15 変質者爆誕。
帰りの道をゆったり歩く。この蒸し暑さの中、力強く歩くのは到底無理だ。
どうせ距離も短いのだから、亀のような速度でもいいだろう。
学校へ急いで行ったとて、最終日にやることと言えば式典そのものぐらいで。
大して中身がある訳でもなく、副校長先生が当たり障りのない話をして終わりだ。
そんなこんなで午前も半ば、10時半になる頃には学校から解放された。
高校の友達には昼食へ誘われたが『家庭の事情』ということにして断った。大切な親友からの誘いであったため、出来ることなら共にしたかったけれど……。
食べ放題……行きたかったなあ。
朝食を食べずに学校にやってきたこともあって、「食欲」とレイルとの「契約」を一瞬でも天秤にかけてしまった。己に課せられた、言わば使命にも勝りかけるほどに、友人からの誘いは心を揺らがせた。
欲とはなんて恐ろしいものなのか。
今でもまだ間に合うか。いやしかし、その間に追っ手が現れては……。
悶々とアスファルトの道を歩いていると、ふと周辺の違和感を感じ取る。
人気がない。不思議なぐらいに人が居ない。
住宅街の路地なんだから、もっと人気があっても良いはずだ。なのに、誰一人として姿が見えない。
偶然なのだろうが、こういう些細なことが時折気になってしまうから困る。
もっと面白いのが、車通りも全く無いこと――。
……?
下校する人は?
蝉の鳴く声は?
待って。
音が一つとして聞こえてこない。
「おやおや、迷い人かぃ」
「……!?」
驚きと反射で後ろを見やると、俺と同じぐらいの歳の男が至近距離にいた。思わず悲鳴を上げそうになる。
割と渋めな部類に入るであろう顔をしているのだろうが、雰囲気がかっこいい人のそれとは全く異なっている。正反対の気持ち悪いベクトルへ突っ込んでいるような。
一昔の言い方をするなら、三枚目というやつか。いや、四枚以上かもしれない。
てか、こんなニヤけた表情で話しかけてくるのは不審者のそれだし、正直言って俺なら関わりたくないタイプだ。仮に俺が女の子だったならば、確実に拒絶をしていたことだろう。
しかも第一声が『迷い人かい?』ってどんだけ気取ってんだこいつ。
「いやいや、驚かせてしまったねぇ。ボクはゲャンティーユ。よろしくねブラザァ」
なに……何なの……ホントに意味分からないんだけどこいつ……。
名乗れと言ってないのにいきなり名乗るし、俺をいきなり兄弟扱いしてくるし。しかも名前の発音めちゃ分かりづらいんだけど……。ゲャ……ゲャ??
「突然だけどさぁ、君と友達になりたいなぁああ」
言葉の語尾からして下心が丸見えである。ここまで濃いキャラに出会ったのは昨日を含めて三人目だ。
つか鼻息が荒い!! 鳥肌が立つ!!
馬鹿にしないで欲しいが、俺はこれでも勘は良い方だ。
昨日の今日でこんなことがあるんだ、こいつこそが例のあいつだろう。
怯えはしたが、精一杯の声を絞り出して声に出す。
「お前が……お前が、親衛隊No.2か……?」
「あれぇ!? 何でわかんの?」
「丸わかりだよ!!」
そこはせめて格好付けろよ。これだとまるでコントだ。
おかしな返答のせいで恐怖などはとうに消え失せ、あるのは厄介な変人に絡まれた面倒くささだけだ。
昨日のレイルとミーアからの事前情報があったし、ましてやここまで凝った演出みたいなの出してる奴が、敵でない訳がない。
「あーもう仕方ないねぇ。バレちゃったからには仕方がないぃ」
「や、やるのか……?」
「まあそう身構えなさんな。今日もお前んとこの戦士と戦いたいだけさ」
それは本意なのだろうか。こいつは今『戦いたいだけ』と言った。
だとすれば、直通でミーアのところへ向かえばいいはずだ。
俺のところに来るまでのことなのかという疑問符が浮かんできた。
そしてもう一つ。
何で俺が関与している人間と分かったのか。
奴とはこれまで会ったことなんて無いし、それどころか奴と目を合わせるタイミングも一度として無かった。
となると、通学中に隠れて見られていたのか……?
