11 家庭環境の話。
自分の思い通りに事が進むことは、非常に希である。
例えば自分自身の意見と周囲の意見が、一切の反論無く成立した場合だろう。
考えてみてほしい。普通に生きた凡人に、そんなことは人生に一度か二度あるか無いかではないか。
もし仮に、幾度となく思い通りに進めているとしたら、それは頭がよくて周囲に慕われているからだ。
周囲に信頼されて、最早非の打ち所がない意見を述べられるからこそ、思い通りに事が進む。
だが、自分にそのようなカリスマ性はない。
かといって、何かを引き寄せるような運命力を持っている訳でもない……と思う。
……なのに何故。
「――そういう訳で、この人たちを泊めてあげたいんだけど」
「いいよ」
……どうしてこうも、事が素直に進んでいく!?
母さんが帰宅して直ぐに、俺はレイルと共に出迎えた。そして、これまでの経緯をこと細かに話してみた。
不思議なことに、母さんの目は真剣そのものだった。
レイルがやってきたこと、彼女が宇宙人であること、それと、どうしてこんな星にやってきたのか。
それら全てを「嘘をつくな」とか「関係ない」だとか、そういった文句の一つも言わずにうんうんと頷きながら、話を聞いてくれた。
そうして審判してもらった結果、全面的に容認された。
「本当にいいの……?」
「私の子なら、こういう日が来ると思ってたからなー」
「へ……?」
「ま、そこら辺はご想像に任せよう」
「はぐらかさないでよ母さん……」
母さんの言葉にいまいち理解の及ばない自分がいる。
母さんの子であれば何だ?
こういう日って何を指している?
「うーん、そうだなあ。じゃあ少しだけ話してあげる」
「少しだけなんだ……」
できれば少しと言わず、全部聞きたいところだが……。
出し渋るのが好きなうちの母だし、これはしょうがない。
シナリオライター(兼プログラマー)として仕事をしているが故の、職業病なのだろうか。
「昔素敵な妖精に会ったことがあってさ、だから宇宙人が居ても不思議じゃないかなって」
「妖精……?」
それまで黙っていたレイルが、吐息を漏らすぐらいの声で訪ねる。
「そう、妖精。金髪で背が低くて童顔で……少し当たりが強いところもあったけど、私にとって素敵なことをしてくれたんだ」
「へぇー……」
懐かしんでいるのだろうか。母さんの瞳は、当時の光景を映し出すかのように潤んでいる。
その妖精が、母さんにどれだけ素晴らしい体験を与えてくれたのかは分からない。
ただ一つ言えるのは、母さんが異質な存在……宇宙人に寛容なのも、その妖精によるものだということだ。
どこかにその妖精が生きているとしたら、是非ともお礼をしたいな。
「はい、これで私の話はお終い。夕飯は出来てるね?」
「うん、なすとピーマンの味噌炒め」
「おおーこれか。また腕上げた? 見た目からしてずるい」
「ずるいて」
美味しそうと言いたいのだろう。
母親に言われると嬉しいものだけれど、それならそれで素直に言ってくれればいいのに。
こうして両親が帰ってくる前に料理を作る生活は、中学生の頃から続けている。気付いたら腕前も上がっていって、今ではちょっとした物なら自由に作れるようになってきた。
料理は面倒だ。でも、頑張りに見合った成果が直に現れるから嫌いじゃない。
それに、母さんに任せるとろくな物が食卓に並ばないのだ。
別にキッチンを爆発させたり、暗黒物質を作り上げる訳ではない。ただ単純に「栄えないし下手」。シンプルが過ぎるものであったり、生焼けだったり。
それは母さん自身も自覚していることで「父さんの方が得意なんだよなあー」と開き直っている。
対して、自分は家事全般が得意な人間で良かったと心から思う。
そういう点を考えると、自分は父さん似だと思う。反対に性格というか、口調は昔の母さんに似ているらしい。
いや、親の子供だからそりゃそうか。
「あ、父さんとミーアの分は残しといてね」
念のため忠告しておく。
「えっ……」
「えっ……じゃない。親だからと容赦はしません」
「ルオンのケチー」
ブーブー言われてるが、こうでもしないと食べられてしまう可能性が高い。
ブラックホールとでも言わんばかりに、無尽蔵な胃袋を持つ母。何故こんなに食べて普通体型を維持できるのかはホシノ家の七不思議の一つである。
いつか絶対身体を壊すだろうから、過食はご遠慮頂きたい。
「……ルオンさん、楽しそうですね」
「親と話すのは、唯一安心できる時間だから……かな」
「そうなんですか」
どうしてだろう。心なしかレイルに元気が無い気がする。
別に落ち込んでいる訳では無さそうだが、逆に元気があるという訳でもない。
レイルは今、何を考えているのだろう。
「レイル、どうかした?」
「いえ……少し眠ってもいいですか?」
疲れているのだろうか。ミーアと同じく、ここまでかなり大変な思いをしてきただろうし、それも仕方がないか。
「布団用意しよっか?」
母さんが問うも、レイルは「お構いなく」と、リビングの方へと行ってしまった。
「急に元気なくなったな……」
「単に疲れてるって訳でも無さそう。でも今はそっとしておいた方がいいかもね」
「そうするよ。少し心配ではあるけど」
「ルオン、一応掛け布団持ってきて。薄いやつ」
「わかった」
彼女のメンタルバランスに対する心配もあるが、それ以上に気になることがある。
王女レイルや……。
床にごろ寝は如何なものかと……。
だが、眠りたいと人を起こすのは流石に悪い。
言われた通りに薄地の布をかけ、リビングの電気を消しておいた。
彼女らが起きたら、また改めて話を聞かないとな……。
面倒という気持ちはとうに消え去り、既に一つの興味へと形を変えていた。
これから更に暑くなるであろう、夏休みを間近に控えたある日。
俺は王女様を、正式に[かくまう]ことになったのだ。
「――んで、君らの境遇で小説書いていい?」
「ほぁ!?」




