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天の仙人様  作者: 海沼偲
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第72話

 兄さんたちは再び王都へと出発していった。今度はカイン兄さんを連れて。つまりは、俺とアリスの二人になってしまうというわけである。兄弟四人もいたというのに、もう半分だ。時の流れというのは思った以上に、恐ろしいぐらいに早く過ぎ去ってしまうのだと実感してしまう。死んでいるわけではない。会うことは出来る。同じ空の下に生きているのだ。悲観することはないのかもしれない。だが、今この場にはいない。今すぐに顔を見ることは出来ないのだ。それは非常にさみしい。ふと部屋の前を通ると、ああ、いないのだなと、感傷に浸ってしまうのだ。これは、また会えるからこそ、起きてしまうのだと思わずにはいられないのである。

 今まではルイス兄さん一人の空席でよかったものが、カイン兄さんも増えてしまうというと、よりこの食堂の広さを実感してしまうことだろう。賑わいがわずかに、いいや、大きく減っている。だんだんとそれを深く伝えてきてしまっている。寂しいものである。しかし、こうなることも予測できたことだろう。避けようのない事実なのだから。だから、大きく慌てることも、落ち込む必要もないのだ。だが、どうにもそうはいかないのである。簡単ではないのだ。特に、今は父さんたちも向こうに行ってしまっているわけだ。だからこそ、食器の音だけが聞こえるようなしんとした空間のように見えるのは。がらんとしていると、何かを話そうと思わない。空気を変えようと思えば思うほど、何も思いつかないということである。ならば、静かにしているべきだと、ただ黙々と食事をとっているだけである。たまにはこういうのもいいものだと開き直るのもいいかもしれない。かちゃかちゃと、食器の音が聞こえてくるのも、まあ、小気味いいわけであるのだから。その音楽性を楽しんでもいいだろう。むしろ、こういう時にしか食堂に響いてくれないのだ。

 父さんたちが帰ってきた。これで二人増えるわけである。父さんとサラ母さん。サラ母さんの体調はもう完治したといってもいいだろう。なにせ、俺を必要とせずに王都まで行くことが出来るのだから。俺はそれが嬉しかった。だから、母さんを見送るときに涙がにじみ出てきてしまったほどなのだ。大げさであろうとも、これは大きな進歩だと思わずにはいられないのだ。治るわけがないとさえ言われた病気を治すことが出来たのだ。喜ばずして何をするというのだ。だが、この治療法は世間一般に広めることは出来ないが。それだけがもどかしくてたまらないわけだが。しかしこれで、今までのような空虚な雰囲気をわずかに纏っているかのように思われた食事とは別れることが出来た。やはり、食事にはわずかな賑わいが必要であると深く思っているのである。

 カイン兄さんも主席を取ったらしい。なんだかんだと、カイン兄さんも大変な努力をしていたのだ。驚きは少なかった。やはりそうかと、思ったほどである。そうなると、やはり自分も主席を取ることを期待されてしまうだろう。それに対してわずかな恨みもあるが、素直に兄さんが主席を取ることが出来たことを、お祝いしておく。しっかりと、国の地理なども覚えなくてはならないと、心を入れ替える必要があるな。今までは放置していたところでもある。歴史の類もそうだ。嫌いではないのだが、触れていなかったというだけであった。今までの生活で特別に必要としなかったのだ。まず人間生きることが最重要だから。それを優先してきただけであるのだ。

 俺は、窓から外を見ている。黄昏ているのか。どうなのだろうか。俺は風にあたって涼んでいるのかもしれない。景色に見惚れているのかもしれない。どれともいえない独特の感傷的な態度が出ている。だが、少なくとも。俺は今窓の外を見ていたい気分であるということは確かなのである。

 今、俺の他の男子といえば、ルクトルぐらいである。屋敷には彼以外の男子と呼べる人はいないであろう。しかし、ルクトルは男なのであるが、男として数えるにはいささか問題があることだろう。今、俺の隣に彼が寝転んでいるわけだが、彼は今黒のワンピースを着ている。彼は寒色系の色が好きなわけで、よくそのたぐいの服装をしているのだが、今日はワンピースであったか。まだまだ、子供ということで肉体的な性差が生まれるということはない。顔つきも中性的である。ならば、衣で性差を判別するわけであるのだが、彼は女性であった。彼は女の子であるのだ。どうしようもなく、救いようもなく、女性がにじみ出てしまっているのであった。肉体の性別とは真逆の格好をしているわけである。だが、俺はそれに対して何らかの怒りを覚えるというわけではない。俺は、彼のその女性らしい服装そのすべても愛している。ただ、男が少なくなった現在、彼も女でいると、男としてわずかに住み心地の問題があるというだけである。仲間が一人減ってしまうのである。それは、俺の我儘に近い話であった。

 俺は、彼の体に手を置いた。太ももである。すべすべである。柔らかな弾力を俺の手のひらがまんべんなく伝えている。ここまで性的な魅力をこの歳で持っているのかという驚きが俺の頭に生まれていた。彼がこちらを見ている。俺と目が合う。流し目をしている。何かしら悪いことでも思いついたかのように、にやりと口元が笑っている。その妖艶な姿に心がわずかながら揺り動かされてしまう。

