2 王女さまは話下手。
「えっとー、この宇宙とは別のそのどっかにある宇宙の、あーまあ中心の外れぐらいの所に『ライフェリス』って星があるんですけどね、その国……あ、国って言ったのはですねあの星は少々小さい、えっと大体直径にして100キロメートルぐらいで、まあそのぐらいなので丸々一つを統治しちゃった方が早いんじゃねってことで今の王様……言っちゃうと私の父さん、そいつが一つの国として統治を始めたから国って呼んだんですが、それでまあ国の団結力を増やそうぜって活動を始めちゃってじゃあその、何をするのかなーと思ってたらなんとびっくり、儀礼なんてものを持ち出してきたんですよねぇ困っちゃいますよ、要は地球で言うところのフランスのルイ14世の時代ぐらいでしょう、そのぐらいを想定して頂ければ良いと思うんですけどその儀礼を私にまで持ちだして来たのだから堪らないのですよ全く――」
長っが。言葉を区切れ。話が纏まっていないじゃないか。
ジェスチャーまでして何とか俺に話を伝えようと頑張っているのは分かるけれど、話の脱線が多すぎて汲み取りたい話も解けない。放置したイヤホンコード並に絡まっていたら解釈も難しい。
しかしこの自称王女さま、あまり話には慣れていないのだろうか。
『色々順序立てて話さないと多分混乱します』と言いつつ、順序の順も秩序も感じられない。あれだ、ミルクパズルのピースを制限時間付きの中気合いで当てはめる程度には難しい。
汲み取れる限りを頑張って要約すると、『レイルは宇宙の辺境の星に住む王女さまである。そんな彼女は儀礼が面倒くさくなったから、国すらほっぽり出して地球に逃げてきた。だが、何者かに追われている気がするから、匿ってほしい』ということらしい。
「もうちょい纏めて話せるだろ」
「何せ国語はサボタージュしてましたので!」
「ドヤ顔するな。誇らしげに語ってんじゃないよ」
ウザったらしいぐらいにキラキラした笑顔だ。ここまで流暢な日本語を話しておいて何を言うのかこの王女さまは。
「本当に宇宙人なのか? 何か証明できるものは?」
「直ちに証明は出来ません。追っ手に遭えば分かりやすいんですが……」
目線がうろついていない上に、表情がまた真剣な辺り嘘はついていないのだろう。だがその追っ手が来ていたとしても、こちらの事情だって考えて貰えないと困る。俺には俺の生活があるし、そのテリトリーを犯されたくはない。仮にこの休みの期間限定であるとしても、この家や家族、そして自分自身へのリスクを考えると匿う訳にもいかないから。
「ウチでは庇えないぞ。仮に証明できたとしても」
「えっ……」
明らかに残念そうな、青ざめた顔をされる。本当に表情豊かだな。
ご期待に添えたいのも山々だけれど、加えて彼女が異性であるということも壁になる。もし仮に、これが知り合いからの頼みだったならどこかで折れていたのは間違いない。
「残念だけど、他を当たってくれないかな……?」
「ルオンさん! お願いします、この通りです!! 私の中のハートが、魂が、エナジーが!! 貴方を選んでいるのです……!!」
またも俺の両手をぎゅっと握って……。ああ、さっきよりも変に体温を感じてしまう。女の子の手って柔らか……違う違う何考えてんだ。ハートやソウルは分かってもエナジーの意味がまるで分からないけど、でもこういう熱の入った言葉や触れ合い刺激が強いし……一瞬でも気持ちが揺るぎそうにそうになるから……勘弁してっ!
