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家出してきた王女さまを[かくまう]ことになりました。  作者: くろめ
第二章『Magic Nightmare.(まじないとまれ。)』
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プロローグ ポケットマネーが飛んでいく。

 命の星。

 青色の空模様や周囲の街並みを見るだけでは、この土地が地球のどこかであると錯覚してしまうことであろう。


 土があり水があり、緑や魚のような多様な命も存在している。これでは地球と見間違えて当然だ。

 見るからに地球と似通った風景を持つその星をライフェリスという。


 地球人が求める「生命のある星」は僅か十数光年先にあった。正に灯台下暗し。


 この星は非常に規模が小さい。地球と比べると一回りも二回りも。


 そんな小さな星にあるたった一つの王宮の一室で王様が座して悩んでいた。

 この日は幸運にも来客は少なく側近と無駄話をするだけの時間を取ることができた。

 陽当たりが良いためか、王様はついつい欠伸をしてしまう。


「そこの……パエリアだったかな?」

「ファリエです。ファリエ=ヴァルターニュです」

「わしもそろそろボケてきたのう……で、ベルサイユよ」

「おいアラフォー。ヴァルターニュですから」


 補足だが、ライフェリス人の寿命は地球人とほぼ同じで80~100歳とされている。

 つまりアラフォーの彼はまだまだ現役のオッサンである。その癖自分はもう歳だとか腰が痛いだとか、杖を持ちたいだとかを一般大衆にまで愚痴るようになってきたのだから、側近のファリエには堪ったものではない。


 確かに王様の気持ちを尊重したいのだが、こうも国の頂に立つ者が弱気だと調子が狂う。今回に至ってはボケたフリをやらかしてきた。側近としてはイライラが募ることだろう。


「んで、何ですかラッキーボケ初老」

「流石に酷くない!?」

「すみません。つい思ったことが」

「王様悲しいよ……ゴホン。まあいい。良く王宮に来るまじない師なんだが」


 言動を整え直そうと咳き込むのは彼の癖だ。側近としては弄られる度に素に戻るのが面白くて堪らない。


 宮殿は王様の家であり、そして一般大衆のために解放された公共の場でもある。そのため一定の条件こそあるものの、ほぼ自由に誰でも王様と会話をすることができる仕組みになっている。

 このまじない師というのはその例に漏れずよく王様に接触を図る人物で、彼女が幼い頃から親交してきた。


 本来であれば『儀礼の下の王』を敬愛する気持ちで誰もが接する。しかし裏を返すと『個人としての王様』には大して興味が無いことになる。

 例えば料理人が王様に対して好物を聞いたとてそれは『儀礼のために』料理を振舞う場合に過ぎず、個人的にもてなすことは皆無に等しい。個人としての王様の地位は一般大衆と同じぐらいだろう。それも貴族ではなく、その下ぐらいか。


