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天の仙人様  作者: 海沼偲
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第91話

 学校から帰るとなると、基本的に俺たちは四人で行動するわけであるが、たまに、ルイが加わって、五人で帰ることもある。ハルとしては、ルイと一緒に変えるのはあまり好ましくないのだろうという気持ちが透けて見えるわけであるが、それでも、俺はあえて、彼女とも一緒に帰るという選択をするわけであった。ハルは警戒し過ぎである。だが、それをどうにか和らげようと行動しようとも、絶対に不可能なのだろうと思えてならないのもまた事実であった。

 今日は、その五人の日ということもあり、ハルは警戒するように俺と腕を組んで歩いている。つねに、彼女の方を向いて牙を向けているのだろうということはわかる。俺はそのたんびに彼女の頭をなでるのである。そうすると、わずかに機嫌が直ってくれるわけである。むしろ、そうしていないと彼女は機嫌よく歩くことが出来ないのであった。

 だが、ルイもルイとて、ハルをからかおうという気持ちが高ぶっているらしく、反対の腕に自分の腕を絡めてくるわけである。両手に華というべき状態であって、俺個人の気持ちだけを取れば好ましい状態であるのだが、当然他にも人はいるわけで、彼女たちの気持ちが好ましくはない方向へと動いていってしまっているのを感じるわけである。俺の額からはたらりと汗が流れており、彼女に腕を離すように目線で合図を送るわけであるが、意地悪そうに舌をぺろりと出すだけで、すました顔をして歩くのであった。

 俺は失敗してしまったのだろうかと何度も後悔するのだが、ルイもまた俺たちと友人関係であるのだから、一緒に変えることは悪いことではあるまいし、彼女からも誘ってくるのだ。そこで、断るというのも気が引けてしまう。だから、こうして一緒に帰るのだが、そのたんびにこういう事態になるのだから、俺はいい加減学習するべきなのだろうか。だが、それはまた同様に不可能であった。

 ハルの掴む力がだんだんと強まっていき、目に見えた痛みを生じ始めてきているわけであるが、俺はそれに対して何も言うことは出来ない。少なくとも、彼女の味方であるということを示すための最低限のラインなのである。こればかりは、俺が受け入れるべきものである。静かにしているのだ。だが、彼女だって俺の腕に力を入れ過ぎていると気づいたら、すぐに緩めてくれるし、俺のことを気遣ってくれるのだ。だが、すぐに、他の女性に対する敵意が表に現れるために俺のことが頭の片隅に追いやられてしまうのであるわけだが。


「ねえ、あなたわからないの? そんなに、自分が身の程を知らないでいるのかがわかっていないようね? 教えてあげましょうか? アランに触れることを許されてはいない人間がどのような仕打ちを受けるのかということを。ほら、よく見てみなよ。アランだって嫌がっているんだよ。こんな苦悶の表情を見せてさあ。そういうことを理解したうえでそんなことをしているのであれば、私は許さないよ」


 ハルは、俺の腕に込めていた力を抜きながらそう言いがかりをつけてくる。ほほえましく感じてしまう。ルイも、そんな理論では一切動じることはないので一切の意味がないのだが。

 それでだめだとわかれば、ハルはチリチリとした圧力をルイへと直接当てていく。気の流れを操ることで、威圧を特定の個人のみへと当てることが可能になるわけである。だが、周囲に分散してしまう威圧感を全て、一点に集中させているわけであるから、その該当者になってしまえば、あまりの恐怖に失神してしまってもおかしくはないのである。だが、ルイはそれを浴びつつも何でもないかのように立っているのである。それが出来る人間がどれほどいるのだろうか。俺はそれに驚きを見せることしかできなかった。しかし、彼女の足元を注意深く観察してみると、わずかに震えているようなのだ。強がっているだけである。それでも、ここまで効いていないように見せているというのはよほどの胆力がないとできない。俺は尊敬すらできる。それほどの力だ。