 彼は、ゆっくりと起き上がり、俺に体を寄せてくる。肩に頭を乗せているのだとわかるほどに重みがのしかかる。しかし、そこからこぼれ出てくる吐息一つ一つが俺の体を揺さぶっているようにも感じ取れていた。いまだに俺の手は彼の太ももからは離れることなく吸い付いており、その手に彼の手がかかり、太ももと手のひらでサンドイッチされてしまっている。その掌ですら柔らかく俺を包んでいるのだ。その感触のわずかな心地にすら意識を集中してしまっているのであった。


「アラン様……好きです。大好きです。とても感謝をしています」

「ああ、俺も好きだよ。ルクトル、愛しているよ」


 告白というものには、すぐに返すべきであろうという思いがある。たとえどのような真意が隠されていようとも。だからこそ、俺は彼の告白にもすぐ答えるのだ。だが、当然一つしか答えはないわけであるが。彼の抱きつく力が強くなっているのを実感している。俺の手は彼の太ももをさらりと撫でる。すると、更に力強く抱きしめてくる。その循環を繰り返していた。


「わたしは、アラン様とこうやって近くにずっといられることが最上の喜びです。アラン様の声と体と、匂いと……そのすべてを手に入れた気になって、わたしの体は熱くほてってきてしまうのです。とても悪いことです。アラン様には二人の奥様がいるのに、わたしがそれを独占しようとしているのです。大罪人でしょう。ですが、それを犯している自分に酔っているかもしれません。悪いことをしていると思うほどに、自分の中に、もっとしたいという思いが溢れてきてしまうのです。アラン様。失望しましたか? こんなことを考えて、今まさにあなたを独占している使用人のことを嫌いになってしまいましたか? でも、わたしにはこれをこらえられるであろうものが外れてしまっているようなのです」

「……いいや、そんなことはない。俺のことを愛しているのだろう。その一つとして独占したいという欲も生まれているのだろう。ならば、それは普通だろう。俺だって独占欲はある。それを抑えることは出来ない。ハルやルーシィも同じように独占したいと思っている。だが、俺たちはそれでも嫌い合ったり憎み合ったりすることはない。みんなわかっているんだ。そういう感情を持つのは当然なんだってな。だから、ルクトルが俺を独占したいと思うことに対して俺は何も思うことはないよ。もっと、自分の感情を表してもいいと思う。だから、俺も感情をあらわにすると……男の子の格好をしてほしいと思っているわけだ」


 俺は、彼に全てを伝えると、彼は俺の目の前にやってくる。そして、じっと俺の瞳を見ているようであった。いや、その奥を見ているのだろうか。視線が合っているようであっていないような不気味な感じが出ているのだ。しかし、その焦点が定まっていないようなその視線も愛おしく思えている。その不気味さも恐ろしさも俺には愛すべき対象の一つでしかないということであった。


「アラン様は……男が女の格好をすることはお嫌いですか? わたしが一生懸命頑張って可愛くいようというのはお嫌いですか? アラン様を喜ばしてあげようと女の子の格好をするのはお嫌いですか? わたしは今一生懸命に、アラン様に愛していただけるような美しい格好をしています。それはとても醜く映ってしまうのですか?」


 彼の顔は歪んでしまう。涙で頬が濡れ始める。俺は彼を泣かしてしまったのだ。彼は、最近になって男装することが少なくなった。女装でいることが多くなったのだ。仕事着もメイドの姿をしている。最初は、先輩の使用人から、言われたから仕方なくなのかと思ったが、そうではなかったようだ。俺は間違えてしまったらしい。すぐさまこの失態を取り返さなくてはならないと思った。

 俺はすぐさま、彼を抱きしめる。強く、強く抱きしめる。悲しみを握りつぶすように、しっかりと、抱かれているということが分かるように。彼の頭をなでる。悩みを落としていくように。洗い流していく。その思いを込めているのだ。いつぶりだろうか。彼をここまで強く抱きしめたのは。彼の体の柔らかさを実感している。匂いは女の子らしいものである。男のような汗臭い臭いではなかった。汗が流れていても彼はこれを維持できそうな気もするが。フェロモンの匂いに近かった。中身から女に変わっているようにも感じられた。生物というものの恐ろしさを感じてしまっていた。女になるのだと。性別など簡単に変わってしまうのだと。ふと思ってしまった。


「大丈夫だ。俺はルクトルが女の子でいることに否定はしない。絶対にしない。だから、泣き止んでくれ。笑ってくれ。すまなかった。俺は、ルクトルが女の子でいることを嫌がっているわけではないんだ。俺はその姿も好きだ。だから、安心してほしい。これからも、その愛らしい姿、可愛らしい姿を見せてほしい。これは俺の本心からの願いだ」

「本当ですか? 本当に、わたしが女の子の格好をしていてもいいですか? 好きでいてくれますか? 愛していると、言ってくれますか? 誓ってくれますか? 私のことを愛し続けてくれると」

「当り前だろう。俺がお前を嫌いになることは億が一でもあり得ない。俺は永遠にルクトルのことを愛し続けると誓うよ」


 彼は、俺にしがみつくように腕を回した。その力は弱々しくも、しっかりと意志がこもっているように感じられるものである。

 俺は彼の顔を見た。そこには先ほどのような悲壮感は感じられない。先ほどまで泣いていたからか、わずかに顔が上気しているだけである。それが異常なまでに色っぽく感じられた。彼の頬をなでると、くしゃくしゃにしながら、笑顔を見せてくれた。その愛らしさはそこいらの女性とは一線を画すような美しさを秘めていると感じられるものであった。


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