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家出してきた王女さまを[かくまう]ことになりました。  作者: くろめ
第二章『Magic Nightmare.(まじないとまれ。)』
27/55

4 王女さまは切り替え上手。

「……」

「あの……レイル?」

「…………」


 探し出して事態を話して、それから彼女の容体を見てからずっとこの調子だ。何を言っても返答をせず黙ったまま。

 リビングに戻ってきてからも、彼女はただ点いてないテレビ画面を視ているだけ。


 いや、きっとテレビモニターすら見えていない。

 具体的には、彼女の心ここにあらずといった感じだ。その脳裏に浮かぶものは、きっとミーアのことだろう。


「大丈夫だよ、きっとすぐに良くなるよ」

「……そうでしょうか」


 やっぱり。やっぱりミーアのことを気にかけていた。気持ちの重みはその声量からも伝わってくる。いつになく小さい。

 いつものレイルが嘘みたいだ。放っておいたらそのまま朽ちてしまいそうな程に脆くて弱々しい。


「――……ルオンさん」

「どうした?」


 声のトーンは変わらない。でも、さっきとは違って声が震えている。


「友が傷付くのは……辛いですね……。彼女の傷を見ているだけでも痛々しくて、見て居られませんでした……」

「……そうだな、辛い」


 彼女にとって、大切な友達。唯一の友達であると、レイルは確かにそう言っていた。


『友が何も知らぬまま、悔やみきれない思いを抱えることになると考えたことがありますか?』


 朝方の言葉が脳裏で反響する。

 ミーアだけでなく、俺の心まで揺さぶらせたあの言葉。


 レイルにあそこまで言われて、どうして彼女は魔術師に立ち向かったのだろう。

 戦士であるなら、相手の力量をその目で判断できるはずじゃないのか。明らかに異常な雰囲気を醸し出していたことは俺にも伝わったのだから、ミーアに感じられないというのは不自然だ。

 

「餅、焼いてくるね」


 今は慰めるよりも、一人にしておいた方がいい気がする。


 周囲の友達が傷ついた経験なんて一度もない自分が優しい言葉をかけても無駄だ。余計にレイルを苦しめてしまうかもしれない。

 だから今は、さっきファルとした約束を優先しよう。レイルは心を落ち着ける時間だ……。


「あ、私のもお願いします。スポドリ付きで」

「割と元気じゃねーか」


 何だかんだレイルはレイルだった。






 醤油で焼いた餅を、海苔で包んで皿に乗せる。

 俺にとっては何でもない、手間のかからない簡単な料理だけれど、ファルから見ればそれがとても素敵に映ったようで目をキラキラと輝かせていた。

 さすがにぼた餅を作る余裕はなかったけれど、即席な焼餅なら簡単だ。


「良く伸びるし、熱いから気をつけなよ」

「伸びるの!? う、うんっ。気をつける」


 向かいに座るファルはさっきトースターを眺めていたけれど、赤外線で赤くなるのを怖がって避難してしまった。見ていたなら、中で餅がぷわりと膨らんだのを見られただろうけど。

 俺としてはその部分を見て欲しかった。少し残念だけど、本人が嫌がっている中無理に見せるのは良くないし、寧ろこれはこれで反応を楽しめて面白い。


 俺の隣に座るレイルは、頬杖をつきながら足をプラプラとさせている。

 落ち着きが無い辺り、やっぱりファルのことは信用しきれていないのかな。まあ無理もないよな。本来は追っ手として来ていた訳だし……。

 けれど、彼は誤解こそあれど食べ物に釣られていた訳だし、こうして食べ物さえ与えてしまえばもう連れ帰ろうとは思わないだろう。


「レイル、多分ファルについては安心していいと思うよ」

「そうですね。それよりも、お餅が足りない現状を大変不服に感じています」

「餅かよ」

「その、私も食べたくてですね……」


 ……ファルの分しか無かったんだもんな、しょうがない。

 別にレイルは彼に対して信用を置いていないとかそういう訳ではないみたいで安心したけれど、餅に関してはどうしようもない。


 外に買いに出たい気持ちも山々だけれど、ミーアが戦闘不能な状況の今外に出る訳にはいかない。

 母さんに頼もうかな。


「いただきます」


 俺が昼食のことを考えている内に、ファルは目を瞑って手を合わせて一礼をする。

 日本と変わらない、食事の際にする当たり前の礼儀作法だ。レイルもミーアも同じようにしてたっけ。


 ファルもそうだけど、レイルやミーアも同じようにしていた辺り、地球の文化に対する勉強は義務教育か何かで済ませているのかな。超宇宙規模のグローバルだな。そんなことより余計に自分の国について学んだ方が有意義な気がしなくもないけど。

 それを思うに義務教育という線は薄い。


「はふ、はふ……」


 ……考えにくいなあ。そもそもこんな辺境の星の言語覚える必要あるか?

