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家出してきた王女さまを[かくまう]ことになりました。  作者: くろめ
第二章『Magic Nightmare.(まじないとまれ。)』
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5 夢を見ました。

 彼女を寝かせた部屋へと向かっていく。扉は開けたままだった。

 あんな怪我だった訳だし、てっきりまだ目覚めないと思っていた。けれど無理をしているのか、それとも既に疲れが取れているのか。ミーアはベッドにじっと座って外を見つめている。


 ……話しかけていいものやら。


 自分の世界に入っているみたいだから、そのまま下に降りようかとも考えた。けれど、ミーアがそれより先に気付いて微笑んでくれた。


「ルオン様、どうぞ」


 彼女は手招きしながら電気を点ける。

 ……?

 ――部屋が明るくなって、ようやっと彼女の姿がよく見えた。

 けれど、何だか違和感がある……。なんだろう。


「こちらへ」


 ミーアは再びベッドに座り隣をポンポンとする。

 ああそっか、違和感の正体が分かった。魔術で付けられたらしい傷が一切、無くなっている。応急処置として巻いておいた包帯だけならともかく……。露出した肌の傷がひとつたりとも残っていない。


 そのことについて聞きたかったが、それよりもまずは彼女の話を聞くことにしよう。それできっと分かることだろうから。

 そう思って指示された通りに隣へ座って待っていると、彼女はフゥと一呼吸して話し出す。


あてくし、このままではレイル様に見せる顔がありませんね」


 笑ってはいるものの、声の調子と言葉からしてきっと強がりだ。あざ笑っているようにも取れる。その言葉には、彼女自身の辛さや悲しさの念が込められているように感じる。


「そうかな」

「ええ。レイル様との約束を破り、命がけの戦いをしてしまったことは何よりの無礼です」

「レイルは気にしないと思うけどな、そんなこと」


 レイルはミーアのことを家臣だと思ってる訳じゃないし、友達だって本人も言っていた。

 だから顔向けだとかそう真面目になるより、もっと楽観的に居ても良いんじゃないか。


「ええ、分かっております」


 ひと呼吸置いて、彼女はまた口を開く。


「けれど私は、相手を理解していたにも関わらず無様に負けてしまった。勝てるはずのない相手なのにも関わらず……」

「勝てるはずがない……? どうして」

「……魔術です」


 曰く、彼女は物理に特化した戦士であるがゆえに、間接的な攻撃をしてくる魔術師にはとても弱いらしい。なんだかRPGの能力値に近いものを感じる。攻撃と防御が高い代わりに魔法系のステータスが劣る状況だろう。


「単なる魔術ならば鎧が弾くはず。しかし彼女の実力が高すぎるためか、防ぎ切ることが敵わず……」

「相性が凄く悪いんだな」

「ご名答です。けれど、もう負けません」

「分が悪いのに? 大丈夫なのか?」

「ええ。仮にあの異様な夢で起きたことが事実であるならば、ですけれど」


 全身に悪寒が走った。

 ぞわりと全身に鳥肌が立ち、寒気すら呼び寄せる。


 ミーアは今何て言っただろう。異様な夢……って、そう言った。

 どうして俺は震えた? どうして……?


『そして、そこのミーアが再び悪夢を見る』


 ……魔術師の予言だ。


「ルオン様?」

「あ、いや! 俺自身も悪夢は興味あるし、あはは、大丈夫だよ」

「……なるほど、隠し事であられます?」


 隠そうと思ってた訳じゃないんだけどな。

 だけど、今彼女に負けた相手の話をしていいのかは悩む。下手なことを言って、辛い思いを抱えさせたくないから。


「……いえ、仰らずとも分かりますよ。あの魔術師、予言を残していかれました?」

「えっ……何で分かるの?」

「思考の読み取りです」


 思考を読み取る能力。ゲームで聞いたことがある。

 確か悟り妖怪だったかな。第三の眼で相手の思考を読み取るみたいな……。

 そんな能力を持った人が現実に存在するなんて……しかもこんな間近に。

 ってことはこれまでの思考も……今考えてることも読み取られてる……?


 というか……こないだレイルの居場所を当ててみせたのも……もしかして……?


「表情が青くなってきたので申し上げますが、嘘ですからね?」

「冗談やめてよ今めっちゃ怖かったんだけど見てよこの鳥肌」


 めっちゃ早口で言う。恥ずかしさや怖さだけじゃない、これまで持ってきた感情がグルグル回り混ざって若干キモいことになっていたから。


「ふふふ……。それで、悪夢という点が当たっていると……」

「あぁ、うん。今の話を聞いてる限りだとね」

「他の予言は何でしたっけ?」


 あとはもう二つあったはず。


・今日は家族が一人増える日

・母親は急な残業で帰宅できなくなる


「…………」

「おそらく当たります。現にファル=エムイードが加わったではありませんか」


 こちら側の陣営に加担した以上、彼を向こう側に帰すと、彼自身が危険な目に遭ってしまうかもしれない。

 それよりか、このままレイルの護衛につけた方がいいと思う。


 ……けれどまさか、それすら当てにくるとは。

 いやでも、これは遠目で観察をしていて、なおかつキレ者であれば分かることだ。


 あとは母さんの残業か。

 それさえ当たらなければいいんだ。それだけで、あの魔術師のことばが戯言だとわかる。


「俺のせいで世界が崩壊するなんて、そんなこと考えたくない……」


 辛かった。突然自分がその責務や責任を押し付けられたのだから。

 俺はレイルをただ[かくまって]いるだけ。そのはずなのに、これほどまで重い責任を被せられることになるなんて。相手の国から何かしらの罪を受けることは想定していた。だけど、地球まで被害を受けるなんて……そんな、そんな……。


「ルオン様……――予言とは、遠くを視るほど質が落ちるものです。今日の出来事を軽々と当てられたとしても、一週間、いや、一月先のことはどうなるか分かりません。なのでどうか、気負わずに前を向いてください」

「ミーア……」


 彼女の優しくも真剣な眼差しで、心の枷が少しだけ外れた気がする。

 そして、開けたままの扉から声が聞こえてくる。


「抱え込むのは感心できませんね。ルオンさん」

「レイル……」

「そうです。貴方との契約者、レイルですよ」


 彼女の姿が見えた。


 …………。


 たったそれだけなのに、少しだけ泣いた……かもしれない。

 正直覚えていない。

 だけど俺はしばらくの間、二人に支えられていた。それだけ覚えている。


 平和で生きてきた自分に突如降りかかった重圧を、全部打ち明けた。

 二人は理解してくれた。

 もちろん、謝ってもくれた。けれど、俺は謝ることを求めていなかった。

 ただ、支えてほしかった。

 それも告げた。自分がどうにかなりそうだったから。


 その後のことは、よく覚えていない。 

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