3 魔術師が語る未来。
……何が起きてるんだ?
出て行ったミーアが気になって仕方がない。少なくとも、玄関の段差に座って考え込む程度には。
出て行った理由は追っ手だろう。それぐらいしか思い浮かばない。
ファルに続いて誰かが来ていたとも考えられるし……。ずっとここで悶々としてても仕方がないんだろうけど……。
「ファル、何か知ってるか?」
とりあえず尋ねてみる。この子も一応追っ手な訳だから、何かしら情報は持っているのではと思って。
「もしかしたら、王様が頼ってた人かも……」
「王様が?」
「うん……黒いローブを羽織ってて、なんだかちょっと変な人だった」
また変な人か。変な奴多すぎなんだよライフェリス人。
この数日現れた奴らでギリギリまともだったのレイルぐらいじゃん……。
ギリギリって言っても……まあその……変だけど。
でも彼女は世間知らずゆえに説明が下手くそだと考えるとまだまともだ。
ミーアやこないだ来た変態は暴走するし、今日も今日とて嫌な予感しかしないよ……。
とりあえずミーアが勝つことを祈りつつ、レイルを誘導しないとな。
俺は俺の出来ることをしなきゃ。
「わわ……」
「どうした……ってうわぁ!!」
揺れてる。
家が揺れてる……。
……止まったか。
……たった一瞬だったけれど、まるで強い地震みたいな突発的な揺れだった。
「ファル、大丈夫か?」
「ん、だいじょぶ。ちょっと痛いけど……」
ああ、揺れで転んで顔を打ったのか……。
顔を打つってかなり痛いはずだけど、どうやら打ちどころがよかったらしい。
「ルオンさん!? 何ですか今の!!」
「レイルは隠れて!! 俺は外見てくる!!」
「えぇ!? 台風の中で川の様子見に行くレベルの愚行ですよ!?」
何でその表現を知ってるんだ……っていやいや今はそんなことどうでもいい。
とにかくミーアの安否が心配だ。音もなく穏便に終わるのがこれまでだったけれど、今回は家が揺れた。何も起きてないと考える方が難しい。
「だったら連れ戻す。ミーアには命を優先してほしいんだろ?」
「そうですが……そしたらルオンさんが……」
自分の身を案じてくれることは嬉しい。勿論、俺がすべきことはレイルを[かくまう]ことなのは分かってる。もしかしたらレイルは、そのことを気にしているのかもしれない。
けれど怪我人を放っておくのも自分の性に合わない。それならいっそのこと動いた方がいいじゃないか。
「……行ってくる」
「ルオンさん!!!!」
「危ないです!! レイルさまは――」
玄関扉を閉めた。これでもう声は聞こえてこない。
「フフフ……本命が来たねぇ」
「黒のローブ……やっぱり……!」
ファルが言った通りの変な人がいる。
いや、それよりもミーアはどこに……!?
「横のお庭で伸びているさね、もっと近くで見てみなさいな」
「……嘘だろ?」
大きな穴が空いてる……まるでクレーターのように何かが、何かが落ちたみたいだ……。
まさか。
「ミーア!!」
彼女が落とされた衝撃で出来たんだ……。
「簡単な魔術さね。浮かせることから、圧をかけるまで自由自在じゃ」
「そんな……」
「物理が魔術に勝てんことは当たり前ではないか。まぁ、気絶してるだけじゃから安心せえ……それよりもな、お前に用があるんじゃよ私は」
「……俺?」
「そうじゃ。一国の王女を守ろうとは阿保な真似を考えおって……。このまま行くと大変なことになるぞよ」
ミーアは無事……それが分かるだけでも安心ではある。
だけど、また何かおかしなことに巻き込まれる気がする。
「疑り深い視線じゃな。まあ無理もない……。ではそうじゃな……今日は家族が一人増える日じゃな。それも、お前にとっては弟みたいに思える存在が。それと、急な残業が入りお前の母親は帰宅できなくなる。そして、そこのミーアが再び悪夢を見る」
「はあ……?」
「……今は流して聞いてくれて構わぬ。じゃがな、もしこれが的中した時には、今から言う言葉を思い返してほしい」
≪星と星の衝突。少年のエゴにより二つを破滅へと導く≫
「……は?」
何を言ってるんだこの人は……。
確かに俺はこういう予言みたいなオカルトが好きだけれど、いざ目の前にして言われたら頭のおかしい人が戯言を放っているようにしか聞こえない。
「明日の昼過ぎに答えを聞きにこよう。それまでに考えておくことじゃ」
「考えるって、何を……」
「王女さまを諦めるか……それとも……破滅を知らぬ存ぜぬで貫き通すか……じゃな」
「悪いけど、そんな言葉には惑わされないからな」
「フフフ、そうかい。まあいい。さて、ミーアが目覚める。しっかりと答えを考えるんだねぇ……少年ルオンよ……もしお前が後者を選んだら……どうなるかは分かっているな――」
待て! と声を発する前に、不思議な口調の女は姿を消してしまった……。
何なんだ……?
…………。
「……あんなの嘘だ……嘘だよ」
あの魔術師は口から出任せの嘘を吐いたんだ。
そんな、未来が読めるなんてチートが有って良い訳ない。
「…………」
「ルオン様……」
重い足取りと共にやってきたヴァルキリー・ミーアは傷だらけだ。これ以上戦うことなんて出来ない程に。
「ミーア……大丈夫か」
「生きてますゆえ……」
苦しいだろうに、意識朦朧としているだろうに……。
「ルオン様……あのまじない師には……どんな攻撃をしても、全て……避けられてしまいます……。一撃でも、一撃でも与えられたなら……」
「もういい今は喋るなよ……」
今にも血反吐が出るのではないかとひやひやする。そんな状況下でも、ミーアは無理して言葉を続けようとする……。心が締め付けられそうだ……。
「ルオン様……ごめんなさい……私が、未熟なばっかりに……」
気にしなくて良いよ。その一言を口に出すのが憚られるほど、彼女は衰弱している。
今俺に出来ることは何だろう。
ミーアの状況も相まって、複雑になってしまった。頭が痛い。
魔術師が言っていたあの選択。俺はこれに向き合わなくてはならない。
胃酸が過剰に分泌されてるのか、胃の辺りがモヤモヤして堪らない。
嘘であることを信じていくか、それとも――。
後でレイルに伝えておかなきゃな……。




