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天の仙人様  作者: 海沼偲
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第78話

 トーナメント制の最終試験が行われる。俺たちは、静かにバトルロイヤル形式の戦いを見ている。それを見ながら、自分ならどう戦うのかとイメージをしていく。俺はもうすぐ呼ばれる。それまでに、戦い方を確立しておかなくてはならなかった。

 俺が呼ばれて、控室で待つ。その間に武器を選んでいく。とはいえ、変に特徴のある武器など使わない。剣で十分である。刀でもいいが、木製であるのなら、どちらも使い方は変わらない。殴りつける武器にしかならない。突く上では剣が不利ではあるが、それぐらいだろうか。

 剣を手に持ち、その場で軽く一振り。重さは問題ない。しっくりくる。わずかに重さを感じる程度の丁度良さである。重すぎずに軽すぎず、その絶妙なラインにあった。それが終われば、静かに待つのみである。目を閉じて舞台の方へと耳を傾ける。武器を打ち付け合う音が聞こえるだろう。もうすぐそこへ俺も行くのだ。だんだんと気分を高ぶらせていく。そして冷静に。静かに高揚していくのである。

 俺は舞台の上に立つ。俺を含めて九人。みんなして、緊張しているようである。わずかながらに剣が震えているのを感じる。多人数を相手にしての戦いというのは初めてなのだろう。普通はそうである。実戦など経験したことがないに決まっている。訓練で多人数を相手取る訓練なんか、普通は行わない。今は必要がないのだから。一度に多くのことを詰め込んでもどれもが中途半端になるだけでしかない。それならば、一つずつをしっかりと極めていくべきである。そう思えば、俺は全てが中途半端であると言えた。全てを極めていないのだ。極めるということの難しさを知っていながら、それをしないで他のことに手を出しているようなものであった。歪でしかなかった。笑うしかない。俺は、自嘲気味に頬を吊り上げる。バカ者だと、罵られてしまうだろう。何も極められないものは大成などしないのだから。ただひたすらに、その程度の人間にしかならない。だが、今この場にそんな人間が立っているのである。ならば、侮辱なんて今さらなのだ。

 始まった。ここはもう戦場。気を抜いてはならない。全ての方向から何が飛んできてもおかしくない。慎重にして損はない。だが、それだけではいけない。大胆でありつつも慎重でいる必要があった。恐ろしい程の難しさだろう。これを子供に求めるというのは、難しいことだ。だが、それを乗り越えられなければ勝ち抜けないのだ。この世界の子供は嫌に利発的だが、こういう教育がそうさせているのではないかと思えてならなかった。


「《土はそこにある。層を乗せる。数百年の時と共に、積み重なる。飲み込んでいく。獣を鳥を、文化を。歴史は瞬間である。今が百年後》」


 俺は呪文を唱えつつ、上に跳び上がる。呪文を唱え終わると同時に、くるぶしほどまでの高さに新たな土の層が生まれる。舞台の地面よりさらに上に土が生まれるのである。地面に足をつけていた残りの八人は、足が土に絡まって、動けなくなっているようである。あえて俺は呪文を継ぎ足している。土はより強固に石へと変わる。恐ろしいほどまでに踏み固められている地面が新しく生まれているのだ。これを逃げるには相当な量の魔力をつぎ込んだ魔法によって破壊するか、自信の腕力で、無理やり殴りつけて破壊するか。それぐらいだろうか。すぐに思いつくのは。そして、それを今この瞬間に実践しなくてはならないのである。敵は待ってはくれない。壁を上るのとはわけが違う。

 俺はすぐさま、彼らに近寄って一撃ずつ攻撃を当てていく。それにより、腹を抱えて、倒れ込んでしまう。女の子にも攻撃するのは気が引けてしまうこともあるにはあるが、彼女たちも棄権するという可能性を捨てて、この場にいるのであれば、一撃をもらうことを考慮していることだろう。許してほしい。むしろ、女だからと、攻撃をしないのであれば、それこそ失礼であろう。

