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家出してきた王女さまを[かくまう]ことになりました。  作者: くろめ
序章『親衛隊の脅威、ガラン・G・ブレイカー』
16/55

15 変質者爆誕。

 帰りの道をゆったり歩く。この蒸し暑さの中、力強く歩くのは到底無理だ。

 どうせ距離も短いのだから、亀のような速度でもいいだろう。


 学校へ急いで行ったとて、最終日にやることと言えば式典そのものぐらいで。

 大して中身がある訳でもなく、副校長先生が当たり障りのない話をして終わりだ。

 そんなこんなで午前も半ば、10時半になる頃には学校から解放された。


 高校の友達には昼食へ誘われたが『家庭の事情』ということにして断った。大切な親友からの誘いであったため、出来ることなら共にしたかったけれど……。

 食べ放題……行きたかったなあ。


 朝食を食べずに学校にやってきたこともあって、「食欲」とレイルとの「契約」を一瞬でも天秤にかけてしまった。己に課せられた、言わば使命にも勝りかけるほどに、友人からの誘いは心を揺らがせた。

 欲とはなんて恐ろしいものなのか。

 今でもまだ間に合うか。いやしかし、その間に追っ手が現れては……。

 

 悶々とアスファルトの道を歩いていると、ふと周辺の違和感を感じ取る。


 人気がない。不思議なぐらいに人が居ない。


 住宅街の路地なんだから、もっと人気があっても良いはずだ。なのに、誰一人として姿が見えない。

 偶然なのだろうが、こういう些細なことが時折気になってしまうから困る。


 もっと面白いのが、車通りも全く無いこと――。


 ……?


 下校する人は?

 蝉の鳴く声は?


 待って。


 音が一つとして聞こえてこない。


「おやおや、迷い人かぃ」

「……!?」


 驚きと反射で後ろを見やると、俺と同じぐらいの歳の男が至近距離にいた。思わず悲鳴を上げそうになる。

 割と渋めな部類に入るであろう顔をしているのだろうが、雰囲気がかっこいい人のそれとは全く異なっている。正反対の気持ち悪いベクトルへ突っ込んでいるような。

 一昔の言い方をするなら、三枚目というやつか。いや、四枚以上かもしれない。


 てか、こんなニヤけた表情で話しかけてくるのは不審者のそれだし、正直言って俺なら関わりたくないタイプだ。仮に俺が女の子だったならば、確実に拒絶をしていたことだろう。

 しかも第一声が『迷い人かい?』ってどんだけ気取ってんだこいつ。


「いやいや、驚かせてしまったねぇ。ボクはゲャンティーユ。よろしくねブラザァ」


 なに……何なの……ホントに意味分からないんだけどこいつ……。

 名乗れと言ってないのにいきなり名乗るし、俺をいきなり兄弟扱いしてくるし。しかも名前の発音めちゃ分かりづらいんだけど……。ゲャ……ゲャ??


「突然だけどさぁ、君と友達になりたいなぁああ」


 言葉の語尾からして下心が丸見えである。ここまで濃いキャラに出会ったのは昨日を含めて三人目だ。

 つか鼻息が荒い!! 鳥肌が立つ!!


 馬鹿にしないで欲しいが、俺はこれでも勘は良い方だ。

 昨日の今日でこんなことがあるんだ、こいつこそが例のあいつだろう。

 怯えはしたが、精一杯の声を絞り出して声に出す。


「お前が……お前が、親衛隊No.2か……?」

「あれぇ!? 何でわかんの?」

「丸わかりだよ!!」


 そこはせめて格好付けろよ。これだとまるでコントだ。

 おかしな返答のせいで恐怖などはとうに消え失せ、あるのは厄介な変人に絡まれた面倒くささだけだ。

 昨日のレイルとミーアからの事前情報があったし、ましてやここまで凝った演出みたいなの出してる奴が、敵でない訳がない。


「あーもう仕方ないねぇ。バレちゃったからには仕方がないぃ」

「や、やるのか……?」

「まあそう身構えなさんな。今日もお前んとこの戦士と戦いたいだけさ」


 それは本意なのだろうか。こいつは今『戦いたいだけ』と言った。

 だとすれば、直通でミーアのところへ向かえばいいはずだ。

 俺のところに来るまでのことなのかという疑問符が浮かんできた。


 そしてもう一つ。

 何で俺が関与している人間と分かったのか。

 奴とはこれまで会ったことなんて無いし、それどころか奴と目を合わせるタイミングも一度として無かった。

 となると、通学中に隠れて見られていたのか……?