 だったら何だろう、教育者か何かが居るってことなのかな。


「んゆゆゆ……」


 そういえばさっきファルが言っていた言葉は、日本特有の「棚からぼた餅」ということわざだった。

 その言葉を教えたのは、憶測だけど「先生」と呼ばれる人物。


 この先生って奴、何だか怪しくないか?


「あのさ、先生って一体――」

「あールオンさん!! 見てくださいファルさんの顔!!」

「うん? お、おお……」


 とても、幸せそう……。

 お餅を食べてここまで笑みを溢した人を俺は知らない。

 いや、もしかしたら食べ物と一緒に幸せを噛みしめた人を初めて見たかもしれない。


「おいひいぃ~~」


 今にもとろけてしまいそうな声……。

 ああ……ほんわりする……。

 幸せボイスに耳を包まれて、しかも美味しそうに餅を伸ばしながら食べるさま……反則だ。

 心が穏やかに浄化されるような、そんな気がする。ある種の天使を見ているような気分にすらなってくる……。


「ご近所さんに見せられない顔してますよルオンさん」


 現実に戻された。出来ればもう少し浸っていたかったなあ……。

 でもそんな酷い顔してたのか俺……。表情筋が緩みに緩んでた自覚はあるけど、まさかそこまでなんて。


「飲み込みづらいから良く噛むんだぞ」

「ふぁーい!」


 そうはいってもやっぱり苦戦するんだな……。

 どうにかこうにか餅を切り離そうと苦闘している姿もまた面白い。


「ふっへへ~……和みますね」

「家臣に見せられない顔してるぞレイル」


 ファルのことはさほど気にも留めていなかったようだ。だって気にしてたのは自分の餅の有無だったもんな。そりゃそうか。


「けほっけほっ……んんっ」


 と、レイルに気を取られている内に、どうやら一口食べ終えたみたい……。

 って……詰まらせてないか!?


「ん!! ごほっげほっ!!」

「お、おい! 大丈夫か!?」

「ん……んん!!! はぁ、はぁ……ら、らひ……らひひょふ……」


 あぁ、言わんこっちゃない。


「餅は日本で最も人を殺してる食べ物だからな、気を付けてな」

「ひっ……」

「ルオンさん!?」


 自分自身が死にそうになっていたこともあって、ファルは素直に聞き入れてくれた。

 というか一番びっくりしてるのレイルだなこれ。


「あ、ルオンさん、スポドリだけでもください」

「切り替えはえーよ。分かった、待ってて」


 ルオンさんこそ、という声が聞こえてきた気がしたけどまあ気にしない。


「仲良しなんだね。レイルさまとルオンさま」

「よしてくれよ、これでもこないだまで俺は拒絶してたからな」

「でも今は違うんでしょ?」


 ……確かに今はこうして普通にコミュニケーションを取れている。だけど言ってしまえばまだそれだけだ。事細かにレイルのことを知っている訳ではないし、あくまで「契約者」って表現の方が妥当な気がしなくもない。


「まあ……一緒に居たら疲れるけど、楽しいな」


 ……何を言ってるんだろうな、俺。


「私も、行き当たりばったりでしたけど、ルオンさんと居られて楽しいですよ」

「ひゅーひゅー」


 純粋に見えてこいつ……小悪魔だな、ファル……。

 この短時間で、ファルが純粋かつ普通の少年なのだと理解した。勿論、精神的な面で。


「はいスポドリ。ちとミーアの様子見てくる」

「ありがとうございます。私は……待ってます」


 そう言ってもどうせ二人ともついて来るんだろうなと、そう思っていたのに以外だ。

 隠してはいるけれど、レイルはやっぱり心の整理がついてないんだな……。


 キッチンを出て行こうとしたときに、ファルが駆け寄ってきた。どうかしたのだろうか。


「レイルさまとお話ししてるね」

「ああうん、任せたよ」


 ……ファルはなんとなく状況を察しているのかな。

 幼く見えるけど、大人な一面もあるんだな。


 目聡い上に察することができる。なんだか、良い弟ができた気分だなあ。

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