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家出してきた王女さまを[かくまう]ことになりました。  作者: くろめ
第二章『Magic Nightmare.(まじないとまれ。)』
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2 スピード勝負!? 即行のファル=エムイード!

「え……?」


 決着までの時間は僅か数瞬だった。

 いやそれどころの騒ぎではない。最早瞬きする間もなかった。


 ファル=エムイード。

 速攻を自称した幼い少年はそう名乗った。


 確かに、確かにその異名は伊達じゃなかった。

 けれどまさか、こんな急に勝負が決まるなんて……。


 ものの見事に()()で決まった。

 敗者は膝から崩れ落ち、荒れた呼吸を整えようと必死になっている。


 ……一度脳内を整理しよう。一体何があったんだっけ。



 遡ること数分前。

 レイルに対して掃除のやり方を口授して休憩をしていた時に、外で見張りをしていたミーアが俺を呼んだ。

 嫌な予感がしたものの、呼ばれているのだから出ない訳にもいかず玄関扉を開く。


「ボクは()()のファル=エムイード!! レイル様を取り戻しに来たよ!!」


 そう言ってからこの目に映る光景になるまでほんの数瞬。

 俺には何が起きたのか一切判断しかねるが、どうやら勝敗は決してしまったようだった。


 僅か一瞬で立ち上がった砂埃が、異次元な戦いであったことを思わせる。微かに見える影から察するに、立っているのは一人だけ。

 こんな早い猛攻だったのか……流石速攻を自称するだけのことはある……。


 果たしてミーアは無事だろうか。ここまで砂煙が舞っているのだ。流石の彼女でも怪我をしているに決まっている。

 それだけではない。ファルに対してゲームを執り行う必要も出来たのだ。レイルに指示をせねば……。


 などとこれまた数瞬の間脳内を整理していると砂埃が消えて、ようやっと二人の姿が見えるようになった。


「え……?」


 その光景に俺は目を疑う。

 人間の理解の範疇を超えた状況がそこにあった。


「参りました」


 ファル=エムイードは土下座した。


 速攻は、即行で敗れた。

 そう。やられたのはミーアではなく、挑んできた彼自身。


 この一瞬で何があったのかは定かではないが、どうやら圧倒的な実力差でファルが敗北したのだ。

 そうだとしたらミーアどれだけ強いんだよという話にもなるが。


 先ほどまでの調子―一瞬しか見ていないが―はどこへやら、挑戦者は汗をだらっだらに流して慈悲を請う。こんな瞬間的に汗に塗れることができるんだなあと変な感嘆が脳裏を過ぎる。


 ああ、こいつはアレか。

 ゲームで最初に出てくる威勢の良いザコ敵みたいなポジションの奴だ(二番目だけど)。

 全力で自らの力強さを主張するが、結局はそうでもない。完全に出る順番を間違えたチュートリアルに相応しい敵なのではないか。


「いいですよ。頭を上げてくださいませ」


 急に攻撃したことをミーアはさほど気にしていない様子だ。

 彼女が手を差し伸べると、ファルは少し考えてからその手を取り立ち上がる。


 少年がパシパシと短パンの砂を払うと、ミーアは聞く。


「どうしてこんなことをなさったのです?」


 少年はまた少し考えて、それからミーアの瞳を見つめる。

 すると、ようやく口を開く。


「あのね、ボク、ぼた餅が食べたかったの」

「ぼた餅!? どういうこと?」


 思わず俺もツッコんでしまった。ぼた餅って言えばあのおはぎみたいな奴だよな?

 それをどうして欲しているのか。

 もしや、お腹でも空いているのだろうか。


「勝ったら、棚からぼた餅だって先生が言ってた」

「……? 棚から、ぼた餅、ですか?」


 ミーアはまるで意味が分かっていないようで疑問符を浮かべる。

 棚からぼた餅と言えば『手柄を奪い取ることで報酬を得る』みたいな意味だったと思う。それをどうして日本ですら無い別の星に生きる連中が知っているのかはさて置いて、少年が意味をはき違えているということは理解できた。


 けれどそれを少年に言ったらどう思うのだろう。

 別の星からわざわざここまで来たのだから、残念に思わせるのは出来るだけ避けたい。切なげな顔はなるたけ見たくないのだ。


 ぼた餅が欲しいというのがここまで来た目的ならば、ぼた餅、あるいは何かしらの甘いものを出せばいい。

 レイルを取り戻すことが彼の主目的ではないのならば、けん制する必要もない。


「……何か食べてくか?」

「え、いいの!?」


 少年の目がキラリと光る。どうやら予想は当たったらしい。


「レイルに手を出さないことが条件だ。お前は負けたんだから」


 けれど俺も甘いな……。

 自分のしでかす突拍子もないことに頭を抱えたくなるが、雰囲気に合っていないから我慢する。

 それをよそにミーアは不安げな表情だ。


「ルオン様、いいのですか……?」

「大丈夫じゃないかな。本来の目的は食べ物みたいだし」

「……一任します」


 その理由だけでは彼女の心配が尽きないようで、言葉とは裏腹に表情は更に曇る。

 彼女はレイルを一番に考えているからこそここまで心配しているのだから、それを裏切るような真似は極力するべきではないだろう。

 だが、実際この少年からは大して敵意を感じられない。自分みたいな戦闘のにわかがそんなことを言うのもおかしな話なのだろうが、自分の勘が安全だと呟いている。


「ミーア、もしもの時は頼んだ。それ以外は俺が対処する」

「もしも……はい。承りました」


 ミーアにそっと耳打ちする。

 彼女が居ればとりあえず何かがあっても安心だろうから。


 少年を家に招き入れつつ、レイルに安全を呼びかける。

 お菓子を開けながら、ファルが知っている情報を教えてもらおうと思う。

 さっき彼がさりげなく言っていた『先生』という存在も何となく気になっていたからだ。何だか嫌な予感がしてならないため本当はあまり触れたくないワードだが、話を聞けるのならば聞いておいた方がいいだろうし……--。


「ルオン様!! 直ぐに屋内に退避を!!」

「えっ……」

「あてくしは外に出ます。二人のことはお任せします!!」

「ちょっと待って……ミーア!!」


 ……言葉も届くことなく、無慈悲に扉は閉じてしまった。

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