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天の仙人様  作者: 海沼偲
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閑話7

 それからも、たまにマリィと一緒にお茶を飲むようになった。最初の方は城に圧倒されていたのだけれども、何度も通っていれば、第二の我が家のような感覚にだってなってくることだろう。……いや、まだそんなにのんきにいられるほど気を抜いて城内を歩けるわけがない。いまだに、廊下を歩いているときは王族の誰かと顔を合わせないように祈りながら歩いている。僕はそれほどまでに小心者なのだ。いいや、誰だってそうだ。国王陛下と好き好んで顔を合わせたいと思う人はいるまい。何か粗相をしてしまったら、即刻首が飛んでしまうんだ。遠目から見る分にはよくても、直接かかわりたいとはあまり思うことはないだろう。

 しかし、先日にとうとう王様と顔合わせをしたのだ。これは逃れられるものではない。そう思っていた。いづれ来ると覚悟していただろう。だが、その対面は思わぬところであったというのもまた事実であったのだ。というのも、いつもの中庭へと歩いている途中の廊下ですれ違ったのである。その時の僕は心臓が口から飛び出てしまうのではないかと思うほどに、驚いてしまった。気が弱ければ発狂していたことだろうね。僕はその点では、軽く挨拶をすることが出来たのだ。これはかなり大きいことだと思わないかい。その後にも、王様が中庭にやってきて軽くお話をしたりもしたのだ。僕の心臓はかなり鍛えられていることだろう。おそらく、同学年で僕以上に王様の前に立っていられるのはマリィ以外にはいないだろう。王様など恐れることなどないのだ。僕はそれだけ強気にいられる気がしたのである。そう考えていると言っただけで僕は不敬罪になるかもしれないけれど。

 今日も今日とて、マリィとお茶をしながら楽しく過ごしている。彼女の話はとても楽しいし、僕が知らないような遠くの場所の話を聞いていると想像だけで僕の心は満たされる。それに、彼女の笑顔を僕が一人占めしているという優越感にも浸っている。僕はなんて幸福なのだろうかと、酔っているのかもしれない。彼女がチラリと流し見るように僕をみてくる。僕は笑い返して恥ずかしい気持ちを隠す。なんだかんだ言って、彼女のような愛らしい女の子と一緒にいられることで僕の気持ちは舞い上がっている。それが悟られないようにひどく冷静を保って見せているのだ。

 もうそろそろ、日が沈んで空が暗闇に覆われるだろうという頃、この頃になって王様が僕たちのもとにやってきた。びくりと僕の体が固まった。しかし、彼らに気づかれてはいないようである。より気づかれにくくするために、にこりと笑顔を作る。自然になるように努力をして。

 何度あっていても王様を目の前にすると、僕の体は緊張で固まってしまう。何か一つでも間違えたら僕は死んでしまうのだという恐ろしさが前面に表れてきてしまうのだ。それだけの圧と威厳があるのだと思う。しかし、そのような格を持つ人に対してのある種のあこがれを僕は持っていた。僕も将来は彼のような存在になりたいと思う。誰だって思うだろう。国王は男のあこがれだ。最も偉い。力強く気高い。世界で一番美しい男の人なのだから。


「ルイス君。君に話がある。ついてきなさい。逃げようとは思わないことだね。ちゃんと後に続くのだよ?」


 王様はそれだけ言って、城の中へと入っていった。僕はマリィの方へと視線を向けると、彼女も困惑したようで、不安そうな瞳でこちらを見ているだけであった。僕はそれを見て、言い知れぬ恐怖が沸き上がってきてしまう。まだ僕は死にたくないと、恐ろしさで体がにわかに震え始めているのだ。

 しかし、そうやって怯えているところを彼女に見せるのは男として恥ずかしい。だから僕は、誰にも気づかれないように気丈に振る舞って見せる。堂々と王様の後をついていくのだ。

 王様の背中はまだ遠ざかっておらず、僕は駆け足ですぐ後ろまで近寄った。そして、静かに彼の後をついていく。こつんこつんという足音一つ一つが静かに響いている廊下を歩いていると、自然と涙があふれてきてしまうが、僕はそれを誰にも悟られないように、袖で拭っている。覚悟なんて決まらない。ふわふわと漂ったままで、それがどこにも漂着することなくあるのだから。確実にあるのはわかるが、それが前面に表れてこない。どうしたって、諦めきれない。まだまだ未練がましく縋り付いていたくなる。

 縋り付いてもいいだろうか。許されるだろうか。国は許すことはないだろう。だが、僕の、僕が生き物としている最低限の本能としては、許されるだろう。なにせ、僕は生きているのだから。それが僕が、かろうじて生気を保っている事実なのである。

 僕はここで死んではダメなのだ。別に偉大な人間になる運命だとは言わない。だけど、僕がここで死んだら父さんたちは悲しむだろう。弟たちだって悲しむ。僕はそれが許せない。身内を悲しませるような死をしてはいけないのだ。死んでかなしでもらうのだとしても、笑って送ってもらいたい。これでは笑って送ってもらえないだろう。だから僕は大往生して死ななくてはならないのだ。ならば、僕はここで死んではいけないと思うのも当然であった。

 そうして入った部屋が、王様の私室であった。とはいっても、完全なプライベートな空間というわけではなく、客人を招き入れるための部屋だという感じを持たせるような装飾である。僕はそこの椅子の一つに腰かけるよう勧められたので、恐る恐る座る。そして、眉間のあたりを指でもみほぐして変な目つきにならないように、整えていく。

