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家出してきた王女さまを[かくまう]ことになりました。  作者: くろめ
序章『親衛隊の脅威、ガラン・G・ブレイカー』
11/55

10 物思いにふける。

 時計は七時を回っていた。

 本来ならば夕食がとっくに出来上がっている時間だ。


 王女レイルは、家臣のミーアに先ほどの事情を説明している。

 自分が説明するよりも、彼女自身がしっかりと伝えた方がいい。というより、俺が居ても居なくても大して関係はない部分だろうと思ったから抜けた。


 その分の時間を使って、自分のやるべきことをせねば。

 包丁とまな板を取り出して、先ほど水洗いしてもらったナスと、放置していたピーマンを丁寧に乱切りにしていく。


 さっき、ライフェリス人は甘党寄りとミーアが言っていた。

 別に合わせる必要なんて無いのだろうが、こんな辺境の星までわざわざやってきた彼女たちを労うのもまた一向。

 彼女らも頑張ったのだから、相応のものを振る舞おう……。


「あれ……」


 先ほどまでの自分は、ここまで余裕を持てていただろうか。

 元々は彼女らを追い返す気満々でいたはずなのに、気付けば受け入れている。

 それだけじゃなくて、ヤケとはいえ、レイルと契約を結んだ上に、こうして自然と料理を振る舞おうとしている。


「……このまま、一緒に暮らすことになるのかな」


 自然と、そんな言葉が漏れ出てくる。


 切った野菜をフライパンで炒めながら、先ほどまでの自分を思い返す。

 レイルが最初にやって来たとき、自分は『女の子と暮らすのは普通あり得ない』と非常に消極的な考えを持っていた。


 けれど、彼女らは言わば別の世界で生きていた人間。ライフェリスという星からやってきた、異星人だ。そこに性別の垣根を考えてもいいのだろうか。様々な事情を考慮せぬままに、さっさと追い出してはいけないのではないか。


 突拍子もないことだったから、あの時はしっかり頭が働いてなかった。

 考えてみたら、ちょっと厄介な異文化留学生みたいなものではないか。


 確かに彼女らは手間がかかる。おかしな言動や行動をすることもあれば、おかしな来訪者だって現れる。

 けれど、それはそれで面白いのではないか。対策という名のゲームは考えているし、もし突破されたらされたで、またこれまで通りの生活に戻るだけ。相当なことが起きなければ、自分が死ぬということもない。


 これまで普通に生活をしてきた自分だが、どこか刺激を求めていたのは否めない。

 そうでなければ、こんな状況を受け入れることは出来ないだろうから。

 言い過ぎかもしれないが、彼女らは救世主なのではないか。自分の普通すぎる運命に偶然乗っかった、奇跡にも近い出会い。


「奇想天外って、自分の身に起こるんだな……」


 よくテレビ番組で『常識では考えられない出来事が、あなたの身に起こるのは明日かもしれない』なんて言われているが、実際そこまでの大事に遭遇する人はクレーンゲームの一摘まみ以下だ。

 そんな事態に自分が遭うなんて思わないし、それに僅か数時間で順応する自分が居るとも思わない。


 だから常日頃からボケないためには、新鮮な出来事が大事だって言われているのだろう。

 それほど人間は、順応が早い生き物なのだ。


 ……素直に受け入れることも、大切なのかもな。


「……お、良い感じ」


 焦げ色の付いた野菜達が、良い香りを放ち始める。

 ここに調理酒を少しかけて、みりん、砂糖、味噌をそれぞれ大さじ2杯分入れていく。前者二つは甘みを増やすため、適量増やしておく。これで彼女らの好みには整っただろう。


 ……しかし、何か大切なことを忘れている気がする。

 何だっけ。まあいいか。


 仕上げに中火で炒め合わせて、味を全面に行き渡らせる。

 これで「なすとピーマンの味噌炒め」の完成だ。熱い内に皿へ盛ろう。

 量が多いし、大皿に入れておくのが最適か。

 あ、そうか。父さんと母さんの分も……。


 …………。


 ……すっかり忘れていた。

 自分にはどうにもならない最後の壁。

 それは家族というコミュニティーに属しているということ。


 自分自身が快く受け入れられることであったとしても、家族のいずれかが拒否をしてしまえば、受け入れは認められない。

 仮にどちらかが帰ってきたとして、この状況をどう説明する?


 女の子二人が家に居る。普通の家庭でそんなことがまかり通る訳がない。

 ここまでの事情を全て説明しなければならないだろうし、説明を終えたとしても、宇宙人であるということを信用してもらえるとも限らない。


 でもここまで来たら、説明をしない訳にもいかないだろう。知らん顔して生活する訳にもいかないし……。


「ルオンさん?」

「わぁああ!」

「ああ、驚かせてしまいましたね」

「レイルか、よかった……」


 真剣に考え事をしていたからか、周りが見えていなかった。

 突然話しかけられることも中々無いので、余計に驚いた。別にぼっちという訳ではないけど。


「良い匂いです、美味しそう」

「よかった。先に食べてる?」

「そうしたいのは山々ですが、ミーアが寝ちゃって」

「そっか……」


 ふとリビングに目をやると、確かに彼女が横になっている。

 そうだよな。レイルを追いかけ回して、ようやくたどり着いた星で、数分とは言え戦闘を行った訳だ。疲れていない訳がない。

 この際周囲が見えなくなる程に興奮していたことは置いておこう。目が覚めたら片付けてもらうだけでチャラだ。


「ワープのこと、話した?」

「少しだけです。大したことは言えませんでしたが、それでも納得してくれたみたいです」


 彼女が持つ、不思議な能力。それが瞬間移動だ。

 現実では絶対に理解されない、超常現象みたいなことを彼女はやってのけるらしい。

 ただ、彼女自身もいつ使えるようになったのかが分からない上に、使う上でかなり体力を使うみたいで乱用はできないらしい。


「とりあえず、ミーアは寝かしておこう。レイルは食べてていいよ」

「……ではお言葉に甘えて。でもルオンさんは?」

「俺はいいよ。ちょっと食べる気になれないから」


 食欲がないのは、不思議なことの連続なせいだろう。

 結構それで……疲れてしまったらしい。


「……何というかその、苦労をかけてしまってますか?」

「いや、そういう訳じゃないよ」

「何にしても、変に気負わないでくださいね」


 余計なお世話だって、先ほどなら言っていたかもしれない。

 彼女の言葉には、不思議と重みがある。民を思いやる気持ちに似た何かを、自分にも向けられているのかな。

 面倒くさがりな、儀礼が苦手な彼女にも人を思いやる心はあるんだ。


 だから自分もそれに応えるべきだろう。

 それが、どれだけぎこちない物だとしても……。


「ありがとう、レイル」


 初めて、正直になれた気がした。

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