 彼女はにこりと笑って、その程度かと伝えているかのようであった。だが、彼女が強がっているのだとわかっていれば、その笑顔が恐ろしさを怖いという感情を隠すために張り付けられた仮面でしかないということにすぐに気づいてしまう。しかし、当の本人であるハルにはまだ気づかれていない。それがまだ救いであろうか。より怒りを買う羽目になるから、救いではないかもしれないが。


「何を睨み付けているのでしょうか。そんな可愛らしい顔をしたところで、わたくしには大して効果はありませんよ。何やらそよ風が吹いているようですが、あなたの恐ろしさというのは、そのそよ風と同じ程度でしかございませんね。風が心地よく感じます。とてもすがすがしいとすら思えるでしょうね」


 それ以上はダメだと、俺は直観的に感じることが出来た。自分の心の内を説明することは難しいが、これ以上彼女たちを喧嘩させていてはどちらにとっても不幸なことが起きてしまうだろう。これは絶対的な確信をもって言えるのである。どちらがいいとか、悪いとか、そういう話よりももっと奥深くの重大な何かを刺激されているようなそんな感じがしてしまうのであるのだ。


「ルイ、それ以上はやめておいたほうが良いよ。これ以上は彼女が抑えていられるかどうかはわからない。いつ何時、ハルが爆発するのかわからないんだ。だから、これ以上刺激してはいけないんだ。そういうことだから、今すぐに離れてくれるとありがたい。俺は君を失いたくはないんだ」


 俺はじっと彼女を見つめる。嘘偽りなどなく、冗談でもなんでもなく、その思いが伝わることを祈るのみである。彼女には俺の瞳の真剣さというものを感じ取ってもらえたのだろうか。ふっと、手を離してくれた。すると、ハルは力を抜いた。俺も同時に肩に入っていた力を抜いてリラックスする。まだまだ、彼女たちと楽しく生活をしていたいのだからね。ここで死人が出るのはとても悲しい。いや、死人ですむのだろうか。そんな簡単なことだろうか。

 ハルは学年主席の実力である。その実力を余すことなく発揮してしまえば、たしかに、ルイが一つの肉塊すらも残すことなく消滅してしまうと考えてしまってもおかしくはないのだ。一切の疑いの余地なく死んでしまうことだろう。それほどの力を彼女は秘めている、秘めてしまっているのである。この時点で一つの星に居座り続けることがどれほど大変なことなのかということを俺は理解したのだ。あまりにも遅すぎる。自分を責め立てたいほどであった。

 お師匠様たちがどうして、一つの世界にい続けることをしないのかということをよく理解できたのだ。彼らはい続けたくても出来ないのだ。い続けるということはそれほどまでに精神を集中させることなのだ。俺たちの力はまだ気を付ければ大丈夫な程度で済むだろう。だが、それを大幅に超えてしまえば、気を付ける程度では済まないのだ。恐ろしく動きにくいのだろう。のびのびと羽を伸ばすことすらできないのだ。それは辛いことだろう。息苦しいことだろう。だからなのだ。

 俺もいづれはそうなってしまうのだろうと思う。ならば、この力は必要ないのか。この力を捨てたいと思うのか。そうは思えなかった。俺はこの力に生かされているように思えてしまう。俺が仙人でなければ、今この地に立っていることはないだろう。それは、ここにいるルイを除いた三人もそうなのだ。ならば、俺はこの力をつかって、仙人として生きていることは間違いではないということだ。ようは、これを真っ直ぐ見続けられるだけの胆力があるかどうかの話であるのだ。俺は再び、気を引き締め直すだけなのだ。


「どうしたの、アラン? そんなに険しい顔を見せて。何か嫌なことでもあったの? いやなことがあったら、ちゃんとあたしに話してね。ハルなんかじゃちょっと頼りないと思うから」


