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家出してきた王女さまを[かくまう]ことになりました。  作者: くろめ
第二章『Magic Nightmare.(まじないとまれ。)』
31/55

8 Valkyrie Dimension.

 王女レイルは一切の抵抗をせず、大人しくキッチン下から這い出る。覚悟を決めたような眼差しで魔術師に両手を差し出す。


『抵抗はしません』

「これまで強情じゃったにも関わらず、終わりとなれば諦めは早いのう」


 見つめる先には倒れた少女、心を痛め動けなくなった家主、そして伸びた少年。

 彼女の心に秘めた思いが誰に分かろうか。並大抵では理解の及ぶ思いではない。


 先ほどまでは元気であった仲間たちが死屍累々。

 この現状を見ても王女は決して涙を流すことはない。()()()()()()()()


 ――5分。


『――行きましょう』

「視ていたといえど、お主も()()()のう」


 王女は応えなかった。心境が穏やかでないということだろう。

 魔術師は王女の手をとると、玄関口へと歩き出す。


『ルオンさん、短い間でしたが、お世話になりました。そしてごめんね、ミーア、ファル……』


 三人の目前を通る時、王女は深々と頭を下げる。

 せめてもの礼儀を尽くそうとしているのか、それとも、自分の行いに対する謝罪をしているのか。


 だが魔術師自身、解せないことが一つあった。

 捕らえられた以上、彼女の自由はこれで終わりだ。母星に戻ればこれまでと変わらない退屈な日常が戻ってくる。


 自分が視たイメージ通りの状況になっていることには間違いない。だが、それだとどうにも()()()()()()()()()()()()()()が多すぎるのだ。


 自分の予言は間違っていなかった。なのにも関わらず、ここまで歯切れの悪い結末だとは。


「…………」


 何を思ったか、魔術師は数分先の未来を視た。


「なっ……これは!!」


 ――5分30秒。


「ゲームはとうに終了しております」




    ☆★☆


「──幻壊せよ。運命さだめられし未来よ!!」

「なっ……!?」


 全てが水の泡、とはこのことだ。

 魔術師の驚きっぷりは大層なもの。いや、それもそのはずか。


 ミーアの脚は燃えていない。

 そして俺も精神崩壊なんて起こしていない。

 ファルも健康無事。

 おまけに、あいつがレイルだと思っていたのは米の入った大袋だ。


「もう一度申し上げてやりましょう。ゲームはとうに終了しておりますよ」

「これは……一体……?」


 我ここにあらずと言えるぐらいの放心をしている魔術師。

 それもそのはず。彼女は恐らく、人生で初めての体験をしているのだから。


 この幻想というのは、ミーアが見せたものだ。

 彼女が妖精から授かった一度きりの魔術。その正体は『幻を見せる』能力だった。


 ミーアが魔術師と遭遇したあのとき真っ先に睨みをきかせていたが、あれは嫌いな相手に対して見せる嫌悪の表情というだけではなくて、あれこそが魔術発現のスイッチになっていた。

 そこからの世界は幻想そのもの。魔術師にとって好都合な未来だ。


 この好都合な未来こそが、予言として存在したビジョンなのだろう。

 例え魔術師にとって好都合であったとしても、それは単なる幻だ。レイルが捕まろうと、ミーアが焼かれようと、俺やファルが手をかけられても関係はない。


 あのとき俺らが宣言した予言≪魔術師の理想は全て幻に終わる≫とは、つまりミーアの魔術で幻影を見せるというものだったのだ。


 これこそが魔術師の予言を崩すために、俺たちが取った行動だ。


「ぐ……ぬ……有り得ん!! ワシの予言が外れるなどと!!」

「諦めたらどうですか? 制限時間が来ている以上、貴方は敗北者でございます」


 魔術師はまだ混乱しているようだった。

 外したことのない予言を、裏技を使っているとはいえ俺たちが外したのだ。これまで拠り所にしてきたものが崩れ去ったら、どれほどショックなことだろう。

 その現象が魔術師自身に降りかかっているのだ。混乱するに決まっている。


 ……だから。


「ファルーー!!」


 そう言ってカンマ何秒。魔術師が玄関口までブッ飛ばされた。


「へへ、役にたてた……!」


 魔術を唱える余裕が無い今、盾としての機能は無い。

 つまり、ノーガード状態。

 おまけに魔術師は幻想に犯されている最中、独り言で打たれ弱いと言っていた。

 それもファルは聞いていた。ファルが空気の読める人間(?)だということは知っていた。だからこそ魔術師に一発当てることが適ったのだ。


「……きゅう」


 魔術師は伸びていた。


あてくしが一度も倒せなかった相手をやっつけましたね。ファル、お手柄ですよ」


 ファルの頭を優しく撫でるミーアは、呪縛が解けたかのように朗らかな表情をしていた。

 撫でられているファルは嬉しそうだ。


 よし、もういいだろう。


「レイルー、終わったぞー」

「ふふ。流石です、皆さん!」


 トイレの扉が開き、レイルが顔を出した。


 彼女はキッチン下からトイレに移っていた。そろそろ別の場所を考えておかないとまずい気がしなくもない。


 そしてミーアは今までに無い笑顔でレイルのもとへ向かっていく。海賊漫画の女ったらしみたいだ。女の子なのに女ったらしとか意味が分からないけれど。


 さて、混乱状態を解いて気絶している魔術師をどうするか……。

 とりあえず放っておくのも可哀想だし、ソファーに寝かしておこうか。


「……あ、私が運びますよ、ルオン様」

「え? いいのか?」

「こういうのは同性で、歳が近い私のが向いておると存ずる次第です。同じスクールでしたからね」

「えっ」


 今ミーアは何て言った?


「同性で」


 いやいや違う違う。


「歳が近い」「歳が近い」「歳が近い」


「え……えええええええーーーーーー!?」


 魔術師は15歳だった。

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