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天の仙人様  作者: 海沼偲
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第59話

 ルイス兄さんは、あの模擬戦以降……正確にはその日の夕方ごろから、機嫌が悪い。機嫌が悪いというより、悲しんでいる。それが近いかもしれない。今日も変わらずむすっとした顔を向けていた。嫉妬に狂っているというわけではない。ただ、自分がこの中で一番大したことがないのかもしれないという可能性を思い嘆いているのだ。ただ頬を膨らませているように見えるが、それはわざとふくれているだけに過ぎないのである。その真意は瞳の奥底に映っていた。自分の才能に失望しているような、生気のない瞳であった。

 兄さんは、別に大したことがないわけではない。そこいらの凡人たちとは一つも二つも上の実力を持っているのは言うまでもない。なにせ、まだ数年しか生きていないのにもかかわらず、二種以上の因子を組み込んだ魔法を無詠唱によって発現させることが出来るのだから。こんな才能など、百年に一度現れればいい方である。それほどまでに、兄さんの才能は希少であり、宮廷魔術師の座に登ることは辛い道ではないのだ。皆が、上級者コースをひーこら登っている中、一人だけ、初心者コースを登っているようなものである。

 しかし、それでも、兄さんの傷は埋まらないのだ。なにせ、目の前で起きている光景を見ているのだから。それもただ、くすんだような瞳で。ここまで生気が抜けた兄さんを見たのは初めてであると断言できるほどであった。心配してしまう。だから、何を声かければいいかはわからないのだが。

 目の前では、アリスが二体の土人形を生み出して、それに戦わせている。今でこそ俺たちは慣れたようにそれを見ているが、王都にしばらく行っていたルイス兄さんでは、理解も納得も出来ないことだろう。それほどまでに、今の現象は相当におかしい事態なわけである。しかし、それが現実であるのもまた事実である。兄さんは、その二つの概念に押しつぶされているかのようであった。兄さんは、頭がいいからこそ、自分とは圧倒的に隔絶とした差を見せつけられているのだと気づいているのである。それは嘆くことしかできないだろう。努力では届くことの出来ない差だと知ってしまったのだから。それは、絶望にも近いだろう。

 基本的には、魔力で動かす人形たちを操るのは宮廷魔術師と呼ばれる最高クラスの魔術師でも一体が限界と言われている。それほどまでに、腕、足、更には指先の一つ一つにまで魔力をみなぎらせて、操るという行為に相当な精神的負担がかかるためである。俺たちだって、赤の他人の行動を全て指示するのは疲れるだろう。歩くのから全てだ。だから、普通はどんなに天才とうたわれても、一体を操れたらましということだ。だが、アリスはその上を行く。二体だ。どんな精神構造をしていれば、二人の人間の肉体を操れるのか。さらには、自分の体も動かしているのだ。つまりは、三人の人間の体を小さな脳みそで処理しているのだ。次元が違うということが言うまでもない。ちなみに、俺ですらどうしてなのかがわからない。ルイス兄さんでもわからないのだから、俺がわからなくても当然とも思うが、それでも悔しいものがある。

 俺は前に、氷で作った獣を出したことがあるが、あれは動かすの簡単であった。あらゆる関節部分が氷で固まっており、本当の獣のように動かすことは出来ないのだ。あれに搭載されている昨日は吠える機能だけである。それだけでも、魔力を尋常に使うのだ。だからこそ、土人形を二体も人間のように動かしていることの異常さがわかる。

 土人形たちは、俺たちの訓練を真似するように、剣を振っている。模擬戦に近い。お互いが、お互いの攻撃を避け、受け止め、反撃をしているのだ。一人じゃんけん程度ですら、難しいなどとのたまっている人々に出来るわけがなかろう。俺もその一人であった。同時に複数のことを考えるのは難しいのだ。少なくとも、簡単に出来ることではない。そもそも、人形を動かせるだけの魔力を確保することすら出来ないわけだが。

 アリスは土人形たちの剣筋の研究のために剣を振ることが多くなった。自分で振って動きを確かめることで、より洗練された動きを求めているのだ。確かに、今の土人形たちは武器を手にしたばかりの新兵か何かかと思うほどに拙い。両方が拙くて、手順を決めて振り合っているかのようなぎこちなさがある。それでも、二体を操作しているという事実が剣の腕などを考慮するに値しないだけの大きな力なのは変わりないことだが。だが、アリスはそれを良しとしていないのである。だからこそ、自分自身が剣を振ることで、剣を振るということを学んでいるのである。

 ルイス兄さんは、気持ちの整理でもできたのか、アリスへと近づいて何かを話しかけている。アリスもそれを望んでいたかのような顔を見せると、兄さんは、一つ頷いて剣を取った。そして、構える先には二体の土人形。どうやら、二対一で試合をするようである。


「兄さんって、あんな人形相手に勝った程度でもいいのかな? あんな弱そうな剣を振るっている相手なんか、倒しても全然うれしくないと思うんだけどなあ」


 俺の隣に座って、その様子を見ているカイン兄さんは明らかに不満そうな顔を見せている。たぶん、自分の剣にわずかでも自信を持たせるために戦うのではないだろうかと思うのだけれども。兄さんは、再びカイン兄さんの残虐的な特訓に付き合わされているのだからな。実力差があまりに違うのだから、そもそも、自分が強くなったのかどうかすら、理解できていないのではないかと思ってしまう。少し、同情してしまう。