 ルーシィは俺の顔を心配そうにのぞき込んでいる。俺は彼女にも心配させてしまっているのである。情けないと思えた。俺は、笑う。ごまかしているかのように見えたかもしれないが、この笑みは俺の本心からのものである。彼女が俺のことを想ってくれていることの感謝の気持ちの表れなのだ。それを感じ取ってくれたのだろう。彼女もまた頬を緩ませるのである。

 俺たちは静かに歩きだした。ルイは少し不満げであるが、こればかりは仕方がないのである。彼女が少なくともハルと戦っても負けることがない。そういうレベルにまで到達できなければいけないのだから。それにたどり着くまでにはどれほどの年月がかかるのか。それははかり知ることのできないところにあるだろう。俺は空を見るのだ。太陽がある。だんだんと地面に向かっている太陽。彼がいる場所とこちらがいる場所は測れないほど遠い。それよりもさらに遠く、距離で言うならさらに遠く。それですらも一笑に付すことのできる理解のできない位置に、答えが合ってもおかしくはないのだ。考えるだけですら無駄といえることだろう。

 ルイが入ってこれないようにルーシィが俺のもう片方の腕を取る。そうすことで、ハルはわずかながらの心の安寧をえることが出来る。ルーシィ、またはルクトル。彼女たちでなければいけないのである。これはハルの本性というべきか、ゴブリンとしての性質というべきか。

 ゴブリンは、一体のオスに対して、数体のメスがパートナーとなる。一夫多妻のようなものだ。だが、そのメス同士がお互いに争い合うということが珍しくない。優秀なメスのみが子供を産めるという、他の種類とはわずかに考えが違う理論で生きているのである。そのせいか、ゴブリン出身であるハルもまた、この通り他の女の子を寄せ付けるのを非常に嫌う。彼女の中では、ルーシィは許されているために、思うことがないのだろう。だが、ルイはそうではないのだ。自分よりも優れていない女に渡したくないという思いが強く出てしまっているのだ。こればかりは、種の本能である。ハルがルイを受け入れるのを待つしかないのだ。どれだけ時間がかかることだろうか。


「どうしたの、アラン。私の顔に何かついている? 言ってくれたら取るよ。それとも、私の顔に見とれちゃった? それだと嬉しいな。私もアランの顔に、ううん、すべてに惚れているの」

「ありがとう、ハル。俺もハルの全てを愛しているよ。どんなところでもね。ありとあらゆる側面の全てを愛している。これからも、どんなになろうとも、俺はハルを愛し続けるよ」


 抱きついてくる力がより強まる。彼女の愛情表現はわかりやすい。それが悪いこととは言わない。どれほど俺を愛してくれているのかということがすぐさまわかるのだ。それほど嬉しいことはない。喜ぶべきことはないのだ。いまもまだ、しっかりとして力強く、愛し合っているのだ。これが壊れることないだろうと、決してないと、思っている。疑うことなどない。

 俺の目の前で、一組の男女が喧嘩をしている。それもまた愛おしく見える。愛がなければ喧嘩など生まれないのだから。ただ、本人たちは辛く苦しいだろう。なにせ、お互いの愛がしっかりと伝わっていないのだから。それほど辛いことはない。極まっているのである。

 男子生徒は頬を叩かれる。それになにも反応できずにいた。女子生徒の方は駆け足でその場から離れてしまった。俺たちは何も言わずにその光景を見続けていた。何か言える立場ではない。彼にかける言葉など俺には思いつくことなどなかった。

 と、俺は彼の顔をどこかで見たことがあるような気がした。遠くからなために、あまりよく見えていない。近づけばわかるだろうと近づいてみると、そこには、俺のよく知る人物がぼーっとして立っているのである。


「……兄さん、そんなところで立っていてどうしたんだい? しかもその顔つき、まるで抜け殻みたいじゃあないか。魂がどこかへと、飛んで行ってしまっているように見えるよ」


 彼は、俺たち兄弟の長男である、ルイス=バルドランであった。


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