「うっ……それより、どうして俺の名前を知ってるのかまだ聞いてないぞ!!」
「あーすみません。お茶を頂けませんか? 喉が渇いてしまって」
「切り替え早えよ! さっきの悲しそうな顔はどこ行った!」
「…………?」
「はて? じゃないよ一拍間を置いて首をかしげるんじゃない!!」
状況を騒ぎ立てるだけならまだしも、こちらの質問を遮ってくるのは論外だよ。そんなに都合が悪いのかな……。
はあ。本当に面倒な人に目を付けられたなぁ……夏は日が長いとはいえ、そろそろ夕方だ。
レイル、結構長いこと話してくれていたんだな……。そっか。伝え方は下手だけれど、頑張っていたんだ。
「……冷えたのと暖かいの、どっちが良い?」
「どっちつかずな感じでお願いします」
「常温って言えよ。分かった、待ってて」
「流石ルオンさん。察しが良いですね」
ああ、確かに自分は察しはいいのかもしれない。
親から『あれ取って』とか『あれ買ってきてあれ』とか言われている内に自然と身についてしまった知恵のお陰かもしれない。それがこんな所で生かされようとは思わなかったが。
さて、家には飲み物だけなら沢山ある。災害用や常飲用のストックを多めに入れてあるらしい。夏だからか、スポーツドリンクも割と入れてある。これこそ常温であるべきなのに、何故か全部冷蔵庫に入っているのが謎だが。キンキンに冷えた飲み物はお腹を壊すから控えた方がいい気がするんだけど。
親と俺の思想はさておいて、常備された水のうち冷蔵庫に入れていないものを取り出して、テーブル上のコップに注ぐ。
そして水出しのティーパックを取り出し浮かせて踊らせる。フヨフヨと糸を動かすほど、心地よさそうに緑茶の色を出していく。水出し茶を作ると決まって夏を感じるのは何故だろう。風鈴と似たようなものかな。
「この子、楽しそうですね」
「本当にね」
いつの間にやらレイルが隣にやってきた。
王女様が隣にいる。
一生体験することなんて無いと感じていた構図がここにある。いや、普通ならあり得ない。日本で暮らす以上、皇室の人間にお会いする以外にはあり得ないことだし、それにその確率だって宝くじの高額当選並に低い。どこかしらの国の『王位継承権何千位』を保持している人なら居るやもしれないが、そんな人は皇室の人間とは呼べない。
しかも何より、王女と言っても地球のではなくて、それを飛び越しての宇宙だ。何百億分の一では下らない。兆、京、垓……でも足らない程の確率だろう。どうして俺が引き当てた。その運で宝くじ買えただろうに。
それは置いといて、一般的な皇室の人たちと比べると彼女からは王女らしき素養を感じられないのが不思議ではある。姿以外。
「……ポッ」
「何照れてんのさ」
「いえ……異性にまじまじとお顔を見つめられるのは、初めてでして……」
真っ赤にした顔を手で覆って、しゃがみ込んで悶絶している。
可愛らしいとは思うが不思議と邪な感情は浮かばない。
けれど、こういうまったりとした雰囲気は嫌いではない。先ほどまでのドタバタと比べたら寧ろプラスになるぐらいには、こういう日常の断片みたいな当たり前を大事にしたい。
「はい、お待たせ。水出し茶」
「ほほう、やっぱり和を感じますね」
「何故和を知っている」
「和ってのはこっちの言葉で、風情があるって意味です」
「ああそう……」
はぐらかされた?
彼女が別の星に生きていたのなら、言葉の解釈を知らなくて然るべきな気がするけど。実際違った訳だし、同音異義語みたいなものなのかな。
……ふとした疑問だけれど、仮に宇宙人であることが事実だとして、何故彼女は日本語を話しているのだろう。
例えば無学な日本人がアラビア語で話しかけられたところで、コミュニケーションを取ることは絶対に出来ないはずだ。宇宙人なら宇宙の独特な言葉で会話をしてくるだろうし……。なのにそういった言葉の壁なんて一切無く、しっかりとした日本語としてこちらに伝わってきている……。
これで違和感を感じない方がおかしい。
そういえばさっき、日本語の事を『国語』と言っていたような気がする。
自分自身が住んでいる、国や星の第一言語について勉強することを国語と呼ぶはずではないのか。しかもよりによってどうして日本語のことをそう呼んだのか。
あれか。国語=外国語って意味合いで発したのかな。それとも別の、もっと複雑な……。
……余計なことを聞いて話が余計に拗れるのはお約束だし、言われた通りの視点で見ておいた方が気が楽だ。それに無闇矢鱈と他人を詮索するのも、あまり心地良くはない。少なくとも自分がされたら嫌だし考えないでおこう。
だから今は自分自身にも関係があることを聞いていこう。
日本語がどうとか、国語がどうとか、そういうことはこの際気にしない。
「よし、落ち着いただろう。どうして俺の名前を知ってるのか、教えて貰おうか」
「やだ、ルオンさん、なんか悪役っぽい」
「いい加減話を逸らすなよ……。俺が関わる何か重要なことでも隠してるのか?」
「…………」
「…………」
「……おーい」
「……お茶、美味しいですね」
「図星か」
満面の笑みだった。
この調子だと問いに答える素振りは無さそうだ。それだけ彼女にとって都合が悪いことなのか。
お茶の味だけを心から味わっている彼女に呆れるばかりだ。いや、安息もか。
……弱ったな。
無理矢理何かを言わせるのは性に合わない。どうにか穏便に聞き出すことが出来ればいいのだけれど……。
「……!!」
「どうした……?」
『トントン』
と、玄関から微かだが、少し強めのノックが聞こえてくる……。
恐らく二度目。聞こえていないと思って強く叩いたな?
このノック……先ほどレイルが取った行動と同じだ。
ということは……これは、まさか。
「お迎えだぞ」
「あの、ルオンさん。出てもらえませんか? 覚悟は出来てますので」
「心変わり早っ。ちょっとは止めるもんじゃないのかよ」
「王女たるものこのぐらいは」
消化不良だなおい。帰る気になったならいいけどさ……。
せめて帰る前に、全て話してもらおう――。
——はてさて、明日の午後から夏休み。
これが仮に、物語だったらどうだろう。
こんなドタバタ系の題材が早くに終わるか? 幾ら短編でも序盤も良いところじゃないか? 回収していない伏線がありすぎないか? そもそも登場キャラクターが少なすぎやしないか? 現実は小説より奇なりとか言うぞ?
……ああ。
余計に話がこじれる気がしてきた。