 だがこのまじない師を含む僅かな者は王様個人の気持ちを尊重してくれる。儀礼云々に関わらず、個としての王様を好意的に見る貴重な存在だ。


「ワシを呼んだかね?」

「うわっ!?」「うぉ!?」


 神出鬼没、まじない師は王様と側近の直ぐ後ろに居た。ローブを身にまとい、顔を見ることは出来ない。ただそのババ臭い口調だけが良く伝わってくる。


「いつからそこに?」

「まじないが指し示した結果さね。この時間にここで王様に呼ばれると出ていたさ」


 まるで予言と取れるほどの技をこの場で見せつけられたのだ、二人は感心せざるを得ない。


「その技を是非儀礼にも生かしたいものだ」

「フフフ、ワシの力はそう大それたものではござらんて」


 王様共々暢気に楽しく話を続けていると、そこに見覚えのある男が一人やってきた。

 身体は汚れていて戦いの跡を感じる。


「ガラン・G・ブレイカー。只今帰還致したぁ」


 ドの付く変態紳士が戻ってきた。だがそれを王様の前に出すことはない。公共の場で基地外になる程彼も馬鹿ではない。


「おお、割と早かったな! レイルは無事か?」

「いいや王よ。あの家出娘ちゃんはジ・アースに留まる気らしい~」

「……姫さまが自発的に戻られることは無さそうですね」


 ファリエは頭を抱える。レイルを取り戻す作戦は、出来る限り穏便にかつ大衆に知られる前に行うことを前提にしている。仮にバレてしまえば争いの火種になりかねない。

 地球の民はあくまで王女のわがままによる被害者であって、ライフェリス人に対する加害者ではない。


 だからとりあえずの措置として、レイルは儀礼の関係で長旅に出ていると市民には伝えてある。それで納得して貰えたので、早いところ戻ってきてほしいのが本音なのだ。


「はあ、一人娘がこんなことやらかすとはなあ……」

「だけんど希望はあるぜ王様よぉ。向こう側が提案したゲームをクリアできたら、王女様は潔く帰ってくるってさ」

「ほほう、ゲームか……――なるほど面白いかもしれん」


 王様側としては、大きな争いにしたくはない。つまり、人対人で血で血を洗うような戦いで無ければ問題は無い。そういった手段を相手方から提案されてきたのは寧ろ好都合だ。


「親衛隊、あと何人居たかな?」

「ミーア=レクト=フレネセウロは相手陣営についたから、後一人だな……でもアイツは……」


 バツが悪そうにするガランを見て王様が察する。


「レイルの為なら多少の犠牲をいとわない少女だったかな?」

「んーまあ近い。最悪の場合地球の民が傷つくから、出来る限りやめといた方がいい」

「フフフ、ならばワシが出ようか?」


 これまで話に入ってこなかったまじない師がついに発した提案だった。

 自身の予言染みたまじないとゲームは親和性が高い上に、何より彼女には結末がはっきりと見えていた。


「本当に問題ないのか?」

「勝利の()()()()()()()()()()。そして姫さま自身の力もな……ワシに任せておくがよい」

「頼もしいな、吉報を待っている」

「フフフ……」


 名も無きまじない師の女は、その場から空気のように去っていった。


「じゃ、俺も帰るわ。報酬の振込み忘れんなよぉ」

「王様のポケットマネーから出てますから、大事に使ってくださいね」

「わーってるよ! じゃあなぁ二人とも~」


 怪我を感じさせない程の快活さで、開けた部屋を出て行く。溶接する機械の購入を楽しみにしているようだが、そのことを二人が知る由もないだろう。


「……僕のポケットマネーから出るの?」

「へ? 言ってませんでしたっけ?」

「聞いてないんだけど……幾ら払う約束してたっけ?」

「立派な家屋ひとつ分を土地引っくるめて一括払いできる金額です」

「……僕のお金が」


 王様は素が出てしまうほどにショックを受けてしまった。


「私は請負契約を勧めたつもりですけど」

「だってプロセスも評価したいじゃん!! 委任も悪いことばっかじゃないんだよ!?」

「それで失敗してる人がいるんですよ。目の前に」

「うぐぅ……」


 傷口に塩を塗るのが上手い側近だ。

 平等を建前にしている以上、これからも王様は契約形態を変えることは無いだろう。

 その代わりに王様の個人的なお金が徐々に減っていくことになるのだろうが、それを気にする者はいない。何故ならそれが『儀礼の下の王』ではないからである。


 自分が作り上げた種とはいえ、彼の悩みが尽きることは無さそうだった。


    ☆★☆


 王様達の会話が気になったのか、遠くで聞き耳を立てていた少年がいた。


「へへ、王様に会いにきたつもりが、いいこと聞いちゃった! よぅし……!!」


 雪隠で饅頭を狙い始める。どうやら先に地球へ向かう気らしい。

 先にレイルを奪還すれば、自分の手柄にすることができる。

 そして王様に褒めてもらうのだと、少年は決意した。


 こうしてまた一つ、王様の知らないところで火種が増えてしまったのだった。

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