「何で俺のこと知ってるの?」

「いーや知らないよぉ。でも家出娘ちゃんの良ぃぃい匂いがしたもんでねぇえ」


 先ほどよりも更に鼻息が荒くなる。


「じ、じゃあ何で俺のところ来たの?」

「いんや、さっき追い出されたからさぁ」

「いや懲りろよ」


 ていうか俺の外出中に戦ってたのかよこわっ……。

 ミーアに家を任せておいて本当によかった。


「……俺に頼んで再戦の申し込みか?」

「んぃや、違うなぁ。裏の理由を話そうかなーって思ってねぇ」

「正直だなおい」


 そう言うと、ゲャンティーユは急に奇妙なほどに神妙な面持ちになる。

 シリアスと言えばその通りな雰囲気になってきたので、流石に自分も真剣になる。

 その口から何を発するのか、ゴクリと生唾を飲み込みながら心して待つ。


「ジュル」


 口元を見るんじゃなかった。

 ヨダレが出てくる瞬間をついうっかり目撃してしまった。うわあ、顎を伝ってポタポタ落ちてる。


「家出娘ちゃんをさあ……恐怖に陥れたいんだよねぇえええええへへへへへへへへへへ」

「ヘ、ヘンタイだーーっ!!」


 振り返って全速力でダッシュする。逃げるしかない、こんな奴とは付き合いきれん。

 俺が彼女を[かくまう]ためには、俺自身が家にいる必要がある。

 あいつにルールが通用するかは分からない。正直あんな変人がゲームを真面目に遊んでいる様を想像することは出来ない。


「まてよぉおおおおおおおーー!!」


 まるで足が増えたかのように、コミカルな動きでこちらに向かってくるそいつはまさしく変態。一心不乱に駆け逃げる俺だが、空腹のせいか力が出ない。


「これでぇええ……」

「ぐっ」


 このままだと追いつかれる……!

 もうダメだっ……!!


「おりゃあああああああああああああああああ」

「えっ……」


 何本足とも分からぬ程にテケテケと走るそいつは、正面に居た。

 いや、正確には、俺の前を走り続けている……。

 尚もひた走り続け、目指す先は一体何処へやら。


 何処へ……。


 あいつが行く場所といったら……俺の家ぐらいしか無いじゃないか!!

 レイル奪還ゆうかいが目的に決まっている!!

 まずい、このままだと俺が準備する前に、何も伝えぬままに事が進んでしまう……!!


「はあぁあッ!!」

「ぐおぉあ!!」


「へ……?」


 今、何かが起きた。

 追いかけるのをやめて立ち止まると、そこに見えるのは凶器……剣を持った……赤い髪色な女の人と、倒れている男……。


 倒れているのは勿論先ほどの男、ゲャンティーユか……?

 じゃあ、この赤い髪の人は……ミーア?


「ミーア!!」

「お怪我はございませんか?」

「ああ、うん。大丈夫……」


 突然のことで回らなかった頭は、安心を得たことでようやく安定してきた。

 どうして彼女がここに居るのかは分からないが、一人で居るよりずっと心強い。


「そうかそうかミーアァ……屋外へ出てきたかぁ」


 頭を抑えながら立ち上がるゲャンティーユ……もとい変質者。


「さあ、決着をつけましょう。ガラン。これで私が勝ったなら、もう二度とこの星へこないで頂きたい」

「ふふふぅ……そう何度も黒星で終わる訳にはいかないねぇ」


 荒々しい雰囲気を醸し出す中、両者は互いに剣を向け合う。

 レイルを守る者と、レイルを取り戻す者。

 俺が、初めて見届けることになる戦いが幕を開けようとしていた。

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