「何で俺のこと知ってるの?」
「いーや知らないよぉ。でも家出娘ちゃんの良ぃぃい匂いがしたもんでねぇえ」
先ほどよりも更に鼻息が荒くなる。
「じ、じゃあ何で俺のところ来たの?」
「いんや、さっき追い出されたからさぁ」
「いや懲りろよ」
ていうか俺の外出中に戦ってたのかよこわっ……。
ミーアに家を任せておいて本当によかった。
「……俺に頼んで再戦の申し込みか?」
「んぃや、違うなぁ。裏の理由を話そうかなーって思ってねぇ」
「正直だなおい」
そう言うと、ゲャンティーユは急に奇妙なほどに神妙な面持ちになる。
シリアスと言えばその通りな雰囲気になってきたので、流石に自分も真剣になる。
その口から何を発するのか、ゴクリと生唾を飲み込みながら心して待つ。
「ジュル」
口元を見るんじゃなかった。
ヨダレが出てくる瞬間をついうっかり目撃してしまった。うわあ、顎を伝ってポタポタ落ちてる。
「家出娘ちゃんをさあ……恐怖に陥れたいんだよねぇえええええへへへへへへへへへへ」
「ヘ、ヘンタイだーーっ!!」
振り返って全速力でダッシュする。逃げるしかない、こんな奴とは付き合いきれん。
俺が彼女を[かくまう]ためには、俺自身が家にいる必要がある。
あいつにルールが通用するかは分からない。正直あんな変人がゲームを真面目に遊んでいる様を想像することは出来ない。
「まてよぉおおおおおおおーー!!」
まるで足が増えたかのように、コミカルな動きでこちらに向かってくるそいつはまさしく変態。一心不乱に駆け逃げる俺だが、空腹のせいか力が出ない。
「これでぇええ……」
「ぐっ」
このままだと追いつかれる……!
もうダメだっ……!!
「おりゃあああああああああああああああああ」
「えっ……」
何本足とも分からぬ程にテケテケと走るそいつは、正面に居た。
いや、正確には、俺の前を走り続けている……。
尚もひた走り続け、目指す先は一体何処へやら。
何処へ……。
あいつが行く場所といったら……俺の家ぐらいしか無いじゃないか!!
レイル奪還が目的に決まっている!!
まずい、このままだと俺が準備する前に、何も伝えぬままに事が進んでしまう……!!
「はあぁあッ!!」
「ぐおぉあ!!」
「へ……?」
今、何かが起きた。
追いかけるのをやめて立ち止まると、そこに見えるのは凶器……剣を持った……赤い髪色な女の人と、倒れている男……。
倒れているのは勿論先ほどの男、ゲャンティーユか……?
じゃあ、この赤い髪の人は……ミーア?
「ミーア!!」
「お怪我はございませんか?」
「ああ、うん。大丈夫……」
突然のことで回らなかった頭は、安心を得たことでようやく安定してきた。
どうして彼女がここに居るのかは分からないが、一人で居るよりずっと心強い。
「そうかそうかミーアァ……屋外へ出てきたかぁ」
頭を抑えながら立ち上がるゲャンティーユ……もとい変質者。
「さあ、決着をつけましょう。ガラン。これで私が勝ったなら、もう二度とこの星へこないで頂きたい」
「ふふふぅ……そう何度も黒星で終わる訳にはいかないねぇ」
荒々しい雰囲気を醸し出す中、両者は互いに剣を向け合う。
レイルを守る者と、レイルを取り戻す者。
俺が、初めて見届けることになる戦いが幕を開けようとしていた。