 兄さんは、人形たちの攻撃を自分の体の動き一つ一つを確かめるように避けていく。魔法は使っていない。それほどまでに実力差がある。だからこそ、剣のみに集中できるから、しっかりと、確認するように動いているのだろう。今までの、魔力と剣をつかいながら俺たちの猛攻を受け続けるのも、悪くはないと思うが。こういうのもいい訓練になるだろう。

 アリスも今までの人形同士の戦いではなく、別の考えを持った人間を相手にしているからか、今までの決まり手のような型くさい剣ではなく、少し乱れるような剣になっている。懸命に人形を動かして、兄さんに攻撃を当てようとしている。だが、兄さんは俺たち二人を相手に攻撃を避ける訓練をどれほどの期間やってきたことか。素人のようなやわな剣では兄さんに攻撃を当てることなど不可能に近いだろう。それは、剣を振るということからどんどん外れれば外れるほど不可能になる。いまでは、剣に振られるというほうが近い。体が振り回されている。それではいけない。動きが単調になり、より予測のしやすいものになる。剣の軌道から考えて、そう来るだろうと思ったところにそのまま来るのである。これで攻撃を食らうというのは相当に運動能力が低い人だけであった。

 先に、力尽きたのはアリスであった。土人形を保てるほどの魔力がなくなってしまったのだ。それでは、今のアリスに戦う力はないだろう。


「ルイスお兄さま。まいりました。……やはり、二体の人形を動かせても、基本が出来ていないようです。ただ踊っているだけでした」


 額に汗をたらしながら、頭を下げて、模擬戦は終わる。ルイス兄さんは、息を深く吐き出しながら、こちらへと歩いてくる。カイン兄さんは、今の戦いには不満は特別なさそうで、じっと、少し踏みつけられて地面がむき出しになっている場所を見ている。アリスの魔法は土を使用する為に、地面がぐちゃぐちゃになってしまうのだ。こればかりは仕方ないとしても、少しこの惨状に対して虚しさがこみ上げてしまう。だが、俺は植物を成長させる力などはないわけであるから、このような事態があっても、何もできることはないし、そもそも、何もしてはいけないのではないかと思う。できるように、あるがままに、出来てしまったことに悲しまず、受け入れるのがいいのだろうな。


「アリスは、まだまだ、魔力の操作はぎこちないね。土人形だからということもあるだろうけど、僕が干渉すれば、それを追い出すのに時間がかかってしまうらしい。まあ、人形二体を動かしている中で、更に僕からの妨害を阻止するなんて芸当をすぐさまできるというわけにはいかないと思うけれども」


 と、隣に座ったルイス兄さんが語る。どうやら、戦いながら魔力を操っていたらしい。剣の動きを確認しているだけかと思っていたのだが。どうやら、魔法として発現させてないと、俺には魔力の動きの不自然さに気づけないらしい。これは、修正するべきところだと思う。しかし、それは、それほどまでに緻密な魔力の操作を身に付けている兄さんが素晴らしいということの証明でもあった。


「さすがです、お兄さま。やっぱり、わたしの技術では一番剣の腕が未熟なルイス兄さまですら、倒せないようです。それに、時々に魔力の干渉もされてしまいました。そのせいか、より多くの魔力を使ってしまったのだと思います」


 アリスも、残念そうにしながら、こちらへと歩いてくる。しかし、その言葉を聞いたルイス兄さんは、落ち込んでいる様子を見せる。妹にすら剣の腕は大したことないと思われているのは、さすがにショックが大きかったらしい。しかし、それも事実なのだ。諦めてもらうか、努力で俺たちを超えるか。その二つしかないのである。


「まあ、確かに間違ってはいないからね。でもなあ……これでも学校では一番剣が上手かったんだよ。それなのに、この家では大したことがない。アランの婚約者たちにすら勝てないからね。どっちが、正しいのかわからなくなってくるよ。学校にいる自分と家にいる自分のどちらが正しいのか」

「家の兄さんが正しい兄さんだよ。家族が一番兄さんがどういう人間かわかるんだ。だから、オレたちが見ている兄さんが本当の兄さんなんじゃないのかな。そうなんじゃないかと思う。ああやって、自分というものがどういうものかを真剣に考えているときの兄さんが、一番兄さんしているとオレは思っている」


 カイン兄さんは、あえてそう言ったのだろう。驕らせないように。傲慢にならないように。兄のことをよく考えている弟だと思う。しかし、訓練になると、兄のことを全く考えられなくなってしまうのだが。俺と一緒に。反省するべきところでもあるが、兄さんなら、それも受け止めてくれるのではないかと、期待してしまうのである。申し訳なくもあるが、それだけ信頼しているということだ。そう思ってくれていると嬉しいが。


「そうか……そうなのか。まあ、そうだよな。僕が強いと思われているのは今だけなんだよな。才能がある人は僕なんてすぐに抜かすんだろうね。だったら、慢心なんてしちゃだめだね。頑張らないと」


 兄さんは、そうやって努力が出来る。だから、俺たちも兄さんのことが好きなのだろう。才能があるのにもかかわらず、努力家でい続けるのだから、俺たちも、頑張ろうと思えるのだ。


「アラン、体が鈍っちゃうからさ、動かそうぜ」

「うん、わかったよ。兄さん」


 俺は、カイン兄さんと共に、剣を振りに行くのだ。触発されたのか。それとも元からそのつもりだったのか。それはわからない。しかし、兄さんの顔が、後ろから見てもわかるほどに、笑みを浮かべていたというのが印象的だった。


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