9 油断大敵。<エキシビション>
――エキシビション残り時間、およそ5分。
静寂に包まれた家の中。
こんな玄関で目を瞑って、そして10分も使って、ミーアは一体何をしているのだろう。
神経を研ぎ澄ませて、地球の人類には感じ取れない音でも聞いているのか。
それとも別の何か……俺の知る由も無い、不思議な能力を使っているとでも言うのか。
レイルが持っていた、不思議な能力。
それは時代が違えば、全知全能の神として賞賛され崇め奉られていたかもしれない。それ程までに、とんでもない能力だと思う。
もしかしたら地球人が持っていないだけで、ライフェリス人……引いては宇宙人ならば普通に持っている技能なのかもしれない。
宇宙は広い。自分が想像を絶する程に。
だから、そういった能力を持った特別な人間が居てもおかしくはない。
そしてミーアがその一人だったとしても、おかしくは――。
「ぐがーー」
「って、寝てるだけかよ!!」
「はっ」
俺が気付かなかったらどうするつもりだったんだよ……。
というか立ちっぱなしで寝るとか弁慶かよ!!
「閃きました。恐らく、ライフェリスには無いような場所へとお隠れになっているのではと」
「ほほう」
寝ていた割には結構良い線を行っているのではないか。いや、ライフェリスにも有るのかもしれないけれど、彼女が住むお城と解釈すると、まあまあなのではないか。
どうやら眠りながら思考を停止させていた訳ではなさそうだ。
「ところで、一つ疑問がございます」
「どうした?」
「貴方様はこの遊戯を始める際、追っ手と共にいらっしゃるおつもりで?」
「誰かがついてた方が良いだろうしさ。一応ゲームだし」
誰も見ていない中で行われてしまったら、しっかりとしたゲームが成立しない恐れがある。
それを防ぐためにも、自分が追っ手について行動した方が得策だろうと思ったのだ。
というかそれをルールの一つにしてしまおう。
「なるほど……ゲームマスターであられると」
「そんな位の高いもんじゃ無いと思うけど」
だが実際、間違いではない。
自分がこのゲームを行うことで、命を脅かされてしまっては意味が無い。
だからルールとして、自分が殺されてしまった場合は、相手にとって大切な何かを失わせる……ということも入れ込もうとも考えている。
その『大切な何か』を定められなければ話にならないが。それは追々考えていこう。
「幸い今回の追っ手、親衛隊のクソ野郎ガランは駆け引きやゲームと言った娯楽好き。ゆえにゲームマスター自身に危害は及ばないものと考えております」
「口悪っる……でもなるほどな、安心した」
そのガランとかいう奴がどれだけクソ野郎なのかが気になる。レイルが嫌っていて尚且つミーアにまでそこまで言わせる奴だろ……?
絶対にまともじゃない。レイルに会う前に是非お引き取り願いたい。
「ではマスター」
「酒場みたいに言うな」
「少なくとも今はマスターでございますね」
「……はあ、仕方ないな」
ほんと形式にこだわるんだな。真面目であるがゆえに……だろうか。
面倒だけど、言って聞かないなら放っておこう。このままでも差し障りはない。
「で、レイルはどこに居ると思う?」
「何となく、一階……二階……この周辺にはいらっしゃらないように感じます。例えば……庭園はございますか?」
「……そんな大きなものは無いけど、庭なら確かにあるぞ」
冴えてるな。確かにレイルは、玄関の反対側にある小さい庭の倉庫に隠れている。
だが、その庭をセレクトしたのにはもう一つ理由があった。
うちには庭が二つあるのだ。一つはその小さな庭。そしてもう一つが玄関直ぐ隣にある、少し大きめの庭だ。ただし、ちょっとしたガーデニングで隠れているので、玄関先からはよく見えない。
そちらに誘導しておけば、もう一つの庭の選択肢は必然的に消滅するという訳だ。
我ながら練られた考えだ――。
「お庭は幾つございますか?」
「――二つ」
脆くも崩れ去った。自分のポリシーとして、嘘を吐くことはできない。だから問われたら正直に答えるしかない。
嘘を言えないことが仇にならないためにも、『レイルの居場所に関しては答えられない』ってルールを付けとかないとな……。
てかそもそも普通は庭が二つもある訳ないだろ。なんで見透かしたかのように聞いてくるんだよエスパーかよお前は!!
「隠れやすそうな方を見極めさせて頂きますね」
「……ミーアの時間だ、好きにして」
「では、お構いなく」
一つ目の庭は……勿論玄関の隣。
だがミーアは周囲を見回すと、直ぐにリビングへと戻ってしまう。
「雰囲気的に違います。こちらにはいらっしゃいませんね」
「それで分かるのかよ……」
「王女様らしきオーラというものがあられますゆえ」
「……わからん」
そもそもまだレイルから、王女らしい一面を全く拝見できていない。
良くて良いとこ出のお嬢様って感じだし……。
「マスターもいずれ虜になられることでしょう」
「だからマスターやめい」
「まあ、次のお庭にはいらっしゃる予感です」
「……なるほど」
「あら、突然の無口……ふふ、勝ちはいただきました」
ミーアは心理戦も得意なのか……。何だろう、勝てる気がしない。
見ているのは俺自身の反応か。
『……そんな大きなものは無いけど、庭なら確かにあるぞ』
『――二つ』
『……ミーアの時間だ、好きにして』
『……わからん』
『……なるほど』
…………。
ああ、こりゃバレる。
今まで彼女らと話していたときよりも、明らかに無口になっている。
相当勘が鈍くなければ、ほぼ確実に俺自身の反応一つで、どこにレイルが隠れているのかが伺い知れてしまう。
「なるほどな、ミーア。一本取られたよ」
「ふふ……演習を執り行っていなければ、大変なことになっておりましたね」
そうだな。演習をしておいて良かったと、そう思っておこう。
今回の演習の善し悪しを話し合いながら、俺たちはもう一つの庭へと向かう。
そして、隅に立っている金属製の倉庫を見つめる。
残り時間、およそ1分。
「完敗だな。あそこにレイルが居るよ」
「レイル様とお風呂……ハッ、そ、そうでございますか。では、今回はあてくしの……」
「ああ、良いから開けなよ」
「あてくしの勝ち……でございます!! レイル様ッ!!」
倉庫の扉は開かれた……!!
「あれ……?」
そこには、誰も居なかった。
あるのは釣り竿やブーツといった、当たり障り無い倉庫らしい物品の数々。
「ミーア、残念だけど、お前の負けだなこりゃ」
「えっ……」
――制限時間0秒。エキシビション、終了。
「……どういう、ことでしょう」
「レイルさ、凄いんだよな。こういうところが」
「お前えええええええええええ!! レイル様をどこに隠したぁ!!」
「どこかは……知らないからっ!!」
酔う酔う酔う!! 肩を掴んでブンブンとしないでくれ!!
「おやめなさい、ミーア」
「はっ、レイル様……」
「ほっ……」
解放された。けれど少し気持ち悪い……。
計画通りに事を進めてくれたレイルは、庭の入り口から顔を出す。
やはりレイルの見ている前では強く出られないのか、ミーアは即座に心を静めている。
「これから私が説明いたします。まずはこちらへ……」
レイルに誘導されて、俺たちは部屋の中へ入っていく。
ミーアはどこか釈然としない表情だった。




