14 優しく触れる度に。
着替えてからリビングへと向かうその足は、どこか鈍い。
その重みの原因は明らかで、自分にのしかかる「責任」の二文字に違いはない。
だが、その弱さを表情や言葉に出したくはない。それによってレイルに心配をかけたくないし、何より自分の気持ちが許さない。
変なプライドを持ってしまったものだと、自分でも思う。
けれど、自覚があっても棄てるのは容易でないのだ。
「……おはよう」
「おはようございます、ルオンさん」
リビングの扉を開いて直ぐに、王女様から挨拶される。
昨晩まで着ていた明らかに目立つ服装ではなくて、流行りで染め上げたカジュアルな服装だ。
夏だからか短いジーンズに薄い黄色地のTシャツを着ているだけだが……王女様、地肌がかなり露出しているがいいのかそれで。
「もしや母さんがコーディネートした?」
「盆並みのセンスでやった。後悔はしていない」
「言い回しが犯罪者のそれなんだけど」
母親に適当なツッコミを入れていると、何やら美味しそうな匂いが漂ってくる。朝ご飯の匂いだ。
この匂いは……ベーコンエッグ?
だが、作り手は一体誰だろう。レイルも母さんもここにいるとなると……。
「へえ、ミーアが作ってるのか」
「ミーアは昔から私にお料理を振る舞ってくれてましたし、これぐらいは朝飯前ってやつですね」
「朝食前だし、言葉通りだな」
食欲をそそられる匂いに釣られて、自分もキッチンへと向かう。
その後ろをレイルがちょこちょこと付いてくる。何だか動物みたいだ。
「お目覚めですか、えーっと、ルオン様」
キッチンには、昨日の戦士としての鎧を纏ったミーアは居らず、調理師としてのエプロンを身につけた少女だ。
素足でスリッパを履き、髪色と同じ赤のミニスカートを着用しながら、上は白のノースリーブ。そこに水色のエプロンを着用と来た。鍛えているのか、その引き締まった腿がやたら際立つ。少し大きな胸も強調されているが、それ以上に。だが、反対に腕がスマートで、安定している。
美貌を持った少女。こんな素敵な人が居るなんて――。
「……ルオン様?」
「――はっ。いや、何でもない。おはようミーア」
「お身体の具合が悪いので?」
心配そうな面持ちでこちらを見てくるミーア。ごめんよ、下心で君を見ていた。
じーーっ。
……後ろから何やら視線を感じる。
「ルオンさんは、ミーアのがお好きですか。そうですかそうですか」
「何嫉妬してんだよ」
「否定しないんですね……」
「…………」
別に、レイルが可愛くないという訳ではない。単純に自分のストライクゾーンに入るような姿を魅せてきたのがミーアというだけであって。
レイルだって……。
って、レイル涙ぐんでるし!! 面倒くさっ!
ちょいちょい。
と、レイルの後ろで母さんが何やらジェスチャーを始める。
何なに……?
頭を……撫でろ? はぁ。
それで女の子は満足するのだろうか……。
だが、言っても母さんだって昔は少女だったのだ。乙女心はそれなりに理解しているはず。
尚も後ろでジェスチャーを続ける母。
『はよ。』じゃねえよ!! 伝わる俺もどうかしてるけど!!
はあ、もうしょうがないなあ……。
「ふぇ……ルオンさん……?」
撫でり、なでなで。
優しく生え際から毛先にかけて、頭を優しく撫でていく。
優しく触れる度に、ふわりと、シャンプーの香りが鼻をくすぐる。
「ルオンさん、心地良いです……」
その甘い声が自分の理性を崩壊させてしまう……その前に切り上げ。
「はい、これでお終い」
「……ありがとうございます、ルオンさん」
どこか寂しそうな顔をするレイルだが、そんなにおねだりされてもダメだ。
「……また今度な」
「わぁい」
日本人特有の、「またいずれ」という遠回しなお断りだ。
それが外国人(もとい、宇宙人)に通用するのかは知らないが。
「血色が戻ったね、ルオン」
「さっきまで死相すら見える顔でしたけど、今は落ち着いてますね。よかった……」
「え、そんなに酷かったの!?」
自分では心の内が見えないよう努力しているつもりだった。
けれど、母さんもレイルも、俺自身の重たい空気に気付いていた。
そんなに俺って分かりやすい人間なのかな?
「……あっ」
突拍子もなく、母さんが声を出す。
どうしたのだろう。何かに気付いたのか。
「ルオンさ、今気付いちゃったんだけどさ……」
「どうしたの母さん、そんな真剣な表情しちゃって」
まさか追っ手か?
いや、それとも何か別の……?
「今日終業式じゃないの?」
「……あっ」
自分も忘れていた事実。
この言葉を聞いて、まるでファンタジーな世界から、一気にリアルへと帰還する。
「……レイル。今、何時?」
「はい、時刻は間もなく八時になろうとしています」
ミーアは朝食を既に作り終えている。
そのため無慈悲にも、聞こえるのは時計の秒針が進む音だけ……。
「ごめんルオン、準備急げ。あたしも急ぐ」
「…………」
……………………。
…………。
……ああ、母さん遅刻か。
不思議なことに、俺自身はあまり焦ってはいない。
それよりも、今日学校があるということ自体を受け入れられないことと、そしてこの二人に留守番を頼むことへの不安感だけが募っていく。
「ミーア、レイルを頼んだ」
「承りました。学業を疎かになさらぬよう……」
引き込まれるほど、現実を忘れてしまう。
はてさて、自分は一体、起き抜けに何を悩んでいたんだったっけな……。
挿絵:七々八夕様
Twitter→@778create