 すぐに勝者は決まる。俺は魔法を解いて、控室へと戻る。先ほどまでの綺麗な舞台が顔を見せている。今この瞬間まで、石の塊に顔を隠されていたとは思えないほどにすっきりとなったのだ。敗者はいまだに、うずくまっているが、すぐにでも先生に運ばれるだろう。それに痛みを和らげる魔法はないのだ。痛みを消すことは出来なくはないが。それはあまりしたくない。つまりは、俺にできることはないということの証明でもあった。

 この後も、じっと出番が来るのを待っているだけである。その間にすることは精神統一だろうか。緊張をほぐすことだろうか。ハルたちも同じように控室で待っているが、この間話すことはない。お互いが敵であるのだから。神経をとがらせるために、会話ということを排除して、戦うという一つにより集中させていくのである。彼女たちの目つきは、この場にいるだれよりも恐ろしいものである。鬼の形相とはこれのことを言うのだと思う。だが、それでも鬼には遠いような気がしなくもない。あれは更に理不尽でなくてはならない。めちゃくちゃでなければならない。ありとあらゆる情が欠落したかのように、残虐的なのだから。それに比べれば、彼女たちはまだかわいげがあるというものであった。俺も彼女の邪魔をしないように、静かにしているだけである。

 その後も、段々と、控室に残る人はいなくなる。寂しさがある。スカスカだ。先ほどまでの密度とは大きく違うのである。涼しさすら感じてしまうほどである。人の熱気がだんだんと消えていってしまうということの寂しさであった。ひゅうと、風が吹き抜ける。ブルリと体が震えてしまった。

 俺の次の相手は、角の生えている少女であった。今日は何かと縁があると思う。彼女もそう思っているらしく、にこりと笑って俺に対してお辞儀をした。俺も同じように返す。彼女とは気持ちよく戦えそうな気がしてきたのである。

 彼女が手に持っているものは槌である。大槌。自分の体格ほどの大きさの槌を肩に担いで、堂々と立っていた。今までの相手とは一つ違った空気を見たのだ。俺は構えを取る。ゆっくりと空気が冷えていくのを感じる。魔法ではない。恐ろしく、寒気が走っているのだということであった。彼女も何かしらの戦場を生き抜いているのかと感じる。戦うということに対する覚悟が他のものとは違うのである。ただ笑みを張り付けているだけというのに、その笑みがひたすらに恐ろしい怪物のように見えてしまうのである。とても恐ろしく美しい怪物を今この目に見ている。吸い込まれていくかもしれない。耐えなくてはならないのだ。

 合図がかかる。肉体の活性と共に、彼女が俺に駆け寄る。そのまま木槌を横に一振り。範囲から外れなければ、少しでも範囲の中に入っているのならば、吹き飛ばされるのは確実といえるほどの、風圧を感じた。ただ振り回しているだけで、これだけの力を発揮できるのかと、思わず笑ってしまう。

 隙はない。振り回しているだけでありながら、そのひと振りごとにしっかりと体を残している。軸をぶれさせることなく、一撃一撃を与えていっているのである。わずかにでも攻撃を仕掛けようと動いてみると、いきなり攻撃の向きが逆になり此方へと槌が飛んでくるわけである。よって、剣だけで倒そうと思うと、ひどく苦戦する相手だということを深く理解することが出来た。

 楽しい相手だ。カイン兄さんと模擬戦をしているが、それに近いかもしれない。兄さんと似たような実力を持っていると思えば、楽しくないわけがないのである。

 俺は彼女に対して笑顔を向けているのだろう。輝いた顔を見せているのだろう。それは仕方のないことであった。一対一で戦うと、明らかに格が下な相手ばかりが俺の相手になっていたのだ。それに対してわずかながらの不満があったのだ。これは、戦場ではあっても実戦ではないのだ。ならば、自分と同じくらいには強い相手というのが欲しいだろう。それを求めても罰は当たるまい。そういう心境であった。