 僕が彼のことをじっと見ているからなのか、おかしそうに笑っている。僕はそれが不思議で、何を考えているのかがわからなかった。今すぐ逃げ出したいとさえ思っているほどだった。しかし、それは許されないだろう。だからこそ、それを無理やり押さえつけているのである。


「ルイス君。君はマリィのことをどう思っているかね? しっかりと、素直な気持ちを聞かせてほしい。嘘偽りの一つでもいうようであれば、残念だが、それなりの対応をしなくてはならないだろうね」


 何を言ったら殺されてしまうのかがわからなかった。だが、少なくとも素直な気持ちを言っても殺されるような、感情を彼女には抱いていない。だったら、答えても問題はないのではないかと考えた。これで殺されるのであれば、ひと暴れしてやろうという思いがある。どうせ死ぬのならば、生きあがいても許されるだろう。


「か、彼女はとても心優しく、綺麗で愛らしい。話していると、こちらも楽しくなりますし、少しでも落ち込んでいると慰めてくれます。心の支えになっているといっても問題はないでしょう。彼女のやさしさ愛おしいさが僕の学校生活を彩ってくれているのです。それほど素敵なお嬢さんはいないでしょう」

「ふむ……そうか。君は、マリィのことをそう思っているのだね。それに関しては嘘偽りはないかな?」

「もちろんです。これは僕の本当の気持ちであり、嘘をついてなどいません。これが本心であるとお分かりいただけたでしょうか?」


 僕は彼の目をしっかりと見て言い放った。これしかないだろう。ここで何か間違いがあったのならば知らない。別に、自分の娘にいい印象を持っていて怒りを覚える親はいないだろう。だから、この話で僕が殺されるようなことはないと思いたい。


「なるほどなあ……ふーむ、そうか。むむむ……。ルイス君。君はマリィと結婚したいとは思っているかね」

「もちろんです。彼女は美しい。それほどの女性を自分の妻とすることが出来るのならば、したいと答えない男はいないでしょう」


 僕は即答した。何せ本心を語るのだから。ここで滞ってはいけないのだ。……僕は答えてからしばらく経ち、何を聞かれたのかを思い出した。とたんに僕の顔は真っ赤に染まる。リンゴよりも赤いことだろう。どれほどの熱を持っているかと聞きたくなってくるほどの熱さを僕の顔は持っているし、あたりに放出しているのだ。それを、聞いていた、王様は驚いたように口を開いていた。やはり、国王陛下の目のまで王女様がほしいと取られるようなことを言ってしまったことに驚いていることだろう。今までそんなことを言いだした野蛮人などこの世にいるはずがないのだからね。つまりは、僕が最初で最後の野蛮人であるということに他ならないのだ。

 僕は後悔している。いや、気持ちに偽りがあるかといえばそうではない。結婚できるのならばしたいさ。だって、あんなに素晴らしい女の子なんてそうそういない。僕としてはミーシャも同じくらい素敵だが、それは今の話とは関係ないだろう。すくなくとも、僕はマリィと結婚できるのならしたいと思っている。だが、身分の差で無理だろうとも諦めているのだ。だが、今この場で言うべき発言であるかというと、違うと言えるだろう。それだけに恐ろしいことを口走ってしまったものだと、体が震えてしまう。気を抜いたらいつ失禁してもおかしくない程の恐怖に体が縛り付けられているのだ。僕は、僕自身の手によって自らの命を絶ってしまったのだ。自殺である。アランが聞いたらどう思うだろうか。許してくれるはずがないだろう。彼は自殺を最も憎んでいるのだから。僕の死体に石を投げてもおかしくない。でも、そうしたら僕は報われるかもしれないと思った。そんな気がしたのだ。


「そうか……。この俺の前ですら自分の妻にしたいと言い切れる男は初めて見たな。俺の長女の婿なんか、いまだにビビッて目を合わせようとすらしない。それならば、君のような男にマリィはもらってほしいな。きっと、マリィも他の男よりも君みたいないい男の妻となるほうが幸せだろうな。なあ、マリィ? お前が惚れた男はよほどの情熱家らしい。とても素晴らしい男だ」


 王様が扉の方を見やると、扉がゆっくりと開いていき、そこからマリィが顔を出した。熟れたリンゴである。僕と同じぐらい恥ずかしいのだろう。だけど、その表情は嫌がってはいなかった。それが僕はたまらなくうれしかった。彼女が僕のことを好いてくれていて、僕と同じ気持ちを持っていてくれている。それに対する喜びが恥ずかしさよりも勝っているのだ。

 マリィは僕の隣までやってくる。そして、二人して隣り合って王様に視線を向けているのだ。彼が見えないところで軽く手すら握ってしまっている。そのわずかな背徳感と共に、僕は今この場にいた。

 彼は呆れたように溜息を吐いていた。自分がこの現状に見抜けなかったことに対してのため息のようであった。


「まさか、マリィが学校でいい男を見つけてくるとは思わなかったなあ。しかも、男爵家だ。言い寄ってくるのは、公爵家とかの、大きな家だと思ってたんだがなあ。まあ、しっかりとよさそうな性格の子だからな。マリィには見る目があるのだろう。父親としてはとてもうれしく思うぞ」


 彼は笑っていた。自分の娘の将来の結婚相手が決まったことを祝福しているような目であった。僕たちはそれに対してはにかんで答えた。彼はそれを楽しそうに見ているだけである。


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