球のことを知っている。ゆえに呼びかけは非常にリスクが高く、最悪のケースを迎える可能性も高いのだ。
「ただ、それでも多少のリスクは覚悟した方がいいか」
「……というと?」
「親衛隊のジョーカー"メグリ=フォン=スピリアータ"」
側近は名前を聞くなり、小声で「あー……」と吐き出し、バツが悪そうに顔をしかめる。
王様も苦い顔をしていて正直嫌そうだ。
「ついにお願いするんですか。殺されますよ」
「僕が殺されてもそんな問題なかろう」
「大ありですよ。あんたが居なくて誰が統治すんですか。殺しますよ」
「どっちみち死ぬんじゃないか!?」
「ぎゃーぎゃー喚くなお前」
「王に向かってお前ってお前……お前ぇ!!」
「じゃあ何て呼べばいいんですか? ロートル? ポンコツ? ボーボー胸毛?」
「最後のだけはやめて。ごめん」
「……あ、ごめんなさい。ついアツくなりまして。でも一発殴らせてください」
「えっ何それ意味ワカンナイ!!」
両者焦りもあって会話の強弱が非常に激しい。自分の思考すらコントロール出来ていないほど頭の悪い会話が続く。国の代表者、いや星の代表がこのような会話をしているとは市民もまるで思っていないことだろう。
両者散々喚き散らして騒ぎ立てて、ようやく落ち着きを取り戻す頃には脳はおろか体力まで消耗してしまった。
「……こんな状況でさ……喧嘩なんてするもんじゃないね」
「そんな今更……言うもんじゃないですよ……」
「しばらくは……対策考えるだけでいいかな……」
「もう面倒くさいんで……それでいいですよ……」
息も絶え絶え、頭も働かず。
このような状況で冷静な判断など出来る訳がないと、両者理解はしている。だからこそ今日は何も考えないことにしたらしい。
「次の儀礼まで休んでるよ」
「かしこまりました」
そう言い側近は腕時計を眺める。そしてため息をついて頭を抱える。王様は声にこそ出さないものの、その光景が気になって仕方がなかった。
「──お言葉ですが」
「……?」
「儀礼の時間になりました。向かいましょう」
「エッ……うそでしょ。そんな馬鹿みたいに喧嘩してたの?」
「あんたが大馬鹿だからですよ。さあ、行きますよ。王様」
嫌だー。お前も馬鹿だろー。休むー。しんどいー。という声を宮殿にこだまさせながら、王様は引きずられていくのだった。