 俺は避けようと動いたが、わずかに彼女の振りが早かった。ほんの少しの差でしかない。だがそれが致命的でもあった。俺は吹き飛ばされて、地面に何回か叩きつけられる。大した痛みではないが、俺の速度を上回る速さで振り回されているということに対する驚きがあった。立ち上がる前に片をつけようと全力を込めて、槌が振り下ろされる。それをギリギリで躱し、すぐさま立ち上がる。彼女は今の一撃で仕留めきれずに苦い顔をしている。

 楽しくて仕方がない。体に痛みが駆け巡っている。久しぶりの痛みだ。肉体が、思い出してしまっているのだ。こうまでも、痛みという存在が、体を十分に動かすことを阻害する要素になりえるのだと、再び、俺自身が思い出すのだ。

 彼女の一撃を避けて、返すように剣を振る。だが、鈍い。あまりにもぎこちない。錆びてしまっているかのようである。ガタガタと揺れるような筋では彼女に当てることさえできない。余裕をもって、距離を取られるだけであった。

 何度も攻撃してみるが、そのどれもが彼女の間合いのほんのわずか先にでも入らない。しかも、この筋一つ一つをじっくりと吟味されているようなきらいすらある。俺の体捌きから全てを、彼女に筒抜けにされてしまっているようにすら感じてしまうのだ。俺一人だけすべてをさらけ出してしまっているのだ。

 距離をとるしかない。再び離れる。ゆっくりと落ち着かせていく。体のこの高揚をを抑えていく。深呼吸である。彼女に呼吸しているところを見せたくはないが、あえてでも見せようと思ったのだ。

 ゆっくりと構え直される。静かに時がとまるほどの静寂。しんとして何物の存在すら拒絶するかの無。それが出来ていった。

 俺は彼女の間合いへと踏み込む。すぐに飛んでくる。しかし、俺は避けない。腕を出して、攻撃を受け止めるのだ。これで、どの程度の衝撃が来るのかを確かめる。足に力を入れる。腰を落とす。全力で吹き飛ばないための努力をしている。ばかんと大きな音が鳴り響く。衝撃が骨を伝って体全体へと行きわたる。そのまま地面へと流れていくのだろう。地面が割れている。二本の脚から木槌の衝撃を流された床は、耐えることもなく破壊されていた。どれほどの破壊力があるのかが、すべて理解できた。恐ろしい。

 しかし、俺はしっかりと耐え切ることが出来た。どうにかなるものである。この程度の痛みであれば、なんとか動くことが出来るだろう。体の力の入れ方、抜き方で、こうも上手く威力を逃がせるとは思わなかったが。次の対戦にも支障は出ない。問題はなかった。彼女が驚いたような顔を見せている。たしかに、これで倒せない相手はいないのだろう。ただ、俺が仙人だったということだけが、彼女の計算違いであったのだ。人間であったら、壁に叩きつけられていてもおかしくはない。それほどである。

 今度は拳が飛んできた。しかし、それをしっかりと手のひらで掴み、包み込むと、もう距離は目の前である。彼女の目は大きく見開き、混乱の極致にいるかのように右往左往と瞳が泳ぎに泳いでいる。しかし、ここで情を与えてはいけない。静かに、手のひらを腹に添えて、衝撃を与える。それと同時に気もぶつける。彼女はがくりと体を崩した。頭をぶつけないように、しっかりと支えてやる。

 試合は終わり、彼女は先生の手によって運ばれていった。俺はその姿を見ながら、元の場所へと戻る。

 普段なら、あんな戦い方などしないだろう。これは俺にとっては、娯楽の一つでもあった。こんなふざけた気持ちで戦っているのは他の人には迷惑かもしれない。だが、俺としては、本気でやったら、瞬間で勝てるような相手の方が多いのだ。だからこそ、普段では絶対にしないような戦い方を試すなりの遊びがなければ、苦痛なのである。それでも、彼女との戦いは楽しめたが。俺は、彼女に対するわずかな申し訳なさを心に持たせながら、静かに次の試合を待つのであった。


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